第9話

 マオルはシーラとともに商人と会っていた。大豆、とうもろこし、サトウキビなどなど、作物の種を頼んでいたのだ。出来上がった畑にこれらを蒔くつもりである。そうすれば少しは村の食糧事情も良くなる。害虫退治用に農薬も手に入れたし、雑草刈りなんかは村の子供達にも手伝える。

 もちろん畑はいま以上に広げるつもりだが、それはゆっくりとやればいい。いまは当面の食料確保が最優先だ。それに今の時期は村の男達が帰ってきている。村が出稼ぎのお金で潤い、食べるのにも困らない時期だ。

「シーラちゃん、頼まれていた指輪を持ってきたよ」

 初老の商人が自分の車のトランクを指差す。オンボロの幌付きトラックだが収納力はある。その荷物が雑多に積まれたトランクの中に指輪の入った箱が二つ置かれていた。

 このあたりでも結婚したらおそろいの指輪をつけるのが習わしになっているらしい。西洋文化に倣っているのだろう。明らかに安物の指輪だがいまの村の貧困さを考えれば贅沢品である。

「ありがとうございます。マオル、早速つけてみてください」

(疑似夫婦のはずなのに指輪まで?)

 そうは思いつつも、マオルも特に拒むことはせず指輪をはめてみる。やはりというかなんというか、シーラの用意するものはサイズがぴったりだ。シーラも少し照れながら指輪をはめる。シーラがマオルを見てにっこり微笑む。とても可愛いのだがマオルの心中は複雑である。

(もしかしなくても俺、囲い込まれてないか? ここまでしなくても村を見捨てるつもりはないんだが……)

 シーラを見つめつつマオルがそう思う。どうせ記憶もなければ行くあてもないわけで、今のところ村から離れるつもりはない。シーラのマオルに対する執着が普通ではない、とここ数ヶ月で実感した。怯えている面もあるくせに、マオルから決して離れようとはしない。本当に食われても構わないとまで考えていそうだ。もちろんマオルにそのつもりはないのだが。

「お似合いですよ」

 マオルは商人にそう言われてハッと我に返る。シーラは頬を染めて嬉しそうに笑う。マオルの顔は覆面に覆われているし、どうせ獣頭だしで表情はわからない。

 マオルは黙って作物の種を一輪車に乗せる。指輪をはめてなにか悪いことがあるわけでもないし、できる間はシーラの好きにさせてやろうと思う。

 その時、いきなり商人のトラックに造り付けられた無線機がざざっと耳障りな雑音を上げた。何事かと商人が無線機のスイッチをいじる。商人としてやっていくには情報は大事だ。

『南部の村々に通達、共和国の兵士が南下中。注意されたし』

 商人が青ざめた。南部の村々には当然マニ村も含まれている。戦線が拡大しているせいか、解放軍もゲリラ的に戦うのが精一杯で村を守っている余裕はない。出稼ぎの男手が戻ったタイミングを狙っていたのかも知れない。南部の村々の殆どは解放軍側についているので、女子どもごとまとめて殲滅させられても不思議ではない。

 それほど共和国の軍隊は評判が悪い。目的のためには手段を選ばないところがあるらしい。

 マオルはノートを取り出すとさらさらと文字を書いた。

『シーラは皆を連れて森の中に避難。戦えるものは銃を持って村に立てこもれ』

「わかりました。マオルはどうするのです?」

『戦う』

 シーラの問いに簡潔に答えるマオル。普通の軍隊ならマオル一人でもなんとかなる、そう考えた。シーラが動くのは早かった、手早く村人を集めて指示を出す。村長の家に隠されているアサルトライフルは十丁ちょうど、帰ってきている大人の男は八人。一人一丁持たせて村の各所に配置したら残り二丁を女性に持たせて子どもと一緒に森の中に身を隠させる。

 そうしている間に北の方から車の走る音が聞こえてきた。共和国軍だろう。リークス島はそれほど広くない、土むき出しの整備されていない道路でも車で移動すれば数時間で都市から村へと侵攻できてしまう。

「お背中を守らせてください。訓練は受けています」

 シーラは村長の家から拝借してきたライフルを手にマオルの横に立つ。シーラの華奢な体ではライフルの反動に耐えられないと思うのだが言っても聞きそうにない。

 シーラが意外と頑固なのはこの数ヶ月で理解したし、両親からいろいろな教育を受けているのは知っている。戦闘訓練まで受けていたのは意外だったが。マオルは諦めて共和国軍のジープが近づいてくるのを待つ。いざとなればシーラは森の中に隠すしかない。戦うならせめて防弾チョッキや防弾盾を持たせたいくらいだ。

 先頭のジープが見えてくる。その後ろには兵員輸送トラックの行列。一体どれだけの人数が派兵されてきたのか。マオルは鋭敏な感覚で感じ取る。

 トラックは少なくとも十台。ジープが三台。車両はそれだけ、兵員数としては百人以上はいるだろう。マオルも自分の体の扱い方に慣れてきた。遠くの物音はよく聞こえるし、嗅覚も鋭敏だ。何より気配で人の動きを感じ取ることができる。獣頭ゆえだろうか。

 百メートルほど離れたところで先頭のジープが止まると、トラックもそれに続いて兵士がわらわらと降りてくる。皆、正規の軍装にアサルトライフルを背負っている。

(まあ、なんとかなるだろ)

 マオルは軽くそう考えると、まずは咆哮を上げて敵を威嚇する。次の瞬間には駆け出した。敵が村を包囲する前に殲滅する必要がある。今なら敵が一箇所に固まっているから叩きやすい。

 兵士たちが反応するよりも早く、マオルはジープを持ち上げてぶん投げた。ジープがトラックにぶつかって派手な音を立てる。それだけで兵士たちは混乱した。何しろジープを持ち上げるほどの怪物が相手だ、パニックを起こしても不思議はない。

「う、撃て! 撃てーっ!」

 散開する暇もなく先頭集団がマオルに殺到する。タタタタッと軽い音を響かせてアサルトライフルから弾丸が発射される。

(いてっ! 痛い痛い!)

 マオルは気合を入れてアサルトライフルの弾をはじくが、痛みはある。まるで輪ゴムをバチンと弾くような強い痛み。だが、マオルの肌を傷つけるほどの威力はない。両腕で顔を守るようにしながら受け止める。

 次の瞬間にはマオルは宙に跳ね跳んで先頭の兵士の頭を叩き潰す。相手も殺す気で来ているのだから手加減するつもりはない。それに一人でも先に通してしまうとシーラが危ない。

 ぐるんと回転するように蹴りを放つとまとめて数人が吹っ飛ぶ。敵のアサルトライフルを奪うと銃床で敵の頭を砕き、足を撃って行動不能にする。それでもどうしても討ち漏らしが出た。マオルから逃げるように村の方へ走る兵士にシーラが正確に二発続けて撃ち込む。シーラの腕は確かで弾は兵士の腹を撃ち抜いて行動不能にした。

 マオルはそれをちらっと一瞥しただけで次々と兵士を投げ飛ばし殴り飛ばし蹴り倒す。三十人ほど倒すだけで充分だった。残りの兵士は怖気づいて慌ててトラックに乗り込み逃げ出す。

 戦闘はそれまでだった。マオルがひと暴れしただけで兵士の士気は吹き飛び、あとは逃げるだけの集団へと変わる。

 共和国軍の襲撃はあっさりと終わった。マオルは少しかすり傷を負っただけだった。

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