第22話

 どれだけ僕が思いを詰めても、思いが積もるだけなので。

 生活に何か変化があるわけでもない。

腹は減るし、出るものは出るし、風呂にも入るし、スミレは甘えたり引っかいたりしてくるし、布団は暖かい。

 現と夢の境目を越え、僕はまた、夢の世界で目を覚ます。

 夢の世界はランダムスポーンだ。

眠ると、傍から見るとしゅっと消えたように見えて、また眠ると別の場所で現れる。

 とはいえ、主に自分が過ごすバブルは、夢を見る場所にも関わっているらしくて、例えば日本人は日本人のバブルで固まっていることが多いらしい。

 なんだか、ゲームのサーバーみたいだな。どういう原理は分からんが。


 テレポで、三番街フォーク村へ向かう。

 先の襲撃の影響の影響はまだ残り、民家の一部は破損し、店は荒らされた跡がある。

 建物を復興する公共機関など存在しないので、これらは自分たちがクリエイターに頼んで物資を提供してもらい、少しずつ直していくしかない。

 僕は町ゆく人に適当に挨拶を交わしながら、町はずれの寂れた教会へ向かう。

 僕は神なんて信じていない。教会をまっすぐ通り抜け、裏手に向かう。

 教会の裏には、松の木と芝生が広がる、海の見える景色が待っていた。

 そして芝生の上に、黒い水晶のような、四角い石が等間隔で並べられる。

 そこには、今までこの村で戦ってくれた人々の名前が、ひとり残らず書き連ねられていた。

 墓場の前には、すでに何人も、私服姿ではあったが集まっていた。

 石碑にひとりひとり名を刻み、せめて彼らがいた思い出を残していく。

 あらゆるものがシリムで出来たこの世界では、死体も残らない。

 そして死ねば、二度とこの世界にはやってこられなくなるし、ここで過ごした日々の残滓を、夢の破片のようにしか思い出せなくなる。

 だからせめて、僕らは生きていた人の名をここに残すことにしていた。

 石碑に書かれた名の数は、もう数えていられない。何万人、何十万人といるだろう。

 石碑に泣きつく人もいた。

 死んだ人は、二度と戻らない。

 だから殺しは、心地の良いものじゃない。


 弔いを終えて、僕らはいつもの場所に向かう。


 バー・ミツバチで、作戦会議は行われた。

 いつにも増して大所帯で、それぞれカクテルを呑み、全員が揃うのを待っていた。

 三番街フォーク村の衛兵をまとめている衛兵長に、見たこともないモノクロのペルソナをつけてる紳士服の男、流れ星みたいなイヤリングのペルソナをつけた少女。などなど。

 それに、闘技者のボス、ヴィルヘルム。

 その中心にいるのが、ヤマトだった。


「みんな、よく集まってくれた」


 村長はまず、みんなが逃げずにここに来てくれたことに、謝礼を述べた。


「先の幽王組との戦いで、僕ら三番街フォーク村と、コロシアムは壊滅的な被害を受けた。半数近くが死亡する、前代未聞の事件となった。見通しが甘かったわけじゃない。原因は、魔力Lv.1872という前代未聞の力を持った狐面の存在と、無限の人形兵団を作り出せるエラーガールの逆心だ」


 それぞれからかけられる言葉に、ヤマトが順々に答えていく。


「人形のレベルと規模は」

「40に上がっている。知性はけして高くないし、動きもトロいが数が多い。まともに相手取るのは困難だ」

「狐面の女はなぜ、どうやって生まれた」

「突然変異だ。それ以上でも以下でもない」

「こっちの勝利条件は」

「幽王組の壊滅だ」


 わかっていはいるが、できたら苦労はしないことを、ヤマトは口にする。


「エラーガールは野放しでいいのか?」

「彼女は大きな野望を持って行動しているわけではないから、今回は野放しでも構わない。それに、こんなメモまで渡された」

「それは?」

「敵のバブルの場所だ。すでに尖兵を送らせたが、どうやら本物らしい」


 気狂い少女のことだ。

 今度は敵の敵の敵にもなりたいの、とか言ってるんだろうな。

 やがて、バーの中からこんな質問が上がった。


「先の戦いでの敗退に、責任はないのか」


 僕に向けられた言葉だ。

 指揮を執っていたのは僕だから。

 全責任は僕にある。


「いや、クロックはよくやってくれた。四方を人形兵団と幽王組に囲まれるという想定外の事態を迎えながらも、逃げる際に幽王組を攻撃し攻略の糸口を紡いでくれた。そのおかげで、敵の戦力もかなり削がれている」


 ヤマトは淡々としながらも、全力で僕のフォローをしてくれていた。

 本当に、頼れる村長だよ。


「コロシアムのヴィルヘルムだ。現場にいた俺も、あの最適解を英断できる者はそういないと考えている。無限の兵力を相手にすることほど愚策はない。クロックは今この状況を見据え、確実に幽王組を穿つために手を打ってくれた。あの指示がなければ、幽王組の損害は軽微なもので、今回の作戦も機能しなかっただろう。感謝こそすれ、責めるべきではない」


 そして、まさかのヴィルヘルムまでもが僕の味方をしてくれた。

 なんて頼れる味方だよ。

 いや、僕が正しかったんだ。きっと。

 なのに、なんで……クシナサラは。


「敗退したやつに、また指揮を任すのか?」

「他に適任者はいないと考えている」

「本当か?」

「ああ」


 ヤマトはナイトキーパーだ。

 村の存続のため、絶対にここを離れられない。

 戦いは、僕らジュエリーの役目になる。

 にしても、やたらと食いかかってくるやつがいるな。

 そいつ指揮官でもいいぞ、別に。誰がやっても変わらん。


「それで、次の作戦は」

「正面突破だ」

「マジで言ってんのか」


 愚策とも思える策に、しかしヤマトは堂々と胸を張ってこう宣言する。


「逆に言おう。今突破できなければ、今後永久に活路はない。狐面は最近でてきたばかりのルーキーだ。今でこそとんでもない魔力を持っているが、今後さらに成長する可能性は十二分にある。そしてエラーガールの作る人形兵団は夜毎に増えていく。手をこまねいている間に、敵の戦力は増大し続ける。討つなら今しかない」


 そう、最悪なことに、敵の戦力は甚大だ。

 伸び代のある最強の魔法使いに、増殖し続けるワンマンアーミー。

 今、敵わなければ未来永劫敵わない。

 犯罪を助長する幽王組が正義を掲げる三番街フォーク村に勝ったとなれば、”正義って大したことないな”と思われたら、夢世界は、一瞬で混沌と化す。

 そうなれば、今はまだ活動していない犯罪者予備軍も、一斉に活性化しだす可能性がある。

 だから、ロジックだ。

 今勝てる保証はないけど、今勝てなければ後に延ばしても勝てないぞ、という。


「クロック」


 不意に、ヤマトが星形のペルソナを僕に向ける。


「何?」

「狐面はお前が倒せ」

「はっ。無茶言ってくれるわ」

「無茶じゃないさ。お前ならできる」


 ぐ、とヤマトは力強いガッツポーズを作った。


「お前は、三番街フォーク村の、ヒーローだからな」


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