第20話
干上がった川がもとに戻って井戸を掘ったら次は水車を作ろうと考えた。とうもろこしのパンを作るにはまずとうもろこしを粉に引く作業が必要である。その作業は村の女たちが担うのだが、水車を作ればその作業の負担を軽くすることができる。
それに発電機を取り付ければわずかながら電気も作り出すことができる。現在、ダムの放水の加減によって発電量は変わる。正直言って電気の供給は不安定なのだ。少しでも発電できればその不安定さを補うことができる。
マオルは思い立つとすぐに木材を取り寄せることにした。資金は潤沢とは言えないが、材料から全て手作りするのは無理がある。利用できるところは商人を利用して残りをマオルが作業するしかない。もちろん、マオルに水車を作った経験などない。すべて手探り状態である。
マオルが作ろうとしているのは川の水の流れを受けて回る下掛け水車と言われるもので洋の東西を問わず古くから使われてきたものだ。簡単な櫓に軸を用意して水車を取り付けたらちゃんと回るか確認する。ここが一番難しいところで一ヶ月ほどは水車作りに時間を割くことになった。村人も積極的に手伝ってくれて、マオルの負担は軽くなる。
水車ができたら今度は水車小屋の建築だ。これは普通に木で小屋を作ればいいだけなのでそれほどの苦労はない。せっかく挽いたとうもろこしが雨に濡れては意味がないので屋根だけは雨漏りしないように念入りに作る。
水車小屋の中には臼を用意して自動で粉挽きができるように仕掛けする。もちろん、とうもろこしを挽かないときは取り外せるようにしておく。ついでに発電機を取り付けたら完成だ。
水車ができるだけで村の生産活動は活発になる。まず女たちの負担が軽くなるし、ザスートの電力会社に毎月支払っていた電気代も減る。そうして負担を減らしたら今度は鶏舎の建設を考えた。
マオルが獲ってくるイノシシや熊だけではタンパク質が足りないし、そもそもマオルがいなくなったら立ち行かなくなる。今まで肉類は金で買っていたがそれでは不足していた。
鶏舎の建設は簡単だった。ただ鶏用の建物を立てるだけである。大事なのは鶏の世話を皆でするということだ。といっても昼間は村の中に放し飼いにして夜は動物に襲われないように鶏舎にいれる。ただそれだけのことだ。餌は余った雑穀で事足りる。生きた鶏は商人に頼んで取り寄せた。
水車を作るにも建物を立てるにも、マオルの怪力では材料そのものを破壊しかねない。手加減の練習をするにはうってつけだった。ほどよい力を出すことを念頭に作業する。それだけで修行になるという一石二鳥の作業だった。
「マオル、井戸や畑だけでなく水車や鶏舎まで……村のためにありがとうございます」
作業中のマオルにシーラが寄ってきて礼を言う。もちろんシーラも細かい部分の作業を手伝っている。シーラはマオルよりも器用で頭もよく、いろんなことに気がついてくれる。マオルはシーラに無言で頷くと作業を続ける。ちょっと照れくさい、そんな感情が顔に出ないのは獣頭の良いところだと思う。
『鶏の世話の説明はシーラに頼む』
「はい。ちょうどいい時間ですから休憩にしませんか?」
作業の手を止めてマオルはシーラにノートを見せる。そんなに難しいことではない、ただ当番を決めて鶏を放して餌をやるだけだ。
ついでだからと、シーラはマオルに休憩を勧めた。マオルは真面目過ぎて、シーラが言い出さないと休憩もせずに作業に没頭するところがある。放っておいたら食事も忘れそうな勢いだ。
だからかシーラは折を見てはマオルに休憩を勧めるクセがついた。マオルはその場に座り込むと、シーラが差し出す水筒を受け取る。中には小屋で作った白湯がたっぷりと入っていた。
マオルは覆面を外すと白湯をコップに入れて舌で掬うように飲む。相変わらずお茶を買う余裕はない。しかし村は徐々にではあるが良い方向へと進み始めている。
「マオルのおかげで皆に余裕が生まれてきました。私も、マオルに出会えてよかったと思っています」
そう言われてマオルは照れ隠しのつもりか、シーラの頭をそっと撫でる。つやつやな黒髪は触るとふんわりしていてとても心地が良い。マオルはシーラの好意に困惑してしまう。ついこの間もクリムトとグラハムに言われたばかりだ。「シーラを幸せにしてやれ」という言葉が思い出される。
『シーラは幸せか?』
「はい、もちろんです! マオルがいてくれますから」
マオルはシーラの心を確認するようについ聞いてしまった。シーラの返答にマオルは顔が熱くなるのを感じた。この感情はなんだろうか。マオルはシーラを撫でる手を止めると自分の感情をごまかすように白湯を飲む。
(シーラは素直すぎるんだよなあ……)
マオルはそう思いながらシーラの顔から目をそらす。とても気恥ずかしくてシーラを直視していられない。シーラはそれに不自然さを感じたらしく、マオルの顔をじっと見つめている。シーラは直球でマオルに感情をぶつけてくる。マオルはそれに答えられない自分に歯がゆさを感じていた。
シーラは無言でマオルの腕に絡みついてくる。マオルが獣頭でなく、普通の男であれば立派なカップルや夫婦に見えることだろう。
(俺はどうして獣頭なんだ……? 誰かに改造でもされたのか、それともそう生みだされたか……わからん)
マオルは自分の出自について自問自答する。普通なら村にたどり着いてすぐに生まれそうな疑問だが、今まではシーラや他の村人たちが普通に接していてくれたから疑問に思ったことはなかった。獣頭人身が闊歩するこのリークス島はどう考えても異常だ。他の国にも獣頭人身がいるのかどうか、ニュースも入ってこない奥地のマニ村ではさっぱりわからない。
マオルは考え込む。もしリークス島だけに獣頭人身がいるのなら、裏でそれを操っている人物がいるはずである。なんの目的もなく獣頭人身を作り出してリークス島にばらまくとは思えない。
考えたところで結論の出るものではないが、自身の出自は気になるところである。
『シーラは……俺が獣頭でもいいと思ってるのか?』
「なにを言ってるんですか、マオル・クォは獣頭人身であるものでしょう?」
二人の間で意思の疎通がうまく行かなかった。マオルは夫が獣頭人身でも良いのかと聞いたつもりだったのだが、シーラは『マオル・クォ』と呼ばれる存在はそれが当たり前だと言っている。
自分が喋れないと知ったとき、コミュニケーションの取りようがないことにショックを受けた。しかし、シーラが文字を理解することを知って救われた気持ちになった。いままたコミュニケーションの取りづらさにぶち当たってマオルは悩む。が、それもほんの少しの間だった。マオルは生まれつきそうなのかどうかわからないが、気楽な性格でその悩みを簡単に受け流してしまった。
マオルはまるでキスするかのように、シーラの頬に鼻を付けた。今精一杯のマオルの愛情表現である。シーラが呆気にとられているうちにマオルは作業に戻ってしまう。村には平和な空気が満ちていた。
半年間平和だったせいでマオルだけでなくシーラも含めて皆が完全に油断していた。そして七月も終わろうかという頃、事態は動き始めるのであった。
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