第12話
「世界はまだまだ私たちの知らないことで溢れているね、チクタク」
「朝からテンションが高いな、クシナサラ」
普段はあまり噛み合わない、僕とクシナサラの登校時間がかぶった。珍しい。
高校は、地元の運動公園と隣接して作られているため、僕らはスーパースポーティなブラックパンツを履いてランニングしている老人とすれ違いながら、公園の中を歩いて登校する。
「スペルカード戦の話、参考になったよ」
「そりゃよかった」
「ねぇねぇ、単純な疑問なんだけどさ」
「何?」
「どうして、詠唱文を暗記したら、スペルカードがいらなくなるの?」
「そりゃ、そらんじて詠唱できるなら、カンペはいらないでしょ」
「そうじゃなくって。スペルカードのほうが、魔法のキーなんじゃないの?」
「違うよ。魔法のキーは”世界のほう”にある。世界の情報を書き換えてるんだ」
「……それが、あの長ったらしい意味わからないポエムみたいな詠唱文になる理由?」
「多分ね。日常生活で、例えば軽く俳句を嗜んでいたら魔法が発動して妻を殺しちゃった、とかがないようにするために、めっちゃ煩雑になってるんだと思う」
「確かに。日常で発動することはまずないでしょうね」
クシナサラが、道の小石を蹴る。
スペルカードを作れるような天才が、どうやって世界のルールを書き換えているのかは、マジでわからない。ほんと、天才とは脳みその出来が違うわ。
「脳みそを天才の形にカスタムできればなぁ」
「その手があったか」
「いや、ダメだよ。頭部を異形にすると、マジで何も考えられなくなって詰むよ」
「そうなんだ」
「顔はペルソナで隠すに限るね」
「でも、腕を霧状に延ばすやつは便利だった。あの戦法をミストと名づけよう」
「元の形は忘れないようにね」
「肝に命じとくよ」
クシナサラはかかとを軸に、くるんくるんと木の葉と戯れ踊るように僕の前を歩き、気まぐれな妖精みたいに話しかける。
「チクタクは、夢の世界で何してるの」
「んー、まぁ、ヒーローかなぁ」
「何それ。ヴィランを作ってるってこと?」
「僕が好き好んで悪者を作ってるわけじゃない」
「でも、悪者がいなきゃ、ヒーローは成り立たない、でしょ?」
「ん?」
「ヒーローを名乗るってことは、同時に悪者を悪者だって決めつけてるってことじゃない。法律も何もない、夢の世界で」
「他人に迷惑かけてるやついたら、それはヴィランでしょ」
「法も秩序もない世界での悪は、自分の思想以外の人間ってことになっちゃわない?」
「極端だなぁ」
「他を排斥する行為は、私は嫌いだ」
気まぐれな妖精が、ぷいと前を向いて歩き出す。
「でも……」
言いかけた僕の言葉は、クシナサラのクラスメイトの朝の挨拶にかき消された。
僕とクシナサラはそれから言葉を交わさず、互いのクラスに入った。
……。
…………。
…………………。
女子たちが「クシナさんからおはようって言ってもらえたの」「キャーいいなぁー」とか意味のわからない会話をしているのを聞く。マジで意味が分からない。話しかけたらトロフィーでも貰えるのか。
クシナサラは、共通の話題一個で、昼休みに弁当つつくぐらい普通にする女子なのに。
中身は普通の、女子高生だ。多感で活発な、ごく有り触れた。君たちと同じ。
のに、人は人によって態度を変える。
分かるよ、美少女や美男子というのは、そこにいるだけでただならぬオーラを発していて、その空気を吸い込んだだけで何か場に呑まれたような気持ちになるものだ。
美しいヒトガタは、そこにいるだけで周囲の空間をも支配する。
そういう人を相手にすると、縮みあがるか、逆に自分を大きく見せようと誇示するか。いずれにせよ、平静ではいられなくなる。
僕も昔はそうだった。わかる。
でも、夢世界で長く生き過ぎたせいもあって、それくらいのことでは動揺しなくなっていた。
美少女に詰め寄られても動揺しないマインドを保つ秘訣は、改めて美少女をよーく見てみること。
目がふたつに鼻と口がひとつ。なんだ、構成している要素は僕と同じじゃん。と気づけば、なんか萎える。その気持ちで接すれば、結局は心と心の問題よ。
それに下世話な話だけど、多分、僕はもっとこう、胸とかお尻とかがボインボインしてるほうが好みなんだと思う。なんてクシナサラに言ったらバレーのスパイクよろしくはったたかれそうだけど。
いや、そもそもなんで男はダメで女は良いんだろう。女子の言う「ムキムキな男が好き」と男子の言う「ムチムチな女が好き」にはどんな違いがあるんだろう。うーん、直接言われると「うわキモッ」ってなるけど、いざ言語化するとそんな違いがなさそうなんだよなぁ。
なぜ女子は男子の「上腕二頭筋が~」とか「くるぶしの筋が~」みたいな話をしても退かれないのに、男子がおっぱいの話をすると退かれちゃうんだろう。まぁ、生理的にキモいなという気持ちは分からんでもないのだけど。
鎖骨とかならセーフなのかな? あー、そうやって主題を変えていくことによって人の性癖は歪んでいくのかもしれない。
心が弱く未成熟な人間ほどロリコンになるっていうしな。
うーん、哲学的。
あれ、僕は何の妄想をしていたんだっけ。
ああ、そうだ。クシナサラの話。
こんな意味のない妄想をしても、逃れられない、あの言葉。
“他を排斥する行為は、私は嫌いだ”。
それが呪いのように、僕の頭から離れてくれないから。
昼休み。彼女を呼び出した。
もやもやするだろ、あんな終わり。
「珍しいね。君から呼び出すなんて」
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