第10話

 むせ返るような血の匂い。あっさり敵兵を退けたのはいいが血の匂いでマオルの獣欲が首をもたげる。食いたい。しかしマオルはそれを無理やり抑えつけた。

(このぐらいで心乱されてたまるか!)

 敵兵を退けたことを知ってか、村の男達が近寄ってくる。結局、村人には被害がないどころか戦うことすらなかった。全てマオルのおかげだ。

「皆さん、敵の死体を埋めなくてはなりません。手伝ってください」

 シーラが鼻を押さえつつ皆に呼びかける。男たちは銃を置いてショベルに持ち替え、道路の左右に穴を掘り始めた。埋めてしまわないと血の臭いで狼や野犬が寄ってこないとも限らない。

 遺体は三十体近く、生きていても助からないものはとどめを刺す。悲しいかなこれが戦争だ。小さな紛争ではあるが、倒さなければ村の皆が殲滅されていた。途中で兵士たちが逃げたので、これでも被害は少ないほうだ。

 マオルに足を撃たれた兵士は命に別状はないということで捕虜にする。末端の兵士など切り捨てられそうな気もするが助かるものを助けないのも後味が悪い。あとで解放軍にでも引き渡せばいいだろう。無駄飯喰らいは村にはいらない。

 壊れたジープとトラックはマオルの怪力で道の脇の森の中へ押し出す。ジープは持ち上げられたが、さすがにトラックほどの重量物となると持ち上げて投げるのは無理だった。残された銃や携帯食料は戦利品として村に持ち帰る。解放軍に渡せば多少の金になる。

 そこへクリムト率いる解放軍が駆けつけた。急襲の報を受けて援護に来たのだろう。

「あちゃー、遅かったか」

 クリムトがおどけて言う。村に被害はなかったのに遅かったとはどういうことだろうか。とりあえずクリムトは部下に命じて墓穴掘りの手伝いをさせる。

「どうかしたのですか、クリムトさん」

「これ、マオル一人でやったんだろ、どうせなら敵兵皆殺しにするべきだったな」

 マオルの疑問を代弁したシーラにクリムトが頭を抱えながら言う。マオルは何も言えずクリムトの説明を待つ。

「逃げた兵士からマニ村に化け物がいるって噂が広まるぞ、そうなったら次はロケットランチャーとか持ち出すかも知れないな。敵兵の数も増えるだろう」

 そう言われてマオルの頭にガンと殴られたような衝撃が走った。そこまでは考えが及ばなかった。マオルは自分の迂闊さに歯噛みする。カラス頭の例もある。もしかしたら共和国軍側につく獣頭人身も出てくるかも知れない。

 とはいえ、やってしまったものはいまさらどうしようもない。防柵を増やし武器を増やしマオルが常駐することで対処するしかない。どうせ行くあてなどないのだ、村にずっと居座っていたっていい。それが村人を守ることにつながるのならば。

「マオルを責めないでください、やれることをやっただけなんです」

「わかってるさ、俺達も間に合わなかったんだから偉そうに言えないしな」

 シーラにクリムトが答える。クリムトに言わせれば今回の襲撃は出稼ぎの男たちが戻るのを狙ったものらしい。ならば男たちが再び出稼ぎに出れば襲撃の危険度は減るかも知れない。これは希望的観測にしか過ぎないがそうでも思わないと安心して眠れない。マオルは敵が近づいたときわかるように村の周りに鳴子などの音の出るトラップを仕掛けることにした。


 それから一週間、クリムトたちは村に滞在してくれた。村を守る意味もあれば、村の女子どもたちに銃の扱いを教える機会とも捉えていた。そして今日は年に一度のお祭りの日。先ごろの襲撃で中止も考えたが、祭りのあと男たちが再び出稼ぎに出るということで無理をして決行した。

 男たちは木の棒で丸太を叩いて単純な音楽を奏で、あるいは自分の妻と一緒に踊ったり歌ったりとそれぞれに祭りを楽しんでいる。

 マオルはと言えば、広場の隅っこに置かれた木製の長椅子に腰掛けて、シーラにベッタリくっつかれていた。シーラを追い払いたいところだがあまり無碍にもできない。シーラがいなければ村人との意思疎通もできないし、なによりフリだけとはいえ夫婦として振る舞っているのだから無理に離れるのは不自然だ。

 それに最近はマオルもこれはこれで悪くないかもと思い始めている。記憶喪失から毎日一緒にいる相手ということで一種の刷り込みになっているのかも知れない。シーラと一緒にいると落ち着くし、最近はシーラに慣れたのか獣欲に支配されることもほとんどない。周りから見ても良いカップルに見えることだろう。

「私、十五になりました」

 シーラがマオルの腕に手を回しながら告げる。ついこの間まで少し距離を開けていたはずなのに、あの襲撃事件以来べったりとくっついてくることが増えた。マオルが敵兵を退けたことで信頼感が増したのかも知れない。村を守るという英雄神としての役目を果たしたからか。

 今までは生贄としての義務感でマオルと接していたのが、好意を持つようになったと考えることもできる。行動が素直でわかりやすいのは助かるのだが素直すぎてマオルが面食らうことも多々ある。

 マオルはノートにおめでとうと書いてシーラに見せる。シーラが頬を染めてはにかむように笑う。シーラの誕生日が祭りの日とは都合がいい、覚えやすくて助かる。つい先日襲撃があったとは思えない平和さだ。

 その際シーラが敵兵を一人殺したのも夢かと思うぐらいである。村に解放軍の兵士が常駐することはない。だから村人も村を守るためには銃を取る必要がある。悲しいかなそれが現実だ。

「楽しんでるかい、お二人さん」

 マオルとシーラに近づくものがあった。クリムトである。クリムトは酒の入ったコップをマオルに差し出す。マオルはそれを受け取って黙って舐める。この獣頭では飲み物もまともに飲めない。

 舐めるように舌で掬うしかないのだ。シーラも酒を受け取るとこくりと喉を鳴らして飲み込む。この国では十歳をすぎれば大人と同じ扱いだ。これはシーラに聞いたのだが十歳をすぎれば酒も飲めるし結婚もできる。ろくに治安維持されていないような発展途上国にありがちなパターンである。

「十五歳おめでとうシーラ。マオル、俺達は明日になったら村を離れなければならない。あとのことはよろしく頼むよ」

 クリムトの言葉にシーラとマオルが一緒に頷く。いつまでもクリムトに頼って村を守ってもらっているわけには行かない。村の男達も出稼ぎに行ってしまう。

あとは残った女子ども老人だけで村を守っていかねばならない。唯一頼りになる戦力がマオルだ。

「俺達も気にはかけておくが……マオル。あんたが狙われる可能性が高い。心しておいてくれ」

 クリムトはそう言うと、酒の入ったコップを高く掲げてマオルの武運を祈る。そうして夜は更けていくのであった。

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