第18話

 翌日。クリムトとマオル、グラハムとシーラはさっそくダムの管理人に会いに管理人室へと向かった。マオルの右手に巻かれた包帯が痛々しい。

「お待ちしておりました、へへ……こちらへどうぞ」

 管理者は先日とは打って変わってニヤニヤと笑いながらの低姿勢。四人はソファーに座ると出されたお茶をすする。先日は座ることすら許されなかったことを考えると見事な手のひら返しとしか言いようがない。

 もちろん、管理者と一緒にいた共和国の軍人は逃げ去ったあとである。今日は管理者の護衛すら見えない。

「さっそくだが、放水を始めてもらえるかな? 電気がないとザスートの民も困るだろう」

「もちろんでございます、すでに部下に命じておりますので数刻もすれば放水が始まると思います」

 クリムトの言葉に管理者がヘコヘコと頭を下げながら答える。強いものに従うのが彼の処世術なのだろう。それにしても露骨すぎる気がするが。

「それから、ここに解放軍の兵士を常駐させようと思う。よろしいか」

「はい、あまりたくさんは受け入れられませんが、なるべくご要望に沿うようにいたします」

 管理者は冷や汗を浮かべながら受け入れる旨を伝える。このダムとザスートを手に入れれば解放軍はリークス島の南半分を治めることになる。

 当然ながら、ダムにも兵士を入れて防衛体制を築く必要があった。ザスートが攻められればダムから援軍を、ダムが攻められればザスートから援軍を出す。両方を一度に攻められるほどの兵力は共和国軍にもないからそこは考えなくていいだろう。

 共和国軍よりも数で劣る解放軍は防御にも一工夫必要なのだ。解放軍は今後ザスートを中心に戦線を展開することになる。当然電力を供給するダムの存在も大きい。

「裏切りには死を持って報いる。いいな」

「はい、それはもうもちろんでございます」

 管理者は渋面を作りながらクリムトに頭を下げた。こうして水涸れの一件は完全に解決したのだった。


 一方その頃。マージェリーたちは首都リーンに引き上げていた。マージェリーは責任者として、報告のため上官に会っていた。負けたのだから当然上官の顔は渋い。

「被害が少なかったのは良しとするが、負けたのでは意味がないな」

「はっ……解放軍には獣頭人身のマオル・クォなるものがついており士気の差はいかんともしがたく……」

「解放軍ではない反乱軍だ! それにそのためにロックを貴様に預けてあったろう!」

 うなだれるマージェリーに上官の叱責が飛ぶ。共和国軍側の死者は数十人ほど、戦闘の規模を考えると良く少なく抑えたと言えるだろう。物的損失も装甲車が一台のみだ。

 マオルの話は事前に伝わっていた。やはりマニ村で暴れたのが大きかったらしい。そのためにマージェリーは貴重な戦力たる熊頭のロックを預かっていた。

 まさか一対一の戦いをさせたなどとは報告できない。まともにぶつかっていれば、共和国軍側は守備に徹すればよかった。しかも戦力も解放軍の三倍以上、負ける要素がないはずなのだ。

 もっとも士気が低すぎて、いくら戦力差があっても士気の差で負けることがあるのはいくらでも前例がある。マージェリーは間違ったことをしたとは思っていない。

「上に掛け合って降格こそ免れたが……経歴に傷がついたことは自覚しておけ」

「はっ、申し訳ありません!」

 厳しい叱責にマージェリーは頭を垂れるしかなかった。次に失敗したら、軍からの追放は免れないだろう。下手をしたら銃殺刑もあり得る。そのくらい、共和国の独裁体制は厳しかった。

「そこでチャンスをやろう。ロック一人ではマオルに太刀打ちできなかった。ならば、ロックよりも強い男を貸し与えてやる」

「は? どういうことでしょうか……」

「準備に半年間の猶予をやる。マオルという男は厄介だ、少人数でマニ村に赴きマオルを討ち取ってくるのだ」

 半年間、強い男とやらとの連携を訓練して作戦を立案し、臨めということだろう。ロックは頭の良い方ではないから、よくよく訓練に励む必要がある。足りない分は周囲の兵士でサポートするしかない。

 結局のところ、責任を取って少人数を指揮してマオルという強敵の暗殺をやってこいというわけだ。半年間の準備期間でも充分とは言えない。

「はっ、了解であります」

 否も応もない、マージェリーはその作戦を引き受けるしかなかった。頭を下げてマージェリーがその場から立ち去る。

「ふん……マージェリーは頭が硬すぎる。成功しても失敗してもこちらにたいした痛手はないな」

 上官は唯一人、そう呟いた。


 クリムトと別れて、マニ村への帰り道はグラハムの車で送ってもらうことになった。送ってもらう前にマオルは少しシーラとやり取りをした。武道の心得のあるコーチがほしい、と。

「それならグラハム先生が少しかじっておられたはずです」

「私がどうかしましたか?」

 マオルとシーラのやり取りを横で見ていたグラハムが声を掛ける。グラハムは若い頃に東洋を旅して拳法を習ったことがあるらしい。そこで拳法を習いたいとマオルが申し出る。

「そうですね……週一回、日曜日に教えるというのでいかがでしょう? 私には小学校もありますし、マオル君もあまり村を離れられないでしょう?」

 グラハムの言葉にマオルが頷く。どんな拳法かは知らないが、少しでも学べば力になるだろう。少なくともいまの力任せの戦い方よりはマシになるはずだ。

 自分に戦闘技術が足りないのはマオル自身が重々承知している。他にも学べるなら投げ技や寝技なども覚えたいところだ。他の獣頭人身が出たときに役に立つ。

「ではそれで決まりです。さあ帰りましょうか、早く村に戻って水の心配がなくなったことを伝えねばなりません」

 グラハムが言いながら車へと乗り込む。マオルは助手席に、シーラは後部座席に乗り込む。出発してすぐ、シーラは寝息を立て始めた。

 緊張の連続で疲れたのだろう。普段大人として振る舞っていてもそういうところは子どもっぽくて可愛いなとマオルは思う。

 解放軍がザスートを手に入れ守りを固めることで、共和国軍が南部の村々に侵攻してくる危険はほぼなくなったと言って良い。ザスートは交通の要所だからザスートを経由せずに南下するのは現実的ではない。

 今回の戦いでマオルたちは水だけでなく、安心安全を手に入れた、はずだった。

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