第5話

 マオルとクリムト、それから十数人の兵士は手分けしてジャングルへと踏み入った。ナタでツタや雑草を切り開きながら前へと進む。もちろん兵士は皆武装している。兵士の数が少ないような気がするが、あまり獣狩りに注力できない事情でもあるのだろう。ジャングルに入って少ししたところで四人ずつに分かれる。

「相手の正体がわからない、何かあったら声を出せ」

 クリムトが指示を飛ばす。無線も一チームに一つずつあるから連絡不能にはならないだろう、攻撃を受けて倒れない限りは。クリムトによると最近このあたりで目撃があったという。とりあえずいまは手当たり次第に探すしかない。

 ジャングルを進んでいると血の跡があった。マオルが二人を襲った場所だ。

「ここがラルの言っていた場所か、血は乾いてるが匂いはきついな」

 クリムトが言いながら鼻をつまむ。首を飛ばした際に飛び散る血の量は尋常ではない。それが周囲の木々に飛び散りへばりついて乾いている。この匂いにつられて獣が寄ってくることも考えられた。とりあえずその場は放置して先へと進む。

 少し開けた場所に出た。そこで小休止することになる。慌てても『何か』が簡単に見つかるわけでもないからということらしい。

 クリムトが水筒を差し出してくるが断る。水を飲もうと思ったら覆面を外す羽目になる。無駄に顔を晒すのは避けたい。

 あとの二人はその場に腰を下ろして思い思いに休憩している。それを確認してからクリムトが口を開いた。

「頼みがあるんだが」

「ぐ?」

 クリムトの言葉に唸り声で返す。

「無理して喋らなくていい、聞いてくれ。シーラのことだが、彼女の両親は俺達解放軍に協力したってことで罪人として処刑された。聡明な人たちだった」

 マオルは黙って頷く。シーラを学校に通わせていたことと言い、両親に先見の明があったことは想像がつく。

「学校までは三時間も歩くのにシーラは愚痴も言わず頑張ってた。とてもいい娘だ」

 たしかにいい娘だ。少し思い込みが激しいようだが素直で学もある、見た目も悪くない。

「男手を確保するために結婚したとは思いたくない。あんたがいい人であることを祈るよ、シーラを大事にしてやってくれ」

 クリムトはシーラの両親の死に関わった負い目がある。それにずっと小さい頃から知っているから情もある。そんな娘が突然現れた正体不明の覆面男に嫁いだのだ。心配の一つもしたくなるというものだろう。

 マオルは黙って頷くしかなかった。シーラを不幸にする気など毛頭ない。村のための生贄だとしても大事にしたい気持ちはある。

(食うなんてもっての外だな)

 シーラに限らず二度と人を食うなんてゴメンだと思う。後味の悪さが半端ない。

「話はそれだけだ、よろしく頼む」

 クリムトが言い終えるのとほぼ同時に無線が耳障りな雑音を漏らした。

『襲われてます! 応援を!』

 無線から声が漏れる。それを合図にしたかのように、発煙弾が打ち上げられた。ここから東、距離は数キロと近い。クリムトが先陣を切って発煙弾の方向へと向かう。あとに兵士二人が続きマオルは最後尾だ。

 マオル一人ならすぐにでもたどり着くのだが、そう簡単に異常な身体能力を見せつけるわけにも行かない。

 タタタタッ、と銃声が響く。それを聞いてクリムトの足取りも自然と早くなる。ツタや雑草に阻まれて先に進みづらいのがもどかしい。

 メキメキっと木が折れる音がする。何が起こっているのかさっぱりだが異常なことが起こってるのは確かだ。

「ギャッ」

 短く鋭い悲鳴が響く。どうやら兵士のほうが不利なようで、相手にやられたらしい。続けて銃声が響く。

 ナタでツタを切り払ってやっと現場につく。クリムトが駆け込んで相手を確認する。

「ギギギギッ」

 相手は鳥が鳴くような不気味な唸り声を上げた。兵士一人は首をはねられて完全に絶命している。その仕業から一連の殺しの犯人だと判断する。

 クリムトと兵士二人はアサルトライフルの銃口を向けると敵に向かって発砲した。相手は避けず銃弾が命中するがそれは相手を傷つけることなくすべて弾かれた。

 追いついたマオルが見たものは、カラス頭の獣頭人身だった。先に相手していた四人はほぼ戦闘不能にまで追い込まれている。

(やはり俺以外にもいたのか!)

 マオルは相手を確認しつつ、銃撃の邪魔をしないようにクリムトの後ろに立つ。しかし相手には銃が効かない。それどころか、あたりに生えている木を根本から引っこ抜いて振り回す。クリムトたちは横っ飛びにそれを避ける。マオルがその木を受け止めた。

「ギャアアアッ」

 カラス頭が怒りともつかない雄叫びを上げる。

「銃が効かないなんて化け物だ……」

 兵士の一人が呟いた。クリムトも銃が効かないとは思ってなかったらしく唖然としている。それ以上にマオルが木を受け止めたことにもびっくりしていた。

 カラス頭は痩せぎすで、足も鳥のそれに近い鉤爪になっている。カラス頭がとんっと軽く前へ飛ぶ。速い。狙いはマオルらしく、真っすぐ跳んでくる。カラス頭の足がマオルを襲う。鉤爪が胸をかすって服を裂く。胸にうっすらと血が滲む。

「グルアアアッ」

 マオルも負けじと咆哮を返す。クリムトと兵士たちを置き去りにしてマオルとカラス頭の戦いが始まった。

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