第14話
外に出てグラハムがふうっとため息を吐く。その顔は決意に満ちていた。
「ダムを共和国に握られているなら、いよいよ解放軍を頼るしかありませんね……ダムに水が満ちる前に解決しなくてはなりません。車に無線機があります、行きましょう」
ダムの管理が共和国軍に掌握されているなら、その共和国軍を追い出してしまえばいいという乱暴だが単純で確実な方法を取ろうというのだ。シーラとマオルはグラハムに促されて車まで歩く。周囲には兵士がチラホラと立っていて、村の代表たちを監視しているようだった。
「周りは兵士だらけですよ、連絡を取って大丈夫でしょうか?」
「心配はいりません、すでに話はしてあるのですよ。連絡をつけたら一緒に合流場所へ向かいましょう」
シーラの問いにグラハムが答える。どうやらグラハムは解放軍と連絡を取り合っているらしい。解放軍の斥候が来ているのも確認してあるし、兵を伏せてあるのだろう。だとしたら大きな戦闘になるのは確実だ。どちらが勝つにしろ、ザスート住民にも被害が出るだろう。
ともあれ、グラハムの車につくと早速解放軍に連絡を取る。斥候が近くにいるだけあって連絡はすぐに付いた。クリムトも近くまで来ているらしい。そしてマオルがいるのなら力を借りたいとのことだった。戦力になるなら誰でも利用しようという腹づもりだろう。
(やれやれ、人使い荒いな)
マオルはため息を吐きながらシーラ、グラハムとともに合流場所へと向かう。村の代表たちには避難しておくように伝えた。最悪、共和国軍と解放軍の全面衝突になる。戦力にならない村人はいても邪魔になるどころか、犠牲者になるだけだ。
落ち合う場所はダムから十キロほど離れたところ。マオルたちは早速、グラハムの車でその場所へ向かった。
━◆◇━◆◇━◆◇━
待ち合わせ場所につくとそこにはすでにクリムトが待っていた。村々に起きた水涸れの異変はすでに伝わっているらしい。水なしでは生きていけないから騒動になるのは予想がついていたのだろう。
「クリムト君、久しぶりだね」
「先生、ご無沙汰してます。今回の協力に感謝します」
グラハムとクリムトが挨拶を交わす。どうやら旧知の仲らしい。それからクリムトはマオルとシーラに向き直った。
「やあマオル。ダムを何とかするにはザスートまるごと占領するしかない。みんな揃ったことだし、まずは戦力について解説しよう」
クリムトが彼我の戦力について説明を始める。共和国と解放軍の戦力差は大きい、その知識は戦いを始めるのに重要だ。
まず、共和国軍。ザスートに駐屯している兵士は約五千。装甲車が数台ある他はほとんどが野戦仕様のジープか兵員輸送トラックのみ。貧乏国家に使い道の少ない戦車を買う余裕はない。ヘリは数機あるのだが、戦闘機がないから空軍はない。リークス共和国が独立を保っていられるのは外国勢力の思惑、その一点につきる。資源もない島国など征服する価値もないらしい。
ともかく、戦力としては兵士と兵士の持つ手持ち武器がメインだ。最悪でもロケットランチャーが出てくる程度と思えばいいらしい。
対する解放軍の戦力はかき集めて兵士が千五百。移動手段は輸入したり鹵獲したジープやトラックのみ。外国勢力の支援で手持ち武器、アサルトライフルなどの類は充実している。当然ながら、装備としては共和国軍より劣る。装甲車が出てきただけでお手上げなのが実情だ。
「というわけだが……勝ち目なさそうに見えるよな?」
クリムトが説明を終えてお手上げというふうに手のひらを上に向ける。
「だが勝たなければいけない。奴らの狙いはダムの一斉放水で下流の村々に洪水を起こすことだ」
クリムトが敵の狙いについて語る。ダムには普通の放水口と、決壊を防ぐための緊急放水口がある。緊急放水口を使えば南部の村は水浸しになるのがわかっている。
村で洪水が起これば一時被害として家屋が水に沈む。それにせっかく作った作物が台無しになる。貧乏な村々にとって作物が台無しになる痛手は大きい。村の立地によっては二次被害として崖崩れが起こり道路が寸断される。細い電力線も切れてしまうだろう。そして疫病が流行る。たった一つのダムでそこまでできる。
一体どれだけの国民が犠牲になることか。それにインフラを再整備するのにも金と時間がかかる。南部の村々と都市を根城にする解放軍にとってこれほどのダメージはなかなかない。
唯一の救いは共和国軍の士気が低いこと。付け込むならその一点しかない。なんとかして敗走させれば一気に崩れるだろう。問題はどうやって敗走させるかだ。
「大蛇を退治するには頭を潰せばいい。ということでマオルと俺の部隊は敵指揮官を狙う。居場所はわかってる」
クリムトの作戦は単純明快だった。ザスートに潜入して敵指揮官を殺す、それだけ。敵指揮官の居場所まで割れているのだから作戦はこれ一択だろう。
マオルは先日、村に共和国軍が攻めてきたときに大暴れした。すでにその噂は広まっている。獣頭を晒せば敵の混乱を狙えるし、銃も効かない怪力男にかなう敵がそうそういるはずもない。潜入時に見つかったとしてもマオルなら数十の兵士と同時に渡り合える。
もちろんグラハムとシーラはお留守番である。さすがに戦場にシーラを連れて行く気はない。シーラはなにか言いたげだが、今回ばかりはわがままを許す気はない。
「マオルには獣頭をさらして行動してもらうよ。伝説のマオル・クォが味方にいるとなればこっちの士気も上がる」
(また戦いか、めんどくせぇなあ)
クリムトの言葉にマオルは頭をポリポリと掻く。とはいえ断る道理はない、マニ村をまるまる一つ人質に取られているような状況だ。シーラのためにもここは退けない。なんだかんだでマオルはシーラの願い通り村を守ることになる。
「兵士千五百は東西南から陽動を行い、俺達が北から潜入する」
クリムトの号令で兵士たちが動き始める。マオルはクリムトの要望通り覆面を外した。あちこちから歓声ともつかぬどよめきが起こる。
「皆、見ての通り俺達には英雄神がついている! 勝ちは確定だ、安心して戦え!」
兵士たちを鼓舞するように言うと、マオルをジープの後部座席に立たせる。皆に見せるためだ。あちこちでクリムトの部下たちが雄叫びを上げる。いわゆるサクラだが、その効果は大きく味方の士気は大きく上がる。あちこちからマオル・クォを称える叫び声が上がり始めた。
「よし、作戦開始!」
クリムトの号令一下、マオルの乗ったジープを先頭にしてザスートに向かう一軍。いま、水を求めて戦いが始まろうとしていた。
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