第4話

 翌朝、六時頃から村の中はうるさかった。どうやら誰かが大勢で訪ねてきているらしい。マオルの体には昨日剥ぎ取ったはずのシーツがかけられていた。シーラの仕業だろう。

「おはようございます、マオル」

 いつの間にか貫頭衣に身を包んだシーラが挨拶してくる。村人の朝は早いようだ。シーラは昨日のことなど忘れたように接してくる。

「ぐるるおう……」

 おはよう、と言ってみるがやはりただの唸り声になった。それでもシーラは意味を汲み取ったのかニッコリと微笑む。シーラはなぜこんなに無警戒なのか。マオルにはさっぱり意味がわからない。食べられるかも知れないのになぜこうも懐かれるのか。

 マオルはため息を吐くと、昨日もらった衣服に袖を通し覆面をかぶる。シーラの見立ては正確で、マオルの体にぴったりフィットする。再び木の枝を手にとってかがむと、ガリガリと文字を書く。

『なんの騒ぎだ?』

「解放軍が来ています。行方不明の……あの二人を探しに来たと……」

 マオルの問いにシーラが言い淀む。ああそうか、とマオルは納得した。統率のいい加減な解放軍といえども行方不明者が出ては放っておけないということだ。もし敵方に走られでもしたら、情報が筒抜けになってしまう。マオルが殺したことは隠し通さなければならない。バレたらどんな報復を受けることか。

 とりあえず覆面を身につけることにする。取れと言われればそれまでだが、何もしないよりはマシだ。

 隠れていても怪しまれるだけだろうから、あえて外に出る。どうせ喋れないのだからあとの展開は流れ任せだ。

 村の広場の中心に軍用ジープが乗り入れられていた。後部座席に機関銃が取り付けられているような本物の軍用である。ジープの周りには十人ほどの兵士が集まっていた。その軍用ジープの座席上に立つ人物がいた。すぐこちらに注目する。マオルの異様は目立つ、注目されて当然だ。

「やあシーラ、久しぶりだな」

「クリムトさん、お元気そうで何よりです」

 シーラはぺこりと頭を下げながら男をクリムトと呼んだ。シーラによると彼の名はクリムト・フィズ、解放軍を率いる首領だそうだ。こっそりとマオルに耳打ちする。

クリムトは身長百七十センチほど、三十歳くらいだろうかあごひげを生やし額の左側に特徴的な傷がある。

「で、そっちの男は誰かな? 見ない顔、というか顔も見えないけれど……?」

「マオル・クォと申します、ジャングルの中を彷徨っているのを保護しました。顔に醜い火傷の跡があるので覆面で隠しています、傷のせいで言葉もうまく喋れません」

 こういうのを立て板に水というのか、シーラはスラスラと嘘をついて見せる。

(覆面取れとか言わないでくれよ、頼む)

 マオルは緊張しながらそう念じる。村人には周知の事実だが、獣頭を見られたら不審どころではすまないだろう。行方不明の二人と関連付けられるのも想像に固くない。

「まあいいだろう、皆の前で辱める気はない」

 幸いにもクリムトは覆面についてはスルーしてくれた。クリムトの仲間たちも特に気にした様子はない。それよりも気になるセリフをクリムトが吐く。

「シーラ、結婚したようだが相手はこの男か?」

「はい、昨日結婚したばかりです」

「ぐえっ!?」

 二人の言葉にマオルは間抜けな声を上げた。結婚!? いつ誰が結婚した? だいたいシーラはまだ十四だろう、結婚するには早くないか? 狼狽えるマオルをよそに、二人はウフフと笑い合っている。クリムトの反応から、このあたりではこのくらいの年齢で結婚するのは普通だとはわかるが、マオルは了承した覚えがない。

(ああ、クリムトを欺くための嘘か!)

 すとんと腑に落ちた。そういうことなら納得できる。慌てて損をしたと思いつつ、落ち着いて居住まいを正す。シーラとクリムトの会話からすると貫頭衣を着るのは結婚した証らしい。

「さて本題に入ろう。うちの兵士が二人、行方不明なんだが何か知らないか?」

 クリムトが真剣な表情に戻ると、問いかけた。いつの間にか姿を表した村長のラルが前に進み出る。

「森で倒れているのを発見しております。首を切られ無惨にも絶命しておりました……墓を掘る人足も足りず、いまだ村の外れに安置しております」

「そうか、死んでいたか。不良兵士だったが死んだとなれば葬らねばなるまい」

 クリムトはそう言うと、ジープから降りて死体までの案内を乞う。ラルはシーラとマオルについてくるように手招きすると、クリムトと兵士を引き連れて村の外れへと向かった。

 そこには死体が二つ、わらに包まれて放置されていた。クリムトが死体を改める。

「そばにドッグタグが落ちておりました、どうぞこれを」

 ラルがドッグタグを差し出す。軍人が持つ、死亡した際の認識用の金属板だ。同じものが二枚ずつ、合計四枚をクリムトに渡す。クリムトはそれを一瞥すると頷いた。

「二人の認識票に間違いない……墓を作ってやりたいがここで構わないか?」

「ええ、ここはちょうど村の墓場です。このまま放っておくわけにも行かないのでお願いします」

 ラルの言葉を待っていたように、兵士たちがシャベルを持ってきて穴を掘り始める。クリムトは死体の上に一枚ずつドッグタグを置く。残った二枚を報告用にポケットに突っ込んだ。

「どうやら危険な獣か何かがこの辺りをうろついているようだ。これで犠牲者は五人になる。皆、鋭いもので首を切り落とされていた。綺麗に首を切り落とすなんて獣の仕業とも思えないが……誰か心当たりはないか?」

 クリムトの言葉に、ラルは首を横に振る。マオルとシーラも知らないとジェスチャーで示す。

 犠牲者は五人、マオルが殺したのは二人。記憶がないから自信はないが、自分でもそれほど殺す必要があったとも思えない。とすれば、危険な獣か何かが潜んでいるのは確実だろう。獣でないなにかだとしたらそれは……。

(俺みたいなのが他にもいたりしてな)

 マオルはその考えにひとり可笑しくなった。こんな獣頭人身の人間がそうそういるはずはない。しかし可能性は捨てきれない。

「そう言うわけで獣狩りに男手を借りたい、と言ってもふさわしいのはマオルだけだ。手を貸してくれるか?」

 クリムトがまっすぐマオルを見据える。断れない頼みというのは厄介なものだ。

「クリムトさん、夫をよろしくお願いします」

 マオルが頷くと同時にシーラがそう言った。致し方なくマオルは森の中で『凶悪な何かわからないもの』を探すことになった。

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