第15話

 陽動がうまくいったのか、ザスートへの潜入は容易だった。二人いた見張りの兵士はマオルが一気に詰め寄って手刀で瞬殺する。他に兵士の姿はない、東西南に応援に行っているのだろう。あまりに簡単すぎて拍子抜けするほどだ。

 そのまま十人の兵士たちを引き連れてクリムトとマオルは街中へと突入する。マオルの耳がピクリと動く、エンジン音だ。マオルの合図でクリムトたちは建物の影に散開する。エンジン音を響かせて現れたのは数少ないはずの装甲車だった。道路のど真ん中に止まると据え付けられた機関銃の砲身を街の外側へと向けた。

 12.7ミリ重機関銃。マオルでもその弾丸を弾けるか疑問である。どうやら、敵の指揮官は兵力をすべて陽動に振り向けるほど馬鹿ではないらしい。

「時間が惜しい、突破できるかマオル?」

 クリムトが言うが速いか、マオルは建物の影から飛び出して駆け出した。ガガガガッと重機関銃が火を吹くが、銃弾はマオルを捉えられずに虚しく地面を穿つ。マオルは勢い任せに道路から建物の壁を走り、重機関銃の弾丸を避ける。

(当たったら痛そーだ)

 マオルは一気に間合いを詰めると重機関銃の死角に入り込む。慌てた敵兵がハッチを開けてアサルトライフルでマオルを狙うが、引き金を引く暇はなかった。マオルは怪力で装甲車を横倒しにする。

 いくら怪力とはいえ装甲車は重すぎて持ち上げて投げるのは無理だった。それでも中に乗っている兵士はたまったものではないだろう。ハッチから身を乗り出していた兵士はその勢いでハッチから地面に叩きつけられる。

 マオルは腕を上げてクリムトに合図する。クリムトたちは装甲車のハッチから身を乗り入れると、敵兵士たちに対して発砲して完全に制圧する。そこまでしなくてもとは思うが、後ろから撃たれるのも気持ちの良いものではないし、潜入したことを連絡されても厄介だ。連絡が取れないことでいずれ発覚するだろうが、しばらくは時間を稼げる。

「急げ!」

 クリムトが短く命令する。再び走り出すマオルと兵士たち。遮るものはもうなにもない。クリムトの指示に従って街中を走り抜ける。時折現れる巡回の兵士はマオルが瞬殺するか、クリムトたちのアサルトライフルで屠られる。

 できれば発砲音の大きいアサルトライフルは使いたくないが、マオルがいくら強くても一人で全方位に対処するのは不可能だ。

 クリムトの指示に従って建物の影に隠れ、隙を見て走る。だんだん兵士の数が増えて隠密行動が難しくなっていく。ここまで市民は見かけてない。

「妙だな、住民の姿がない……」

 クリムトは呟きつつも、次の行き先を指示する。目的地までもうすぐというところでマオルの鼻がなにかを感知した。獣の臭い、獣頭人身の気配。あのカラス頭と出会ったときのような不思議な感触。そして徐々に追い込まれているような不思議な感覚。

 クリムトにそのことを伝えたいがマオルは喋れない。しかたなく突っ込んでいくしかない。いざとなったらクリムトたちだけ逃がすしかなかった。

「ここだ!」

 クリムトが叫ぶと同時に四方の道路がトラック数台によって封鎖される。まるで彼らが来るのがわかっていたかのように。敵兵士がわらわらと現れてマオルたちを取り囲む。

「まさか、バレてたのか!」

 クリムトが渋面を作りつつ立ち止まる。目的のビルの正面玄関前に追い込まれてしまった。

「うふふ、やっと来たわねぇ。久しぶりね、クリムト大佐」

 ビルの中央玄関が左右に開いて三十歳くらいの美女が現れた。軍服姿で手には鞭を持ちスタイルは抜群、髪は長い金髪である。左右にはアサルトライフルを構えた重武装の兵士を従えている。

「マージェリー中佐か。ちょうどいい、あんたを探していたんだ」

 クリムトが強がって言う。マージェリー中佐、共和国軍を指揮する今回の作戦のターゲットだ。クリムトとも軽く因縁があるらしい。

「ははっ、囲まれてるくせによく言うねぇ。あんたらの動きはお見通しさ。それからそこのネコ頭! あんただろう、マニ村で大暴れしたってのは。噂は聞いてるよ……。覆面してたらしいが、兵士百人相手に大立ち回りをやってのけるのは獣頭しかいないって思ってたよ」

 マージェリーが赤い口紅を塗った口で鞭をぺろりと舐めながら言う。取り囲んでいるからか、妖艶な余裕の笑みを浮かべている。マージェリーは獣頭人身のことを知っている。ということはさっき感じた感覚は、マージェリー側にも獣頭人身がいるということだろう。マオルは油断なく周りに気を配る。

「そう固くなりなさんな、周りの兵には手を出させないよ……ネコ頭、名を名乗りな!」

「彼は喋れないから代わりに応えよう、彼の名はマオル・クォ、かの有名な英雄神だ!」

 マオルの代わりにクリムトがおおげさに答える。マオルは一歩前に出てその姿を見せつけるように胸を張る。不利な場面こそハッタリが大事だ。

「英雄神を名乗るなんて不遜なやつだね。お前にはこっちの獣頭、熊頭のロックと戦ってもらうよ」

 マージェリーはそう言うと鞭を振って地面を打つ。それを合図にマージェリーの後ろから巨体が現れる。ロックと呼ばれたそれは熊の頭を持つ獣頭人身だった。筋肉質で身長は二メートル近い。丸太のような腕と足、胴体も同様に太い。明らかにマオルよりもパワーがありそうに見える。

(ああ、そりゃあちこちで目撃されてるもんな。共和国側にも獣頭がいても不思議じゃないか)

 マオルが心のなかで独りごちる。しかし、共和国軍は周囲を包囲しているのだから一気呵成に攻め立ててきてもおかしくはなさそうなのだが。兵士が周囲を包囲して二人の獣頭を逃さないようにする。まるで戦いのリングのような、そんな空間ができあがっていた。

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