第18話
月がみっつ輝き、あまねく星を抱える銀河団が照らす藍色の夜空の中に、彼女は現れた。
闇色のマフラーに、女子高生のような紺色のスカートに黒いタイツ、白いワイシャツを着て、そして、顔の上半分を覆い隠す狐面のペルソナをつけている。
細くしなやかで、引き締まった足が、ぴたりと揃えられ、電柱の上に乗っている。
細く、綺麗な体のラインを描いていた。女性らしいくびれもありながら、出すぎず、細すぎない絶妙な体型。
作られたものだとしても、よほど精巧なつくりをしていて、天然のものだとしたら、よほど鍛え抜かれた肉体。
「出たか」
それが幽王組の、おそらく最高戦力の狐面の女。
思ったよりも若いが。
先手必勝だ。あれを倒せば終わる。
『朝方の からりと晴れた そんな日に 乾つく葉を切る かまいたち』
【
最速の魔法。
空気を裂く真空の刃が星空へ疾走し、彼女へ向かう。
しかし、彼女はすでに、僕が詠唱するよりも先に、詠唱を開始していた。
『かちん、かちんと音が鳴る
二つの意思が触れ合う音だ
その衝突は蛍火の針を生み
針に刺されれば ちくりと痛む
痛みは見る見るうちに燃え上がるぞ
これは草薙の焔の火だ』
【
風を殺す火の魔法を。
淡々と、淡々と。
言葉を連ねて魔の法を象る。
それは巨大な獄炎だった。
世界そのものを焼き尽くさんばかりの業火に、敵味方問わず散り散りになって蜘蛛の子を散らしたように逃げ出す。
ぞわ、と全身の産毛が逆立った。
僕の放った風の刃は、大波にさらわれる落ち葉にも等しくかき消される。
火が波打ち、マグマのようにジャブジャブと、ちっぽけな地上の生き物を嘲笑うかのように大地を焼いて撫でる。
“魔法の天才だよ”。
あり得ない。
あり得ないあり得ないあり得ない!?
たった一発の魔法で、戦場の半分が焼き尽くされ焦土と化す。
僕の魔法じゃ、こんな規模にはならない。
腕利きのジュエリーが一個師団集まってようやく成せるレベルのシリム量。
やつの。
やつの、魔力は……。
魔力Lv.1872。
眼前の光景をことごとく焼き尽くす炎を見て、全体の戦力を再計算する。
装置のバグ? いやしかし、目の前の魔法は本物。
……だとしたら、どう計算しても、敵わない。敵うわけねーだろ。
「撤退!」
僕はそう素早く指示を出す。
言葉通りの、一騎当千の化け物がそこにいる。
ただでさえ幽王組も戦う準備が整っていたのだ。
それに加えて、このイレギュラーは対処できない。
「撤退しろって! 退け!」
「で、でも。退路からも敵が……!」
「何?」
足元のマンホールからぞろぞろと、ガラス玉を押し込んだような目に、カタカタとくるみ割りをするかのように空いたり閉じたりする口に、うろんな手つきの人形たちが、ぞろぞろと歩いてくる。
まるでゾンビ映画の最終決戦のように、ぞろぞろと、数百体を超える人形の群れが雪崩のように襲い来る。何列にも、何列にも。砂糖水に群がる蟻んこのように、ぞろぞろぞろぞろと溢れ出す。
ただの人形。されどヒトガタ。
僕はがむしゃらになって、詠唱していた。
『仰げよ仰げ、天を仰げ
喚けよ喚け、魂よ喚け
悪鬼よ悪鬼、なぜ嗤う
お天道さんよ、なぜ助けぬ
天より力を貸し与えられねば
我が天を作って見せようぞ
ゆらゆらと燃ゆる陽炎を纏い
赤光を放つ魂の揺らぎよ
その眼にしかと焼き付けよ
その身にしかと受けてみよ
我の朱はあらゆるお前を焼き尽くす』
【
火の魔法を唱え、放つ。
炎はやつらの表層を焼き、内部の疑似核を潰すが、一掃、とまではいかない。
中途半端なダメージを受けた人形は、ゾンビみたいな風貌になってなおも動く。
一体一体のレベルがそこそこ高い。まとめて薙ぐのは困難だ。
分相応な質量と硬度を持ち、動き続けるこの人形は……。
ああ、いや。
”こちらの情報を持っていて、人形を作り出せるやつ”。
そうか、先の強盗被害も。この状況も、全部、全部こいつが―――。
星降る夜を背景に、空の中で狂ったように身をよじり、手を口の前に添えてケタケタと口が裂ける勢いで笑い転げている、悪魔みたいな、青みがかった銀色の尻尾を生やした少女。
「.。.:☆・。・★:.。.ω.。.:✡・。・☆:.。. .。.:*・。
にゃっ、はっ! はっ! はっ! はっ!
.。.:☆・。・★:.。.ω.。.:✡・。・☆:.。. .。.:*・。」
そいつは、清々しいほど大きな声で、無邪気な笑い声をあげた。
「エラーガール……! こいつ、助けてやった恩を忘れやがったか!」
「あはあはだってだってしょうがないじゃないしょうがないのよだってこれがあたしだからあたしはいつでも誰かのヴィランあたしは”敵の敵にも味方の敵にもなりたい”の!!」
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