第12話

 あっさりピンチになった。いきなり川が干上がったのだ。雨水を貯めていたおかげで今日明日、飲水にも困るということもないがもう一つ問題がある。電気が止まった。推測だが、水力発電ダムから放水されなくなったのだから電力は不足する。


 もとより解放軍側についているマニ村に電力が供給されていたのは共和国側の怠慢によるものだった。その気になればいつでも止められたのである。電気がなければ解放軍と連絡するための無線機も使えない、それが一番の問題だった。


(やべえ……長引いたら畑にやる水もそのうち不足するだろうな、井戸を掘っておくべきだった)


 マオルが一人で後悔する。井戸があればもう少し長期間耐えることができただろうが、いまさらそんな事を言っても後の祭りである。マニ村は川の流れあってこその村だった。飲水も料理でも畑にまく水でも川に頼り切っていた。その川から水がなくなれば村は干上がる。


 マオルとて水がなくては生きていけない。あるいはマオル対策で川を干上がらせたのかも知れないとも思う。何しろ正面からぶつかれば甚大な被害を被る相手だ。そこまでとは考えたくないが、襲撃を撃退したことへの報復とも考えられる。とにかく川の水をなんとかしなくてはならない。


(ダムまで行ってみるか)


 マオルはどうするべきか決めると、支度を始めた。ダムまでは歩いて二日程度、それほど遠くはない。食料と水だけ用意すればなんとでもなる。


「私も行きます!」


 問題はシーラだった。まともに喋れないマオルの通訳として、そして妻としてついていくと言って聞かない。まあ予想できた話ではあるのだが。マオルは折れるしかなかった。ダムに文字を読める人間がいるかどうかもわからないし、村から出たことのないマオルは土地勘がない。


 あたりには村が何箇所かあって共和国側につく村もある。ただでさえマオルは目立つのに、下手に歩き回って変なところに迷い込んでも困る。

 もっとも行き先はダムだから基本的に川沿いを上流へ向かえばいいはずだ。


(放水してもらえるように話をつけるだけだしなんとかなるだろ)


 ここでもマオルは軽々に判断をした。見方を変えれば真面目過ぎて重い性格のシーラとは対照的でいいコンビとも言える。

 とにかくマオルはシーラ一人を連れてダムへと向かうことにした。


 翌早朝、行動は速いほうがいいと考えた。食料と水、ほんの少しのお金を用意してダムへと向かう。シーラの案内で迷うことはない。早朝から歩き通しでもシーラは不満を言わない。片道三時間かけて学校に通っていたというのは嘘ではなさそうだ。


 歩き続けているとあっという間に日が落ちる。ダムまで歩いて二日、一回や二回の野宿は覚悟しなければならない。シーラは慌てることなく道路の脇を指さした。そこはまるで休憩するためにあるかのように、木が伐採されて少し開けていた。


 歩いて行き来する人もいるらしく、要所要所にこんな場所があるらしい。マオルは頷くと木を背にして座る。シーラも座るとパンを用意しだした。

 焚き火を起こしてから、ちょうどいい機会だからとマオルはシーラの生い立ちを聞くことにした。


「私の生い立ちですか……そんなに面白いものではありませんけれど。祖父の代から政治に携わってました。父は外交官で他国の情勢に通じていましたが、六年前にクーデターが起こっていまの王が政権を握りました。それで父母は私を連れて南方に逃げ込んだのです。南方の港湾都市にはいまの解放軍……先王の息子、第三王子のジャスティン様率いる軍がいましたから」


 シーラはポツポツと話し出す。そしてマオルにロケットペンダントを差し出した。開いてみると柔和そうな男女の写真が入っていた。


「父と母です。私は六年前まで首都リーンの小学校に通っていましたがマニ村に逃げ込んだあとは隣村の小学校に通いました。一年経ってジャスティン様の軍勢と連絡を取った両親は軍に参加。でもそれが命取りでした。共和国軍の襲撃を受けてジャスティン様は行方不明に、私の両親はなくなりました。そのあとはラル村長に引き取られて十二で卒業するまで学校にだけは通わせてもらえました……」


 そのあとはマオルに出会うまで村でほそぼそと働きながら過ごしていたということらしい。シーラの生い立ちを聞くまで出会ってから半年かかった。


(てことは、下手したらシーラも狙われてるかもな)


 マオルは考えて、あらためてシーラのことは守ってやらなくてはならないと思い直す。


「父母はなくなりましたけれど、私はいまは幸せです。マオルに出会えたのですから」


 シーラが頬を染めながら言う。マオルも段々とシーラの熱情にほだされてきているところもある。そう言われて不快感はない。しかしながら、マオルの常識と途上国の常識は違いすぎた。十五歳ではキスをするのすらマオルには憚られる。


 マオルは、しばらくはシーラの好きにさせるのもいいさと思いながら横になるのだった。

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