第21話

 その日は日曜日だった。いつも通りに隣村の小学校で訓練したあと、マオルは走って家路を急いでいた。あと五分ほどで村につく、そんな状況でマオルは異変を嗅ぎ取った。

 あくまで野生の勘である。勘ではあるがいつもとはなにかが違う。すでに日は暮れてあたりは暗いがマオルは獣の目で周囲がはっきりと見える。

(シーラが迎えに出ていない……?)

 いつもなら村の入口にシーラが立って待っているはずなのだが、シーラの姿がない。マオルは走るのをやめてゆっくりと歩き始める。周囲の異変は何一つ見逃さないように辺りをうかがう。

 そして村へと近づいていくと、村長のラルが姿を見せた。ラルの顔は青ざめており、なにかあったのがひと目で分かる。

「マオル様、シーラが人質に取られました。どうかお助けを……」

 マオルを見つけると慌てて言い募るラル。どうやらマオルが不在の間に何者かが村に侵入してシーラを拉致したらしい。

『村の被害は?』

 気がはやるのを抑えきれない様子で、さらさらとノートに書いてみせるマオル。

「女が何人か軽いけがをしましたが命に別状はありません」

 それを聞いて大きく息をつくマオル。シーラを拉致し、なおかつ村人には軽症を負わせただけ。明らかに標的は村ではなくマオルだ。本人も気が付かないうちにいつの間にかシーラがマオルの弱点になっていた。

 マオルの留守を狙ったことといい、事前に準備された作戦だとわかる。とすれば相手は共和国軍か。

「マージェリーを名乗る女兵士が道路を北上したところで待っていると言っておりました」

(やっぱり共和国軍か)

 ラルの言葉にマオルが納得する。マージェリーが来たということは熊頭のロックも一緒だろう。

「奴ら、不可思議な力を使う少年を連れておりました。お気をつけください」

 ラルの忠告を背に、マオルは道路を北へと向かうのだった。


 北に向かうと十分程でマージェリーたちの姿を捉えることができた。マオルは道の脇にある木々に隠れながら進む。シーラは縄で縛られて兵士に捕らえられている。

 敵はマージェリーを中心に、熊頭のロック、個人携行式のロケットランチャーを構えた兵士が二人、アサルトライフルで武装した兵士が五人、そして似合わない軍服を着た少年が一人いた。

 その後ろにはマージェリーたちが乗ってきたであろうジープが二台。ジープは明かり代わりにヘッドライトを点灯させている。

 木々に隠れながら進むマオルだが、その姿は少年兵によってすぐに発見されてしまった。

「隠れても無駄だよ、ネコ頭のおっさん。この女の子が大事なら出てきなよ」

 シーラを人質に取られては仕方がない、マオルは大人しくマージェリーたちの前へと進み出る。

「ホントはこんな手は使いたくないんだけどねぇ……あたしもあとがないんだ、勘弁しておくれよ」

 マージェリーがシーラにハンドガンの銃口を向けたまま言う。マオル一人のために随分と大げさなことだとは思うが過小評価して返り討ちに合うよりは良い。

 マージェリーはシーラにくわえさせていた猿轡を外す。当然、命乞いをさせるためだ。少し痛めつけて悲鳴を聞かせるのでも良い。マオルが戦意を失えばそれでいいのだ。マオルは頭の中がカーッと熱くなるのを感じた。感じているのは怒りだ、マージェリーへの、そして油断していた自分への怒り。

「マオル! 私のことは気にしないでください!」

 そう言うシーラの横っ面をマージェリーが平手で打ち据える。小気味いい音がして、シーラが「きゃっ」と悲鳴を上げた。

「気にしないなんて無理だろ、『怪人マオル・クォ』? 僕の名はアキラ、君を成敗する者の名だ。抵抗すれば……あとは言わなくてもわかるよね」

 十歳くらいの少年兵、アキラが言い放つ。怪人と言われてマオルはなんとなく納得した。共和国を守る平和の使者アキラ、対するのは正体不明の怪人マオル・クォ。厨二的発想だがわかりやすい対立構図だ。

 マオルはシーラを人質に取られて抵抗できない。いつの間にかマオルの中でもシーラは大きな存在になっていた。一緒に過ごして一年半ほど、情が湧くには十分な時間である。マオルは覆面を取って投げ捨てる。もはや獣頭を隠す必要もない。

「苦労したよ、あんたが村を空ける日を調べてシーラを見つけて、ってねぇ……大事な女がいるとなれば作戦も立てやすかったさ」

 マージェリーがハンドガンを鞭に持ち替えながら言った。そこでマオルは違和感を覚えた。くだらない話などせずに、無抵抗のマオルを一気に殺すのは簡単なはずだ。

 何しろ相手側にはロケットランチャーがある。さすがのマオルもあれを喰らえばただではすまないだろう。マオルに動かないように命じてロケットランチャーを撃ち込むのは簡単だ。なにか時間稼ぎをしているような、そんな気もする。

 それに少年兵のことも気になる。只者ではなさそうだが武器らしい武器も持たず、ただ先頭に立っているだけ。どんな力があるのか皆目検討もつかない。

「マージェリーさん、そろそろいいでしょ。さっさと仕事を済ませるよ」

「しょうがないねぇ……マオル、悪いんだけど動かないでおくれ。動けばシーラがどうなるか、わかるよねぇ」

 アキラにマージェリーが答える。マオルは無言のまま仕方なくその場にどっかりと腰を下ろし、あぐらをかいて座る。こうなってはどうしようもない、相手が隙を見せるのを祈るしかなかった。

 マージェリーがシーラを引き寄せて、まるで脅すかのように鞭をちらつかせる。ロックはあくまで護衛要員らしく、大きく動く気配はない。敵は少年兵アキラだけと思って良さそうだ。

「マオル! 抵抗してください、私は死んでも良いんです……マオル、お願いです……!」

 シーラの悲痛な叫びが周囲にこだました。

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