第20話
学校の放課後は、至るところに生徒が顔を出す。
教室はもちろん、特別教室へも文化部が頻繁に出入りするし、運動部はマップの空白埋めにいそしむゲーマーみたいに校舎を隙間なく駆け回っている。
特別教室の渡り廊下は、放課後は使えない。
でも、放課後まで言葉が見つからなかったから、仕方がなかった。
だから、立ち入り禁止の屋上に呼び出すしかなかった。
「2回もチクタクのほうから私を呼び出すなんて、明日は槍でも降るのかな」
「……」
相変わらずの軽口に、僕はかすかに眉をひそめる。
僕は彼女の顔を、改めてよく見る。
さっぱりとした目に、凛とした細い眉。小ぶりな鼻。薄い桃色の唇。白い肌に、ぽつりと浮かんだ、ほくろ。
僕が、見間違えるわけがないんだ。
他の人には、ペルソナが認識を阻害する効果を持っているため、少し欠けただけでは気づけない。ヴィルヘルムたちは当然、気づいていなかった。現に彼女自身も、自分の正体があの程度でバレたとは気づけていない。
僕が、クシナサラが狐面の女だと気付いていることに、彼女は気づいていない。
「なあに? 人の顔をじっと見つめて」
「……いや、その」
こんな、こんな平然とした態度なのに。
裏ではヤクザと繋がって犯罪を促している……?
本当に? 彼女が、なぜ、どうして。
悪人を作ることが、許せないとあんなに語っていた彼女が、なんで?
「あー、分かった。私の魅力についに気づいちゃって、告白しようって言うんでしょ」
「……そういうんじゃ、ない」
「……わかってるよ。実はね、そういうお誘い、けっこう受けるんだ。でも君からは、そういう怖い空気を感じないから」
「……そう、か」
「あっちの世界での話でしょ。何? 相談事なら、乗るよ。いつも助けてもらって、ばっかだし」
「ああ、うん」
僕は曖昧に相槌を打って、言葉を探す。
遠回しに、遠回しに。
気づかれていることを、気取られないように。
「せ、正義の話。正義って、なんだろうって」
「ヒーローじゃなかった?」
「あ、そ、そうかも。その……こっちの世界じゃさ、法律があって、これが悪くて、これはそうでもない、みたいな判別がされてるけど、夢の世界は、無法じゃん。そんな中で、正義とか悪とか、なんなんだろうって……僕は、よく、わからなくなってきて」
「……うん、うん」
必死に言葉を紡ぐ僕に、クシナサラは、いつになく優しく頷いてくれた。
僕が困っていることなんて、今までになかったから、頼られて、嬉しいんだ。
畜生。
なんでそんな、普通に可愛い女子高生でいるんだよ、君は。
「私は、悪者を悪いって決めつけることこそが、悪だと思う」
「……悪事をするやつが、悪いんじゃないの?」
「罪を憎んで人を憎まず、だよ。悪いことをするのは、もちろんよくない。だけど、”悪いことをした人間は殺してもいい”とは思わない。あっちの世界じゃ、割と極端じゃん? そっちが悪いから、悪いのはそっちだからって言って、一方的に排除しちゃうのはさ、よくないと思うんだ」
「だから、ヒーローはヴィランを作るから、良くないと?」
「うん。必要なのは、仲裁者だよ。悪いことしたら、いけませんって、言える人が必要だと思ったんだ。どんな悪人にも、情状酌量の余地は、きっとあるよ」
「……そ、そうか」
「だから私、強くなりたかったの!」
にしし、と歯を見せて彼女が笑う。
さらりと流れた風が、彼女のショートカットを優しく撫でた。
「……そう、だったんだ」
「だから君には感謝してる。あの世界での戦い方を教えてくれて」
笑えない。僕は笑えないよ、クシナサラ。
”先輩風吹かしてあれこれ教えてあげていたやつがラスボスだった”なんて。
笑えるわけ、ないだろ。
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