第10話

 鎖に繋がれた三人の少女たちからは、とてもお礼を言われた。

 別に、ついでだったので複雑な心境だったのだが、まぁ、好意は受け取っておくと伝え、そして、今後は絶対にペルソナを剥がすなと念を押して伝えた。

 今までどんな目に会ったんだろう。”何でもできる夢の世界で遊ばれる”というのは筆舌に尽くしがたい愚行が行われることもある。腕を切られても再生する。胴を両断されても動ける。外見上の傷はシリムが尽きない限り再生する。

 何をされてきたのか、聞くまでもなく、残酷なことだ。

 だから僕が彼女たち被害者にしてやれることは、何も知らないことだ。

 今までどんな目に会って、どんな思いだったか、それは、絶対に聞いてはいけない。彼女たちの傷を増やすことになるから。

 聞けば軽くなる? 誰かと傷を癒し合える? そんなわけはない。自分の心の傷を誰かに伝えるということは、傷を増やすことだ。そんな残酷な偽善は、したくない。

 だから、ほとぼりが冷めたらここ”三番街フォーク村”に遊びにおいでとだけ伝えておいた。


「ここはどこあたしは誰?」


 にょろん、と尻尾を動かしながら、エラーガールが僕の周りをうろちょろする。


「こら。無闇に歩き回るんじゃありません。ここは三番街フォーク村。ショッピングがウリの、僕らの村だよ」

「あなたはあたしの王子様?」

「人違いだ」


 常夜の夢の世界であっても、村は昼間のような活気に満ちていた。

 レンガが敷き詰められた赤い石畳に、ハチミツ色の屋根の家が壁のように並ぶ。

 通路の真ん中には、アーケード商店街のアーチ看板のように”三番街フォーク村”とファンシーな日本語が書かれていた。

 道を中心に、所狭しと店が建ち並び、民家も混在している。煙突からはポコポコ煙が出ては消え、ガタゴトと馬と荷馬車が行き交う。

 街というには国などなく、村というよりは、横丁だった。

 だが、中に住んでいる人たちはそんなことを気にしちゃいない。言葉の響きがよいので、ここは”三番街フォーク村”なのだ。

 アーチをくぐり、路地を歩く。

 ”アビス魔導書店”には、新規リニューアルした携帯呪文表がずらりと並ぶ。古紙特有のカビたようなにおいが、通りにまで漂ってくる。”にゃんこカード屋”には、ガラスケースの中に様々なスペルカードが流行している。最近はスペルカードの拍子にもこだわっているものが多く、昔はステンレス板みたいなものだけだったのが、最近は火の玉や雷のエフェクトが描かれたものもある。

 わかりやすくて大変よろしい。

 スペルを作るより、スペルカードを作るほうがまだ簡単だ。

 日夜、便利な魔法はこうして複製され、流通している。

 歩を進める。

三つ目の路地にある”たんぽぽパン屋さん”を曲がり、”洋服のエチゴヤ””武器と鎧と男の浪漫””マダムスミスの水煙草”の先にある”バー・ミツバチ”の扉をくぐった。

 ミツバチはバーじゃなくてビーだろ、と僕はいつも心の中でツッコミを入れている。

 広々としたバー。客はまだらにいるようだ。ジャケット服のニューハーフのマスターは口紅のペルソナをして、今日もカクテルを作っている。マスターは酒のレプリカントを作れるクリエイターだ。

 食べ物系を作るクリエイターは、稀有な職業だ。

 例えば紅茶ひとつ取っても、紅茶の葉の成分や味や香りやクセ、それら全てをよく理解していなければそもそも生成できないし、”美味しい”を他人に伝えるのは、言葉で伝えるよりもずっと難しいものだ。

 僕がマスターと会話をするのも、実は音声ではなくイメージでやり取りをしている。だから言語の垣根はないし、日本語でも英語でもスワヒリ語でも通訳入らずで会話ができる。それと同じように、味や風味のイメージも、その気になれば共有できるのだ。

 まぁ、僕にはできないけど。

 紅茶やカクテル一杯に”どうか伝わってほしい”と願いながら注ぐのは、普通の人にはできない。

 それできるのは、職人だけだ。

 飲み水を作れるクリエイターというだけなら、割とその辺にいるかもしれない。

 だけど、しっかりとした味や風味を再現できるクリエイターは、現実でも名の知れた職人レベルでないと作りようがないのだ。

 味わった感覚を再体験するのと、相手に味わってもらう感覚は、全くの別物だから。

 そういう意味では、マスターって、現実じゃ何者なんだろう。

 凄腕のソムリエだったりして。

 あれ、腕の立つソムリエってなんて言うんだろう。三ツ星ソムリエ? いや、それだとテントウムシみたいだな。三ツ星テントウムシ。アブラムシを食べてくれる益虫。

 他人をこんな風に観察している僕は、多分恐らく一生絶対にカクテルとか作れない。


「あらン。そのヘッドフォンはクロックかしらン。何か飲む?」

「僕はジンジャーエールで。エラーガールは……」

「ヤだわ正義のヒーローぶっておいて連れていく先がバーだなんて下心見え見えでいやらしい」

「……ミルクで頼む」

「そっちの尻尾の子が例の子なのね。わかったわン」


 面倒なエラーガールのマシンガントークを聞き流しつつ、出てきた飲み物に口をつける。他のやつらはどうか知らんが、酒は成人してからというのが僕のモットーだ。この世界では100年以上生きているが、肉体年齢はまだ16歳。お酒は飲まない。


「ねえねえどうしたのあなたってば暗い顔をしているわ」

「お前がいるからだよ」

「ほらスマイルスマイル」

「大人しくしてなさい」


 そうして時間を潰していると、やがて村長が顔を出した。

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