第7話

 村に戻るとシーラが待っていた。シーラの仕事はマオルの面倒を見ることだからマオルがいない間心配するくらいしかなかったらしい。

「無事だったのですね、よかった」

 シーラはすぐにマオルのそばに駆け寄ってくる。ぺこりとクリムトに向かって頭を下げると、マオルの傷口を見てまず治療をと促す。

 治療と言ってもこの村では消毒して包帯を巻くのが精一杯だが。幸い傷は浅く、すぐに治るだろう。破れてしまった服は代わりを用意するしかない。

「シーラ、大事な話がある。三人だけになれる場所はあるか?」

「それでしたら私とマオルの小屋にどうぞ」

 クリムトの言葉にシーラが答えた。ひとまずマオルに包帯を巻き終えてシーラが先導して小屋へと向かう。

 正直マオルは気が重い。正体がバレた以上、兵士二人を殺したのも白状するしかないだろう。それでクリムトがどんな対応をするのか不安である。銃火器が効かないのはカラス頭相手で良くわかっているとは思うが、下手をすれば村から追放くらいはされるかも知れない。

 小屋へ入るとマオルとシーラは床に座る。クリムトにはわらで編んだ座布団を差し出した。マオルはあぐらをかき、シーラとクリムトは正座である。

(さて、どう言い訳したものか……)

 マオルが考え込む、がクリムトはそれほど深刻そうな顔はしていない。まず懐から百ドル札を五枚取り出して差し出す。

「カラス頭退治の報酬だ、受け取ってくれ。マオルがいなかったら勝てなかった」

 クリムトの言葉にマオルもシーラもぽかんとした。五百ドル、このあたりでは大金である。マオルは断ろうと思ったのだが、クリムトはぐいぐい押し付けてくる。

「金なんてあって困ることはないだろ。シーラに美味しいものでも食わせてやれよ」

 クリムトの言葉にマオルが折れた。ここは大人しく受け取ったほうがいいだろう。マオルは金を受け取るとポケットにねじ込む。村のために使ってもいいし、クリムトの言う通り持っていて損はない。

「ありがとうございます」

 喋れないマオルの代わりにシーラが礼を言う。どうにも直接喋れないのがもどかしくて仕方がない。シーラが火にかけたやかんからコップにお湯を注いでクリムトに差し出した。このあたりにお茶を買う余裕はない。白湯を振る舞うので精一杯だ。

 クリムトはそれを受け取って口をつけるとため息を吐いて口を開く。

「さて、それじゃあ覆面を取って良く見せてもらおうか」

 クリムトの言葉にマオルよりもシーラのほうがびっくりして肩を震わせる。

「まさか、バレたのですか?」

 シーラに対して頷きながら、マオルは観念したように覆面を脱ぐ。そこにあるのは人とは違う獣頭、ネコ科の猛獣の頭である。

 クリムトは、へえ、と感嘆の言葉を漏らしつつ、偽物じゃないのかとマオルの頭を触って回る。いくら疑ってみてもそこにあるのは本当の獣頭だ。人が覆面をかぶったりしているわけではない。

「カラス頭は理性がなかったみたいだが、マオルの心は人と同じなんだな?」

 クリムトの言葉に首を縦に振る。村に来た夜は靄のかかった獣心そのものだったが、シーラのもとで目を覚ましてからは人の心を取り戻している。また獣になるかも知れないという不安はある。シーラの裸体を見たときそうだったように理性が飛びそうになるかも知れない。

 しかしマオルはそれを乗り越えないといけないと思っている。少なくともシーラを食うつもりはない。

「シーラは『英雄神マオル・クォ』への生贄か……まさか食ったりしないよな?」

 あらためてクリムトに聞かれてマオルは首を横にぶんぶん振った。クリムトが安心したように息を吐く。

「兵士二人を殺したのはマオルか?」

 恐れていた質問が飛び出した。なぜそう判断したのかわからないが、クリムトに嘘は通用しそうにないと思った。シーラが横から口を挟む。

「マオルは私を助けてくれたんです。責めないでください」

「まあ……あいつらは札付きだったから何があったか想像はつくが……殺っちまったか」

 クリムトがため息を吐く。どうやら部隊内でも問題のある二人だったらしい。

「こっちも戦争で命のやり取りしてる身だ。いまさら二人のことでどうこう言うつもりはないから安心してくれ。ただし、次にうちの部隊の者に手を出したら……俺一人の一存では許せなくなる。それは覚えておいてくれ」

 クリムトの言葉にマオルがほっと息を吐く。たぶん今村に集まっている十数人の兵士程度ではマオルに怪我を負わせることすらできないだろうが、無駄な諍いは避けたい。シーラも安心したのか、静かに息をつくのがわかった。あとはクリムトとシーラで他愛ない雑談を交わして、クリムトは小屋をあとにした。

 やはり直接コミュニケーションが取れないのはもどかしい。マオルは言葉を話せるように発声練習をしようと心に決めたのだった。

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