第6話

 クリムトを後ろにかばいながらマオルがカラス頭の前に立つ。カラス頭もマオルが普通の人間ではないと悟ったのかすぐには仕掛けてこない。ジャングルの木々を利用しながらジリジリと距離を測る。お互い迂闊には動けない。

(俺の力、どのくらいか把握してないんだが……やるしかないか)

 先に動いたのはカラス頭だった。木々の合間を抜けるように走る。やはり速い、速すぎて覆面をしているマオルの視界から消える。次の瞬間、カラス頭の右ストレートがマオルの頭を捉えていた。盛大に吹っ飛ばされるマオル。飛ばされた先にある木に身体をぶつけながらもなんとか踏み止まる。

 次はマオルの番、ぐっと踏み込んで正拳突きを放つ。がしかし、カラス頭は上に大きく跳んでそれを避けた。どうやらスピードではカラス頭のほうが上らしい。

カラス頭は落ちる勢いそのままにマオルに蹴りを浴びせた。今度は肩口が裂けて血が流れる。

 覆面のせいで視界が悪く、どうしてもカラス頭に遅れを取る。そう判断したマオルはすぐに覆面を脱ぎ捨てた。この際正体がバレるとか考えている余裕はない。

 そのままマオルは一気に攻め込む。右左と拳を繰り出すのだが、カラス頭は素早くそれを避けてカウンターを当ててくる。カラス頭はスピード特化なのか、ダメージはそれほどでもない。それでも一方的にやられるのは気分の良いものではない。マオルの繰り出した回し蹴りが避けられて、代わりに木をなぎ倒す。

(足場も悪いのにすばしっこいやつだな)

 マオルは心中で毒づきながら体制を整える。ふたたび始まるにらみ合い。カラス頭としてもマオルの一撃をもらうわけには行かない。

 意を決して再び跳んだのはやはりカラス頭だった。素早さに自身があるのだろう、一気にマオルの懐に踏み込んでパンチを繰り出す。マオルはそれをさばきながら一歩後ろに下がる。カラス頭のパンチは一発ではなかった。次々繰り出される素早い連打。マオルは避けきれずに何発か食らってしまう。ガードを固めて防御するので精一杯、未だにマオルの攻撃は掠りもしていない。

 カラス頭も連打は疲れるのか、数歩後ろに下がって呼吸を整える。その隙を見逃さず、マオルが拳を放つがまたしても空振りに終わる。

(捕まえないと話にならないな)

 そう思いながらマオルはカラス頭が隙を見せるのを待つ。持久戦になったら攻撃を当てられないマオルが不利だ。なんとかして捕まえるしかない。再びカラス頭が跳んだ。大振りの蹴りを放つつもりだとわかる。蹴りを肩で受けた瞬間、マオルはカラス頭の右足を掴んでいた。捕まえたと思ったが、ことはそううまく行かなかった。

カラス頭が空いた左足でマオルの顔面を狙ってきた。すでに二度この鉤爪で身体を裂かれている。これをまともに受けたら無事ではすまないだろう。カラス頭の右足を掴んだままぶん投げて木にぶつけるのが精一杯だった。

 それでも一応のダメージは与えられたらしく、カラス頭は木にぶつけた右腕を押さえている。これで少しでも速さが鈍ればいいのだが。

 カラス頭に逃げるという発想はないようで、再びマオルと対峙する。カラス頭がまたマオルの懐に飛び込もうとしたその時だった。

「喰らえ!」

 クリムトがカラス頭の頭部に銃撃を浴びせた。カラス頭は完全に油断していた。たかが人間と侮っていた。マオルとの戦いに夢中でその存在を忘れかけていた。それが命取りだった。

 怯んだカラス頭のくちばしをマオルが掴む。そのまま力任せに握力でくちばしを握りつぶす。

「ゲアアアッ」

 カラス頭が痛みに悲鳴を上げたところにマオルの手刀が心臓を捉えた。ずぶり、とマオルの右手がカラス頭の胸に突き刺さる。マオルはそのままカラス頭の心臓を掴むと握りつぶして引きずり出した。

 決着は着いた。カラス頭はぐったりと力なく地面に倒れる。流れ出た血が地面を真っ赤に染め上げた。

(あー、なんとかなった……)

 マオルもホッとして身体の力を抜く。自分の実力もわからないのに前に出たのは迂闊だったかも知れないが、銃が効かないのでは他に手はなかった。むざむざ兵士たちが死んでいくのを横で見ているほど非情にもなれなかったし、なにより、カラス頭を放置していたら村が危険にさらされる。

 英雄神とやらのことは知らないが、力がある以上は村を守る義務があると感じていた。

「へえ……マオル・クォの名は伊達じゃないってことか」

 クリムトの言葉にハッとして覆面を探す。いまさら遅いが、地面に落ちている覆面を見つけると頭からかぶった。クリムトも英雄神の伝説は知っているらしい。

だとすればシーラが妻ではなく本当は生贄だということも想像がつくはず。カラス頭を相手にしていたときとは違う緊張が走る。

 クリムトは戦闘不能になっている兵士四人のもとへ駆け寄る。一人は絶命しているが、残り三人は怪我をしているものの命には別状なさそうだ。死亡した兵士のドッグタグを一枚ポケットに入れる。

「まさかこんな化け物が潜んでいたとはね。マオル、助かった。

俺達だけじゃやられていたよ、礼を言う」

 クリムトはそう言うと、他の兵士たちを呼び出し始める。死体と怪我人三人を運ぶには人数が足りない。

「戻ったらゆっくり話がしたいな、マオル」

(やべえ……覆面を脱いだのは失敗だったか?)

 クリムトの言葉にマオルは嫌な汗をかくのだった。

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