第11話

「クロックか」

「ヤマトだな」


 互いにアイデンティティカードを出し、確認し合う。


「じゃあ、こっちの尻尾の生えた子が?」

「天才少女」


 エラーガールはミルクを飲み干し、氷をバリボリ噛みながらヤマトを見た。


「あらよあらやだこんにちはあるいはこんばんはあなたは誰ここはどこ?」

「俺の名前はヤマト。村長をやっている。君のことは友人の―――」

「待って言わなくていいのいいわいらないのだってそれ以上は聞いていないからのに聞いてないことを答えようだなんてあなたとんだお喋りさんねそうでしょうガリボリバリボリ言われるでしょうお喋りって」

「……えーと」

「ヤマト、この子はずっとこんな感じだ」


 ヤマトは苦笑する。

 数多もの癖のある人間を見てきた村長からしても、これは取り扱えないレベルの爆弾だと気づいただろう。

 しかし、エラーガールがどんな人間だとしても、村で保護しなくてはいけない理由がある。

 魔力Lv.39。

 それが彼女のステータスだ。けして高くはない。だが、彼女は動く人形を生成できるクリエイターだ。例えば全シリムを注ぎ込んだとすれば、Lv.39の人形ができる。

 その後、シリムは自動回復するので、また同レベルの人形を作れる。

 一体、二体、三体と軍勢が増えていけば、たった数刻の間に魔力Lv.148の僕でも手がつけられなくなる大軍勢になる可能性を秘めている。

 無限の軍勢を有しているに等しい彼女が悪の手に渡ったら? 最悪の事態が起こることは想像するに難くない。だから捨ておくことはできない。


「君の宿のキーだ。好きに使ってくれて構わない。ここは食事も服も、あらゆるものが揃ってる三番街フォーク村だ。自由に住んでくれ」

「もらえるものはもらうわ?」


 キーは大きな赤色の結晶みたいなものがついていた。僕はこの手の旅館で配られるような、巨大なキーホルダーがついた鍵は、クリスタルのほうが本体だと思っていたのだが、それはこの夢の世界の中だけらしい。

 エラーガールはキーを何のためらいもなく大きな胸の谷間にしまった。なんだこいつ。


「じゃ、僕とはここまでだ。気が向いたらまた会おう」

「ええええそうねそうよねそうするわだってそれをそうするときだから!」


 どたた、とエラーガールはカウンター席を立ちあがると、けたたましい音を立てながら扉を蹴り飛ばし、いずこかへ去っていった。

 現実世界だったら無銭飲食だぞ。どうやって生きてるんだ。


「村長、何か飲む?」

「ああ。じゃ、ネグローニのマスカル割りを」

「分かったわ」


 マスターはいくつかの酒を組み合わせ、フルーツを添えてヤマトに出す。

 ヤマトは僕の隣にしれっと座った。


「どうだった」

「はぁ、なんか、どっと疲れた」

「お疲れ、クロック。相変わらず、大手柄だ」

「そーかい」

「やっぱり、お前はヒーローだ。以前、変わりなく」

「どーだか。ヒーローもヴィランも変わんねーよ。市民からすりゃ、イレギュラーには違いない」

「そう言うな。お前はよくやっている」


 報酬に、とヤマトが金貨型のレプリカントをカウンターの上を滑らせて寄越す。

 レプリカントは、この世界の通貨にもなり得る。

 レプリカントは壊して”食べる”ことができて、食べた分、シリムが回復する。本物のハートと違ってレベルアップはできないが、回復アイテムはこの世界において貴重品だ。

 金貨の形をしたレプリカントなんて初めて見たけど。


「そういや、君が捕まえた泥棒ネズミ、ついに依頼先を吐かなかったよ」

「そりゃ、義理堅いこって」


 回復アイテムは時に拷問にも使える。むごい話だが。夢世界と現実は”安眠”しないと行き来できない。失神や強制睡眠では、6月3日の現実へ行けない。

 あの男とは、オフィス街みたいなバブルで戦ったっけか。


「義理堅い、か、どうだろうな」

「なんだ、引っかかるとこでもあったか」

「天秤にかけたんじゃないか、と思ってね」

「何と、何を」

「俺らから酷い目に会うことと、依頼人から酷い目に会うことを、ね」


 結果、僕らのほうがマシだと割り切り、口を割らなかった、ということだろうか。

 どんだけ恐ろしいやつから依頼されたんだか。


「盗まれたスペルカードって何だっけ」

「Dr.イナバの新作魔法だよ。危険な魔法だから、回収できてよかった」

「誰のどんな魔法だって?」

「んー、地味なんだが、人を殺すために作られた魔法だよ。いるかい?」

「くれんのかよ。まぁ、じゃ貰っとこう。スロットも余ってるしな」


 ヤマトが目の前のカクテルを一気に煽る。

 マスターに「同じやつを」と注文し、僕と向き合う。

 話はまだ続くよ、ということか。


「スペルカードの窃盗事件が、ここのところ全バブルで相次いでいる」

「物騒だな」

「レプリカントを作れるあの少女を狙った動きもそうだ。犯罪が活性化している」

「……この世界が、元のカオスに戻りつつあるとでも?」

「そうともいえる。お前が追い詰めたあの小物の男みたいな”犯罪者予備軍”を焚きつけて、唆し、動かしている姑息なやつがいる」

「厄介な敵が出てきたもんだ」


 はぁ、と僕は嘆息する。

 そしてなんともまぁ習性というのは厄介なもので。

 そういうものを、僕は黙って見ていられない性質なのだ。


「マスター、ニコラシカを」


 ヤマトは新たにカクテルを注文する。

 出てきたカクテルには、蓋をするかのようにカットレモンが置かれて、その上には角砂糖が置いてあって、なんじゃこりゃ、と僕は呟いた。

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