第23話

 彼らはコンクリートが好きなのだろうか。

 僕は都会と田舎の中間の町で育った。

 海と山が見える場所で、空気は美味しかった。よく、療養のために山奥に行く、みたいな話があるが、あれは本当で、空気そのものに栄養があるのだ。

 少なくとも僕は、そう感じている。

 だから、わざわざ都会の汚れた空気を吸いたがる人間の気が知れない。

 幽王組の連中は、先日のバブルとは異なる、しかし相変わらずビル群が建ち並ぶバブルに移り住んでいた。

 エラーガールは、一緒に暮らしているとは思えない。

 またマンホールの下、下水の中にでもいるんじゃないだろうか。


「覚悟はできているな、お前ら」


 ヴィルヘルムが、背後の残った闘技者たちにそう声をかける。

 前回見なかったやつもチラホラいる。

 戦力を増やしてくれたらしい。


「俺たちは闘技者だ。殺人鬼ではない。しかし、マギ戦においては誇りをもって挑んできた。前回は醜態をさらし、敗退したが、今回は違う。黙っていれば生き残れる場で、俺たちは立ち上がって死ぬ道を選んだんだ。死力を尽くせ」


 安っぽい言葉、という僕の嘆息は、闘技者たちの「応!」という相槌にかき消された。

 死ぬ以上の絶望はない。絶望さえも死んだらできないのだ。死は虚無だ。

 僕は死んでも死ぬのは御免だね。


「クロックさん」

「さんなんていらないけど、何?」

「こちらにも、何か檄的なものを」

「えー」


 うーん、と僕は悩む。

 正義って、なに。ヒーローって、誰のための?

 僕はクシナサラに、何をしてやれるのだろうかって。

 心では迷いまくっていたのに、なぜか、言葉だけは、するりと出てきた。


「……迷うくらいなら、殺せ。僕たちが今から殺すのは、未来に僕らの仲間を殺す人たちだ。三番街フォーク村は、強い村じゃない。いつだってヴィランの襲撃を受けてきた。でも、その度に強く払い除けて今日まで生きてこれた。彼らが笑顔でいられるのは、僕らが前に進んだからだ。悪を殺せ。平和は、それでしか紡げない」


 はいっ、という威勢のいい返事が来てしまった。

 心ではこんなに迷っているのに、体は、答えが決まっていた。

 そりゃ、100年生きてきたんだ。自分の理念くらい、凝り固まってる。

 それを疑ったことなんて、いや、疑う時間なんてなかった。

 悪は殺してもよくて。

 正義は笑っていいんだって。

 ずっとそうやって、生きてきたから。


 相手がたとえ、クシナサラでも。


「行くぞ」


 殺せば。

 一連のやり取りも、現実でのやり取りも。

 クシナサラは、忘れる。

 忘れてくれる。

 嫌な思い出ひとつないまま、終わる。

 「私たち、何を話してたんだろうね」なんて苦笑しながら。

 何気ない昼休みが、待っている。

 殺したくない。

 でも。

 僕はきっと、君を殺せる。


 僕たちは行進を始めた。

 幽王組との、ここが最終決戦だ。


 今度の幽王組の事務所は、相も変わらず障子に襖。和風な建物だった。

 恐らくそういうタイプのナイトキーパーがいるのだろう。

 庭も前回のように、日本庭園のように砂利が敷き詰められ、松の木が揺れ、白い壁に瓦屋根の外壁で囲まれている。

 砂利の音をけたたましく鳴り響かせて、僕らは駆けた。


 夢世界では、食事や睡眠の必要がない。

 見張りの交代はなく、戦力が入れ替わる時はない。

 だから敵情視察の必要もない。挨拶もいらない。ただ殴り込むだけ。

 あわよくば相手に何もさせずに、電光石火のごとく勝負を決める。


 ……というのは予定の話で、これからは現実の話。

 見張りに駆り出されていたのは、狐面の女、クシナサラだった。

 

『……』

射頭奈イズナ】。


 彼女が魔法を詠唱し、巨大な雷を生成する。

 目を瞑っても、なおも白い光が瞳孔を焼いてくる。

 それを、ヴィルヘルムの作り出した巨木と、今度は集団で放った鉄柱で受ける。

 寝てても気づくデカい音に、光。

 そうか、クシナサラが攻撃するのが、同時に敵襲の合図になるのか。

 なんて便利な監視者。


「なんて、魔力……!」

「人間じゃねぇ……魔王だ、あいつは」

「怯むな、たたみかけろぉ!」


 うぉお、と戦士たちが幽王組の事務所に突撃する。

 次々に建物に入っていく中で、ヴィルヘルムだけが僕を振り返る。

 それがどんな表情をしているのか、僕には見えない。ペルソナがあるからな。

 でも、何を言いたいのかはわかる。

 今回、僕が提案した作戦は、バカげていると。


「本当に、平気なのか」

「まっかしとけーい」

「狐面の女は魔力Lv.1872、君は魔力Lv.148しかないんだぞ」

「ヤマトは僕に任せたんだ。僕がやる」

「だが、一騎打ちなど……!」


 そうこうしている内に、部屋の中から悲鳴が起こる。


「ヴィルヘルムさん! 敵陣地内に、大量の人形が!」


 やはり、エラーガールは昨夜の襲撃の後も人形を作り続け、戦力を増強させていたらしい。

 幽王組の戦力は削れたとはいえ、突破は容易ではあるまい。


「行けよ、ヴィルヘルム。人形兵団と幽王組の残党は任せた」

「……わかった。武運を」

「ケリつけてくる」

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