第11話
年末も押し迫った夜。年末年始と言ってもこの島には季節感などなく、正月だ何だと浮かれるのは都市部の人間だけで田舎の人間には普通の一日である。マオルは一日の仕事を終えて小屋にいた。もちろんシーラも一緒である。種子のたぐいは雨風を避けるためマオルの小屋に運び込んであった。
地面にガリガリと木の枝で簡単な地図を描く。中心の円が村、北西側に広がる扇子状の土地が畑。畑の西に街道が南北に伸びており、反対側、村の東に川が南北に伸びる。村の北と南は防柵で囲んだ。次は動物が荒らさないように畑に防柵を設ける必要がある。
『針金と釘、それから木の杭』
地面に注文する品を書いていく。ノートと鉛筆は貴重品なのでなるべく使わないことにしている。
『あとはここに小屋がほしい』
マオルが畑の北端を指して希望を書く。農具や作物の種をしまっておく場所は必要だ。数日に一回はスコールが降るこの地域では湿気は種子の大敵である。収穫した作物を保存しておく場所も欲しいところだが、それは村の中の小屋で済ませようと思う。一度にあれもこれもと欲張ると計画が破綻しかねない。
「日干しレンガで小屋を作ればいいでしょうか」
シーラの言葉にマオルは首を横に振る。種子などの保存が目的なら風通しはいいほうがいい。できれば土壁よりも木製の隙間のある壁で小屋を作りたい。
「では木材と釘が必要になりますね、このあたりの木はうねっていて使い物になりませんから」
シーラが必要なものを上げていく。マオルは納得して頷く。次に商人が訪れたら注文することになるだろう。シーラは記憶力もいいので忘れることはまずない。
そうやって毎日マオルとシーラはやり取りを交わしている。次第にマオルが口にしなくてもシーラが悟ってくれることも増えた。はたから見れば仲のいい夫婦で通用するだろう。マオルの頭が獣なのが問題だが。
「オあ……ズみ」
マオルが日々の発声練習の成果を見せて就寝の挨拶をする。最近は挨拶くらいならなんとかできるようになってきた。それを合図に部屋の真ん中の焚き火は残しつつ、裸電球の明かりを落とす。焚火の火以外の明かりがなくなり、闇が濃くなる。
いつもならシーラは自分のベッドに横になるのだが今日は違った。何を考えたのか、マオルのベッドに潜り込んで来る。マオルは腰布だけの半裸、シーラはぶかぶかTシャツ一枚の姿である。マオルはいつもシーラに背を向けて壁の方を向いて寝ている。
シーラがマオルの腕に手を回しながら横になる。スキンシップというやつだろう。
「両親が死んでから寂しかったんです……」
シーラはそう呟いてマオルの背中に顔を寄せた。マオルは一言も発することなく、シーラのなすがままである。下手に拒絶してもシーラを傷つける。かといって簡単に受け入れるわけにも行かない。薄布一枚で隔てられた肉体、実に悩ましい。
「マオルは優しい……どこにも行かないでくださいね」
シーラはそう言ってマオルに抱きつく。普段気丈に振る舞っているシーラがこんな弱みを見せてくるのは初めてだ。仕方なくマオルは仰向けになるとシーラの手を握ってやる。
(まあ、一線超えなきゃいいか)
相変わらずマオルは軽く考える。お気楽な性格ゆえに記憶喪失であることも獣頭人身であることも簡単に受け入れられたのかも知れない。そうしているうちに安心したのかシーラが寝息を立て始めた。マオルはため息を吐くとゆっくりと目を閉じた。
翌朝、マオルは鳴子が鳴ったので川の側まで確認しに来た。鳴子の音は鋭敏なマオルにしか聞こえないが、何度か共和国軍の斥候が偵察に来ていたこともあって少し過敏になっている。結局、鳴子を鳴らしたのはイノシシで、マオルは手刀でイノシシをあっさりと気絶させて持って帰ろうと思った。
その時、マオルは川の流れに違和感を感じた。何かがおかしい。イノシシをツタで縛り上げておいて川を確認しに降りる。川の流量が減っている。それほど劇的に減っているわけではないが、確実に水の量が減っている。
(おかしいな。スコールは定期的に降るし、水の量が減るはずはないんだが)
マオルは思いながら川の流れに手を突っ込んでみる。相変わらず冷たい川の流れにおかしいところはない。考えられるとしたら上流で川がせき止められたとかだが……シーラに聞いた話だと確か上流には共和国が管理している水力発電も兼ねたダムがあったはずだ。
水力発電は常に水を流し続けなければいけないので流量を減らすとは考えにくいのだが他に思い当たるフシはない。
とは言っても流量の減少はわずかである。洗濯や水汲みに支障は出ないだろう。
マオルは少し気持ちの悪いものを感じながらも、生来の気楽さでなんとかなるさと思い込み、イノシシを担いで村へ戻るのだった。
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