第16話

 周囲を警戒するクリムトとその配下たち。しかし共和国軍側は攻撃を仕掛けてこない。マージェリーの意図が読めなくて困惑する。


「なんのつもりだ……?」

「だってバカバカしいじゃないか。あたしたちがやってるのは代理戦争ってやつだよ。アメリカイギリス中国ロシア……そんな連中の利益のために戦ってる。そのために傷つくなんてつまらないじゃないか。だからあたしたちも代理を立てて戦い合わせるのさ」


 クリムトの問いかけにマージェリーが答える。たしかにこの島で行われているのは代理戦争だ。第二次世界大戦以降、世界中で行われてきたことがここでも行われている。

 そして双方の代表がマオルとロック。二人の獣頭人身である。


「マオルとロック、勝ったほうの軍がザスートとダムを支配するのさ。単純でいいだろう? 怪我人も少なくて済む」

「なるほど……しかしお前たちが約束を守るという保証はあるのか」

「そこは信用してもらうしかないだろうねぇ……どっちみちあんたらは包囲されて逃げ場はないんだ、覚悟を決めな!」


 マージェリーはそう言い放つとまた鞭で地面を叩く。たしかに他に道はなさそうだ。マオルを使った一点突破で逃げ道を作ることはできるだろうが、逃げるということは作戦の失敗を意味する。今回は負けられない戦いだ、一対一の決闘でケリがつくのなら乗るしかないだろう。


 マオルはクリムトに向かって首を縦に振る。勝てる保証はないが、他に手がないならやるしかない。マオルは、また怪我をして帰ってシーラに心配されるんだろうな、と考えながら上着を脱ぐとクリムトに手渡す。服は意外と高い、買い直すにも金がかかる。当然、獣頭相手に無傷で済むなんて甘く考えてはいない。


「ふふん、理解してもらえたようだね。さあロック、お前の力を見せてみな! どっちか片方が死んだら終わりだよ!」

「オデ、負ケナイ。勝ッテゴホウビモラウ!」


 マージェリーに答えてロックが前に進み出てくる。


(あ、いいなー。あいつ喋れるんだ)

「死ぬまで戦えってか。マオル、頼んだぞ!」


 喋れることを羨むマオルにクリムトが心中察せず声を掛ける。マオルは腕を振り回しながら、前に進み出る。あとは戦闘開始の合図を待つだけ。


「準備整ったようだね。このコインが落ちたら戦闘開始の合図だよ」


 マージェリーはそう言うとポケットからコインを取り出して指で弾いた。くるくると回りながら宙を舞うコイン。ほんの数秒で地面に落ちて甲高い音を立てる。

 最初に動いたのはマオルだった。一気に間合いを詰めてロックの腹にパンチをぶち込む。しかしパンチはロックに受け止められて腕を取られ、マオルは投げ飛ばされる。マオルは空中で反転すると、うまく着地する。数メートルの間合いがあいた。


(巨体の割に反応は早いな……)


 今度は逆にロックの方から攻めてくる。一、二、三とリズムを刻むようにロックのパンチが宙を舞う。もちろんマオルはそれをギリギリで避ける。大振りで避けるのは簡単だがロックのパワーは侮れない、一撃でももらったら命取りになりかねない。


 パンチをすべて避けられたロックは再び守りの姿勢に入る。守ってから攻撃というのがロックのやり方らしい。マオルはゆっくりと距離を測る。適度な間合いを測り、再びロックの懐へと飛び込む。腹にパンチを二発入れてすぐに飛び退る。これならロックの反撃を受けずに済む、と思ったのだが。


 ロックはそのまま突進してきて掌底を繰り出す。不意を突かれたマオルはそれをモロに顔面に食らってしまった。地面に叩きつけられるマオル。追撃が来る前にさっと立ち上がるが、頭がぐわんぐわんとしてまるで脳をなにか硬いものでかき混ぜられたようにふらついてしまう。


 当然ロックはその隙を見逃さない。再びリズムを刻むようなパンチがマオルを襲う。一発目は肩に、二発目は腹に、頭を狙った三発目はかろうじて回避する。


「ぐ、うぅ……」


 マオルは膝をついて呻く。ロックのパワーは思った以上で、マオルの内臓にまでダメージが入っていた。口から血を流すマオル。だがそう簡単には負けていられない。


「いい調子だロック。さっさととどめを刺してしまいな!」


 外からマージェリーが檄を飛ばす。それに答えるかのようにロックはマオルに向かって突進する。その勢いのまま渾身の右パンチを放つ。しかしそのパンチは当たらなかった。紙一重でパンチをかわしたマオルは同時に自分もパンチを放ってロックの顔面を捉える。カウンターだ、ロックが鼻から血を吹き出しながら後ずさる。

 マオルは好機を逃さなかった。後ずさるロックに追いすがり、腹をめがけて三連撃を放つ。


「効カナイ……」


 ロックの腹は硬かった。筋肉が鎧のように重なり、パンチの威力を殺す。どうせならば顔を狙うべきだったか。


(こいつ、筋肉ダルマかよ)


 マオルはそう思いつつも、ジャンプして飛び蹴りを放つ。顔を狙った飛び蹴りは、ロックの腕に阻まれてしまう。攻防は一進一退、なかなか決着がつきそうにない。そこでロックは獣ゆえの直感からか、マージェリーのいらだちを感じて焦ってしまった。後ろからのマージェリーのプレッシャーに負けてしまった。離れようとするマオルを捕まえに走ってしまった。


 一転してステップを踏むと、ロックの懐に潜り込むマオル。マオルを押しつぶそうと両手を広げて突進してきたロックに頭突きを放つ。カウンター気味に入った頭突きにロックがのけぞったその隙を逃さない。


(こうなりゃ一か八か、急所を狙ってみるか!)


 マオルはそのまま右手を刀のように鋭く尖らせると腹の筋肉と筋肉の間、ちょうど人体の急所、みぞおちに当たる部分を狙って叩き込んだ。しかしわずかに外れて筋肉にぶち当たってしまう。

 右手の指がボキボキと折れる音がした。マオルが短い悲鳴を上げる。


(いてえなくっそ、まだ左手がある!)


 マオルはさらにステップを踏むと、ロックの掌底をかいくぐり左手を鋭く尖らせてみぞおちを再度狙う。今度は運良く左手がみぞおちを捉えてずぶりと沈み込む。そこだけは鍛えようとしても鍛えようがない人体の弱点。狙いはあたり、うまく弱点をついてロックに大ダメージを与える。


「ギャオン!」


 あまりの激痛に悲鳴を上げてロックの意識が飛んだ。ぐらりと地響きを立てながら地面に倒れるロック。その瞬間、あっさりと勝敗は決した。


「グオオオオオッ」


 マオルは口からこぼれ落ちる血を拭うと雄叫びを上げた。空気がビリビリと震えた。


(これ、俺も鍛えないとこの先やばくないか?)


 勝利の雄叫びを上げながらもマオルは内心、不安を覚えるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る