第22話

 アキラがマオルの方へと進み出る。手には武器を持っていない、体中どこを見ても武器らしきものは携行していない。

「マージェリーさん、意にそぐわない事をやらされているからって時間を引き伸ばすのは駄目だよ。もちろん人質を逃がすのも無しね」

 アキラの言葉にマージェリーが悔しそうに顔を歪める。悪評だらけの共和国軍において双方の被害を減らすため一対一の戦いをしてみたり、ちゃんと約束を守って撤退したりとマージェリーは正義感が強いのかも知れない。だとすれば共和国軍内での彼女はさぞや居心地が悪いことだろう。

「それから怪人マオル・クォ、これ録画されてるから。共和国に抵抗する奴らへの見せしめにするんだってさ」

 そう言われてアキラの後ろを見ると、兵士の一人がビデオカメラを回していた。見せしめにする、だからアキラはマオルを嬲り殺しにしなければならない。簡単に決着をつけてはいけない。逆らえばこうなるという姿を国民に見せつけなければならないのだ。

 アキラはマージェリーに釘を刺し、マオルに残酷な事実を告げると左手をすっと前に伸ばす。周囲の空気が揺らめいた。かすかに風が吹き始めると、マオルの肩口がぱっくりと口を開けて血が吹き出す。

(なんだ? 超能力か?)

 腕足胴体、場所を問わずにどんどん傷口が増えていき、血が吹き出す。嬲り殺すと言った通り、一つ一つの傷は浅いが見た目は派手だ。

「クックック、これが僕の能力さ、もちろん本気なんて出しちゃいない。本気を出したら一撃で終わっちゃうからね……次はこうだ!」

 一通りマオルの体に傷を刻むと、今度は空気が圧縮されてくる。パキパキと音を立ててマオルの腕の骨が砕けていく! さすがのマオルも激痛に顔を歪める。

「マオル、抵抗してください……マオル!」

「黙りなっ!」

 叫ぶシーラを再びマージェリーが平手で打ち据えた。シーラの唇から血が流れる。それでもシーラはマオルに呼びかけ続ける。抵抗してくれ、負けないでくれと。自分の命など惜しくはない、マオルには戦ってほしいと。マオルはそれに答えることができずに唸り声をあげるだけだ。もちろん、シーラが泣き叫ぶ声も演出のうちである。逆らえばこうなるというプロパガンダに必要な演出。

「しーらニ……手ヲ、出スナ」

 マオルが苦痛に顔を歪めながら、それだけを絞り出すように言う。しかしそれも無駄だった、アキラは、マオルにシーラを見せつけるようにマージェリーに命じる。

「いいねえ、悪の怪人をじわじわ嬲り殺しにするこの感覚。楽しいよ、すごく楽しい! もっともっと楽しませてくれ!」

 アキラはそう言うと、不思議な力でマオルの両腕を捻り上げて持ち上げる。まるで手首をロープで縛られて吊り下げられたかのように宙に浮くマオル。今度はまるでサンドバッグを殴るかのように見えない拳がマオルを襲う。

 ドカッバキッと音だけが響き、そのたびにマオルの血が周囲に飛び散る。

 アキラ相手ではおそらくまともに戦っても苦戦するだろう。マオルにそう思わせるくらいにはアキラの力は強かった。超能力、いまだその原理も解明されていない力。自らは動くことなく相手を痛めつけられる異能の力。

 見せしめとしては最高だろう、共和国は軍隊だけでなく、こんな力も持っているのだと宣伝できる。獣頭人身の化け物なんていつでも始末できるのだと見せつけることができる。英雄神マオル・クォを名乗る屈強な男でも簡単に殺せるのだから逆らうなと伝えることができる。

「頑張ったね、怪人マオル・クォ」

 あえて英雄神の名を怪人と貶めることで共和国軍側に正当性があるのだと示すこともできる。映像も編集すればすべてを共和国軍側に都合よく見せることができる。

(ああ、俺もここで終わりか……)

 マオルの心は折れかけていた。シーラを見捨てて戦うことなどできない。それに腕も足も骨をやられてまともに動きそうにない。しかも相手は超能力者という強敵だ。

 しかしシーラは諦めていなかった、マオルなら必ず戦ってくれると信じていた。だからこそマオルに戦ってくれと叫び続ける。しかしその願いも虚しく叶いそうになかった。

「そろそろトドメと行こうか。なに、シーラちゃんもすぐに送ってあげるよ。村人全員殲滅させてもらうからね」

「……アァ?」

 アキラの言葉にマオルが首を傾げ、マージェリーが慌てる。

「ちょっと待ちなよ、マオルを倒すのだけが目的だったろ!? そんな話あたしは聞いちゃいないよ!」

「マージェリーさんは甘すぎるんだよ、だから負ける。やるなら、とことんやらなきゃね」

 アキラがそうマージェリーに答えたときだった。マージェリーは悲惨な展開についていけなかった。つい、シーラを捉える手が緩んでしまった。シーラはチャンスを逃さずにマージェリーの手から逃げ出してマオルをかばうように立つ。

「なにやってんだよマージェリーさん……めんどくせえ、怪人と一緒に死んじまいな」

 アキラはそう言って、念を込める。一筋の光が浮かび上がって、マオルとシーラに向かう。それは死の刃。どんなものでも切り裂き命を奪う白銀の刃。

 その瞬間マオルは両腕に力を込めてアキラの束縛から抜け出す。マオルに理屈など必要ない、超能力もしょせんは物理的な力だからそれを上回る力をぶつけてやれば打ち消せる。

 マオルはシーラをかばおうとした、しかしシーラもまた同様にマオルをかばおうとする。そして、白銀の刃はシーラの背中を大きく切り裂いた!

 シーラの背中から血が飛び散り、マオルの顔にかかる。マオルの瞳はその瞬間光を失った。意識が飛んでなにも考えられなくなった。体中の骨が折れているはずなのに、マオルは筋肉の力だけで立っていた。不思議な力がマオルの身体を駆け巡る。

「おい、ロケットランチャーだ!」

 アキラの命令を聞いて兵士二人がロケットランチャーを放つ。しかし、ロケット弾はマオルの手で掴まれ、投げ返された。折れているはずの腕で、だ。

 投げ返されたロケット弾が、アキラの放つ念力のシールドのようなものに阻まれて爆発する。

「マオル、逃げてください……」

 ふたたびマオルはシーラを見る。シーラは血溜まりの中にいてさえもマオルのことを心配していた。その瞬間、マオルの頭の中で何かが弾けた。

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