第13話
ダムの近くには大きめの街がある。ザスートと呼ばれる、鉱山の仕事で賑わう街だ。マニ村の出稼ぎ人夫も何人かここにいるらしい。マオルたちがザスートについたとき、街には共和国軍が駐屯していた。それに相対するように解放軍の斥候の姿もチラホラと見える。
(なんかきな臭いことになってるみたいだな)
マオルはそう思いながらも、今回の小旅行が戦闘を目的としたものではないことを思い出す。戦争は彼らには関係ない、ましてシーラも一緒となると危険は回避するべきだ。
マオルはシーラとともに街を通り抜けると、ダムへと一直線に向かった。軍がいるにも関わらずけっこうすんなりとダムまで到着する。ダムの入口には人だかりができていた。聞けば皆南方の村々の代表で、水が止められたから抗議に来ているらしい。
そんな状態で、半日ほど足止めを食う。ダムに入りたくても入れてくれないのだ。仕方がないから他の人々と情報交換してみるが大した情報は得られない。
「代表者を選べ! ダムの管理者が話を聞くそうだ」
共和国の軍人が拡声器を手に呼びかけた。代表者と言われても村から来ただけの有象無象の集まりである。そう簡単には決まらない。
「フェンテのお嬢ちゃんじゃありませんか?」
そんな中でシーラに声を掛ける者がいた。マニ村の西に位置する村の代表にしてシーラの恩師、小学校の校長を名乗る初老の男性だった。シーラが頭を下げて挨拶する。マオルもそれに倣う。シーラは優秀な生徒だったため、恩師の覚えも良かったらしい。グラハムと名乗った男は再会の喜び半分にシーラに話しかける。
「先生! やはり他の村々でも水が枯れているのですね」
「うむ、上流でせき止められてはどうしようもありません」
グラハムはそう答えながら何かを考えているふうである。
「そちらの男性はどなたかな?」
「マオル・クォと申します。私の夫です、顔に火傷があって覆面をしていますが……」
シーラの答えにグラハムは興味深げにマオルを見る。獣頭は覆面で隠しているが、正直怪しい人間に見えなくもない。しかしシーラの夫ということは信頼できるのだろうと判断する。
そこでグラハムが申し出た。グラハム、シーラ、マオルの三人で代表を買って出ないかと。はっきり言って他の村人は文字も読めなければ計算もできない人がほとんどだ。交渉事に向く人材は他にいない。それにマオルは筋肉質で長身、何かあったときの護衛役にうってつけに見える。
他の村人への説明はグラハムが買って出てくれた。グラハムは他の村でも名が通っているらしく、あっさり代表の件は了承されてしまった。
(まあなんとかなるだろ)
マオルはそう思いつつ、グラハム、シーラとともにダム管理室へと向かうのだった。
管理室には三人の人間がいた。管理者とその護衛、そして共和国の軍人。階級は少佐らしい。それぞれが椅子に座ってお茶を飲んでいる。
「放水を再開してくださいませんか、このままでは村々が干上がってしまいます」
挨拶もそこそこに、グラハムが早速本題を切り出す。もちろん相手も村の代表たちがどんな要求をしてくるのかわかっている。しかし答えはノーだった。
「このダムは共和国の管理です。共和国政府の決定に逆らうわけには行きません」
管理者がオドオドしつつもはっきりそう言った。管理者はチラチラと軍人の顔色をうかがっている。誰が圧力をかけているのか丸わかりだ。
「共和国は国民を見殺しにするつもりですか……!」
「なぁにが国民だ。貴様ら南部の村々が解放軍に協力しているのはわかっているんだぞ! 今回の放水停止も南部の村を干上がらせるためのものだ」
グラハムの言葉に軍人が声を荒げた。共和国軍にとって南部の村々は解放軍に協力する反乱分子。助ける必要はないと言いたいのだ。もっともいまの共和国はクーデターで乗っ取られているわけで正当性を考えれば解放軍にも理があるのだが、そんな事を言っても彼らには通じない。
「いまここで貴様らを殺してもいいんだぞ!」
軍人が言いながら腰のホルスターを触る。マオルはシーラの前に立ち、シーラとグラハムを守る態勢に入る。ハンドガン程度なら至近距離でも防げる。
「まあまあ、落ち着いてください。部屋を血で汚されては困ります」
「ええいうるさいっ! どうせ南部は水底に沈めるんだ!」
管理者が軍人を諌めるが軍人は聞かずに銃を抜いて、よりによってシーラへと向けた。
「グオオオッ!」
マオルが吠えて銃を叩くように跳ね除けた。衝撃で銃が宙を舞って壁にぶつかる。軍人は衝撃で手がしびれたのか左手で銃を持っていた手をかばう。マオルが睨みつけると軍人は後ろに下がり、護衛が銃を手に前に出てくる。銃口はマオルを狙って。
「暴力はいけません!」
管理者が言って両者の間に割って入る。管理者はあくまで中立を貫くつもりらしい。護衛も銃を下ろす。
「とにかく今は水門を開けることはできません、お引き取りを」
管理者が冷たく告げる。軍人は村を水に沈めると言った。ダムに水が貯まるのを待って一斉放水するつもりだろう。
グラハムがこりゃだめだと肩を落とす。シーラとマオルはグラハムに促されてダムをあとにするのだった。
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