第2話

 村に戻ると昨夜の少女と老人がひとり待っていた。肩車されている男児と手を繋ぐ少女、脇に抱えた洗濯物かごを見て目を丸くする。

「マオル・クォ様、なぜそのようなことを……? この者たちがなにかいたしましたか?」

 老人が怪訝そうな表情でマオルを見る。どうやら、マオル・クォという人物は軽々に子どもと触れ合うものではないらしい。とはいうものの、マオルとしては怖がられて怯えられるのも困る。それを伝えたいのだが人語が話せない。

「長老様、マオル・クォ様は親切なのです」

 手を繋いだ少女が代弁してそう言う。肩車した男児は相変わらずきゃっきゃとはしゃいでいる。マオルはゆっくりと男児を抱えて下ろし、洗濯かごを少女に返す。

 とにかくなんとかしてコミュニケーションを取らないことには話が進みそうにない。笑顔を作るのは失敗した、他に何ができるだろうか? そもそもマオル・クォとやらが何者なのかも知りたいところだが。

「そうか……マオル・クォ様、私はラル・セロー、この村の村長をしています。

それから今後貴方様の面倒はこの者が見ます。さあ、シーラ挨拶しなさい」

「昨夜は助けていただいてありがとうございました。シーラ・フェンテと申します。

身の回りの世話はすべて私がしますので何でもお言いつけください」

 昨夜の軍人二人に詰められていた少女、シーラ・フェンテが一歩前に進み出て名乗った。ベトナム圏のアオザイに似た貫頭衣を身にまとっている。対して老人はゆったりしたシャツにデニムのズボン姿だ。このあたりでは古今東西いろんな文化が混じり合っているらしい。

 シーラは名乗るとマオルを前にもじもじしている。どうやら昨夜の出来事を思い出しているらしい。眼の前で人を二人殺し、その上、牙で肉を裂き血をすすった。結果的に助けたことになっているが恐れられていても無理はない。

 どちらにしろ、しばらくはシーラの世話を受けながら自分が置かれた状況を探るしかなさそうだ。マオルはため息を吐くと村の中央へと向かった。


 まずは様子見に村を見て回った。シーラのように貫頭衣を着ているのはまだマシだった。中にはTシャツを一枚着ているだけで下着すらつけてない子どもも多かった。

四、五歳の子どもの中には丸裸の場合もあった。赤道直下の暖かい気候故か村の中に限れば服はそれほど必要ではないようだ。服が必要になるのは毒虫や草木の生い茂るジャングルに踏み入る場合だけなのだろう。

 小屋はたいていが土壁の上に竹を乗せて草木を寄せ集めて簡易的な屋根を作ったものばかり。雨風をしのげるかどうかも怪しい。村人は女子供老人ばかりで男はほとんどいなかった。村の外れにはジャングルを切り開いて作られた粗末な道路がある。もちろん舗装などされていない。

 小屋の数は十数件、住民はおよそ五十人ほど。村の中心には共同の作業場のようなものがあり、料理などはそこでまとめて行われるようだ。水瓶もそこにいくつか置いてあって、今朝見た小川から水を汲んでくるらしい。小屋はただ寝起きするだけの場所ということだ。

 シーラはただ静かにマオルに付いて回るだけで言葉を発しない。マオルを怒らせるのを恐れているのかも知れない。人を殺す場面を目撃されているのだから当然といえば当然なのだが、それがマオルには居心地が悪く感じられた。

 それはシーラも同じようで、何も言いつけられないのを不思議に思っているようだ。言いつけたくてもマオルは喋れないのが真相なのだが。喋れるならなぜ男がいないのかとか聞きたいことはいっぱいある。そもそもマオル・クォが何者なのかとかも。

 小川の下流へと来ると、眼の前が開けた。どうやら畑になっているらしい。植えられているのは芋、とうもろこしなど栽培が簡単なものばかり。畑はそれほど広くはなく、村人全員の食を賄えるだけはなさそうだ。あくまで足りない分を補っているように思える。

 これで一通り村は見て回れたようだ。狭くて清潔感も薄く貧困極まる村という印象である。

「あの、マオル・クォ様、そろそろお昼です……」

 シーラが控えめに声を掛ける。言われてみれば腹が減ってきた。マオルは素直に頷くとシーラの先導に従って歩いていく。着いたのはひときわ大きな小屋だった。大きいだけで作りは他の小屋と変わらない。背の高いマオルは少しかがまないと入口を通り抜けられなかった。

 そこには粗末ながらも食事が用意されていた。ただし、量は1人分だけ。小屋の中には何人か子どもたちもいる。マオルを一目見ようと集まってきたらしい。

 木の板に載せられた食事。芋を蒸したものと乾燥したとうもろこしを挽いてパン状に焼いたもの、内容はそれだけだが量はそこそこある。シーラに導かれてマオルはその食事の前に座った。さっそくパンをちぎって食べてみる。肉食獣の頭では食べにくいことこの上ないが、ともかく腹は膨れそうだ。

 しかし、シーラも周りを取り囲む子どもたちも見ているだけで食事に手を出そうとはしない。マオルを前に緊張しているのかと思い、ちぎったパンをシーラに差し出してみる。

「いえ、私はお腹空いてませんから……この食事はマオル・クォ様のためだけに用意されたものです」

 その一言で察してしまった。普段、村人は昼食など取らないのだと。用意されたものはマオルのために少ない備蓄から出しているだけなのだ。

(うわ、すげえ食べにくくなってしまった)

 マオルは急速に居心地が悪くなるのを感じてしまった。『マオル・クォ』が何者かは知らないがこんなに大事な客人扱いされるような人物なのだろうか。

 致し方なく、マオルは申し訳程度に手を付けるとあとは食べずに残した。すぐ腐るものでもないだろうし、残りは村人が食べるだろう。それにやはり獣の口で芋やパンは食べづらい。さすがにこの状況で完食するのは気が引けた。シーラが少し悲しそうに顔を伏せたが気にしないことにする。

 半日見て回っただけで、身を以て村の貧困を感じてしまったマオルであった。

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