第19話
この、気狂い女が……!
正面は幽王組、三方向を人形たちで埋め尽くされている。
これほどの人形兵団。一体、製造に何年かけた。
昨晩の夢の世界で、起きることなく、ずっと、ずっと夢を見続けて作り続けていたんだ。
「撤退……」
言いかけて、言葉を変える。
頭を切り替えろ。狐面の女の予想以上の強さ。エラーガールの裏切り。
撤退戦だ。僕らはここから、できる限りの被害を抑えて三番街フォーク村に帰らなければいけない。
でも、それだけじゃ、ダメだ。
「幽王組を攻撃しろ! 人形は無視だ。引き続き幽王組を攻撃し突破して活路を開け!」
「で、でも狐面の女が……!」
「なんとかする!」
「人形兵団を相手にしたほうが、まだマシです!」
「いいから指示に従え!」
僕らは人形兵団を背に、周り右して再び幽王組と向かい合う。
僕は狐面の女へ駆け出す。
くそー、ちくしょー。やりたくねー。でも、やるしかねー。
ぞわ、ぞわと身の毛がよだつ。死にたくないよと体が叫ぶが、立ち向かえと魂に鼓舞を送る。
狐面の女は相変わらず電柱の上に立っていて、感情が読めない。
向かう僕の隣に、特徴的な片ヒゲが見えた。
「加勢する」
「マジ助かる」
左頬にだけヒゲを生やした闘技場のエース、ヴィルヘルムが並ぶ。
あわせて魔力Lv.300くらいか。
ふはは。おそらくこの世界で最強レベルのタッグだってのに、勝てる気がしねー。
『漆喰の空におられるは
我らが祖たる者たちよ
彼らを崇め奉れば
その力をも貸し与えられん』
【
僕の詠唱がいち早く終わる。
バリバリと空間を裂くような異音とともに、直進しステップを踏む角ばった蛇みたいな細い雷光が狐面めがけて駆け抜ける。
イズナの出力を弱め、代わりに雷撃の本数を増やした電撃魔法。
『亀のように殻に閉じこもって
一生を終えることはできないが
今だけは自身の殻に甘えよう』
【アクアコウラ】。
雷には、当然、水。
狐面の前に回転する水の壁が生じ、雷をかき消された。
『心の底から後悔させてやるんだ
自分らが煤まみれの世に生まれたことを
尻を叩いて弾き出せ
お前の魂から放たれた塊は
万物を穿つ一筋の軌跡』
ヴィルヘルムの詠唱が終わる。
あまり聞いたことのない詠唱だが、これは、銃弾を作る魔法か。
ヴィルヘルムは自分の右手を拳銃の形に作り替え、そこに生成した弾丸を装填する。
引き金が絞られ、撃鉄が外れる。ハンマーが弾丸を叩き、火薬に着火し爆ぜる。空気を唸らす音を立てながら、高速回転する鉛玉が狐面に疾駆する。
その音に、狐面は少し驚いたようだったが、銃弾は水壁の中で止まる。
アクアコウラ、マジつえー。
その隙に、狐面の女が次の魔法を詠唱する。
『空をも引き裂く稲光
億の紙をまとめて破く
大地を揺らす大轟音
それは森を焼き尽くす災害だ……』。
「あー、こりゃまずいな、ヴィルヘルム」
「木で受ける!」
「オーライ」
『分厚くそびえる鋼鉄よ
守り給えよ礎よ
なにゆえに礎を守るのだ
守るためにあったはずなのに
いつか守るものになってしまった
触れるなよ
守るために重ねよう
何層にも、何層にも、何層にも、何層にも、何層にも!
それは大事なものだから』
【アイアンウォール】!
とはいえ僕の詠唱がいち早く終わり、目の前に5層に重ねられた鉄の防壁が生成される。
『殻が弾ける音がする
腰を曲げた緑の命が
音を立てて伸び上がる
頭がふたつに割れてしまえば
恵みを受け取る傘となろう
空に広がるこの体
この地に留まり栄えとなろう』
【
続いてヴィルヘルムの詠唱が完了し、前方に巨木が根を張り生える。
巨木は鉄の防壁を地面の下に押し込みながら、めきめきと天に頭を伸ばす。
『……人家を消し去る悪戯だ
それを誰の仕業とす
それを誰の所為とする
雲の上に隠ぬものよ
お前は何に憤る』
【
そして、撃ち放たれる、魔力Lv. 1872の雷が。
まるで、ゼウスが握りしめた雷を、ゲンコツとともに振り下ろしたかのような爆発音が鳴り響く。
小さな村ひとつ滅ぼしかねないほどの広範囲かつ高威力の一撃。仮にアクアコウラで防げたとしても、飛散した雷が地面に当たり、感電死する。
だから、ヴィルヘルムの作り出した巨木で受け止め、僕は無数の鉄柱を地面に突き刺しアースを形成する。
とはいえ、すべて受け流すことはできない。
稲妻が、体内を駆け抜けていく衝撃。
心臓にスタンガンを直接ブチ込まれたかのような、痛烈な衝撃が貫く。
「がふっ……」
「う、ぐぅ……」
僕らは互いになんとか膝をつけまいと踏みとどまる。
周囲一帯の空気が焦げる。数人、味方が倒れた。
鼻孔の奥から、アドレナリンのにおいがする。
いやしかし、内臓が焼けても。
意識を失わず、シリムが尽きない限り、僕たちは再生できる。
『廃れ果てても彼を待つ
垂氷が解けるように
風が吹く
葉をそんなに尖らせて
凍て付くのは心か君か』
【
しかし、今の雷撃を凌いだ、僕らの勝ちだ!
僕の頭上に、子供の腕ほどの大きさの氷柱が六つ生成され、それが一斉に狐面の女へ向かい、疾駆する。
バラバラの弾速で疾駆するその弾丸を受け、狙ったわけではなかったが、狐面の一部に命中し、そのペルソナをかすかに削った。
藍色の空に、狐面の白い破片が、雪みたいに散った。
「……」
狐面の下の、彼女の目と、目が合った。
ペルソナを全て剝がしたわけじゃない。彼女が何者なのか、分からない。
分かるはずがないのに。
僕には、見えてしまった。
凛とした瞳に、長い睫毛。大人びているようで、しかしまだ子供の目で。
天然のアクセサリーの、ほくろで飾られた少女の瞳。
「……っ!?」
ペルソナを抑えた彼女は下がった。
その隙に、僕らは幽王組の根城をブチ抜くように直進し、テレポ可能な場所まで脱出した。
あの可憐な目、見間違えるわけがない。
どうして―――。
どうして、クシナサラが、狐面の女なんだ。
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