第9話

 ”強いスペルカードはすでに市場に出回っている”。

 こいつが今撃った、直進する雷を撃ち出す”イズナ”。それに回転する流水を生み出す”アクアコウラ”。お手軽範囲攻撃の炎”フレム”。これらはスペル戦において必須スペルと言われている。

 これらは、撃てて当たり前。使いこなせて普通。対策できてようやく二流だ。

 それが、この世界で100年以上戦い続けている僕の答えだ。


『烈火の如くに猛る戦場 そこに一騎当千の勇者がいる

 その勇者を英雄と称えて担ぎ上れば 誰もが俺の名前を忘れていく

 それに困ることはない それに怯えることもない

 俺と俺を信じる者たちは 確かに俺の名前を覚えている

 人を英雄たらしめる俺は烈火の武器職人だ』

 【ヒートジャベリン】。


 これは、自身の手の平を始点にガスバーナーのような強烈な炎で焼き切る短射程魔法。

 本来であれば腕から放ち、振り回して使う。


『亀のように殻に閉じこもって

 一生を終えることはできないが

 今だけは自身の殻に甘えよう』

 【アクアコウラ】!


 バスローブの男は、おそらくこの世界で最も使われている最強の防御魔法。アクアコウラを展開する。

 アクアコウラは自身の前方に渦巻く水の壁を生成する魔法だ。

 単純明快にして、万物を通さない最強の防壁。

 僕は、水は電気を通さない絶縁体だ。と、この夢世界に来て初めて知った。

 夢世界の物理法則は、現実の”イメージ”と同じように働く。

 水は絶縁体だ。しかし、現実で川を流れている水などは電気を通す。これにはみっつのカラクリがある。

 ひとつは、絶縁体同士を擦ると静電気が生まれること。ふたつに、その静電気は周囲のものを引き寄せる性質を持つこと。みっつに、水は何でも飲み込む性質を持つこと。

 つまり、水はざぶざぶと擦れるうちに静電気を生み、周囲のものを次々と取り込んでいく。その反応は、水が絶縁体でなくなるまで続く。だから水は、結果として電気を通す。

 もちろん、魔法で生み出した水が何らかの不純物を有しているはずもない。

 ”目の前に回転する水の防壁を生成する”。これがいかに強力な防御法か。

 レーザーも、炎も、物理攻撃も、雷も、風も、何もかもがこれ一発で防がれる。

しかし今、僕の手の平は空間上すべてに存在している。

 グリッチ行為にも思える、おそらく製作者も想定外の運用方法。

 手の平を始点にするヒートジャベリンは、この場合、前後左右、いかなる方向からも攻撃ができる。前方しか守れないアクアコウラでは防ぎきれない。

 炎の柱は名前も聞いていないバスローブの男を飲み込み、衣服も皮膚も、まとめて焼いて焼いて焼き尽くす。


「ごの、ぐぞ野郎……がっ……!」 


 炎の暴力は彼の肉体のシリムすべてに浸食し、皮膚を焼き尽くす。

 しかし、まぁさすがに、人間ひとりを焼くのは容易じゃない。

 男はまだ生きている。


『仰げよ仰げ、天を仰げ

 喚けよ喚け、魂よ喚け……』


「まーたそれか」


 皮膚が焼かれ、ちょっとしたゾンビみたいになった男が、めげずに詠唱を続けている。

 火でやられたから火で返そうという魂胆か。

 なら僕は、お前より早く詠唱してやる。


『仰げよ仰げ、天を仰げ

 喚けよ喚け、魂よ喚け

 悪鬼よ悪鬼、なぜ嗤う

 お天道さんよ、なぜ助けぬ

 天より力を貸し与えられねば

 我が天を作って見せようぞ

 ゆらゆらと燃ゆる陽炎を纏い

 赤光を放つ魂の揺らぎよ

 その眼にしかと焼き付けよ

 その身にしかと受けてみよ

 我の朱はあらゆるお前を焼き尽くす』

 【赤魂しゃっち】。


 男の頭上に生成された火球が、そのまま詠唱途中だった男の脳天に振り落とされる。

 さすがに、炎熱と衝撃に耐えながら詠唱を続けるのはできないようだな。


「痛い、熱い、あぁ、あぁぁぁああ!! 止めろ、マジで、クソがぁぁ……!」


 凄惨な悲鳴が聞こえるが、無視する。

 別に心を痛めることもない。

 なぜなら彼自身も、背後の少女たちに同じ以上に酷いことをしているだろうから。

 だから僕は、男が自身の肉体を修復し、充分に回復しきって、次の呪文を詠唱する段階になるまでゆっくり待ってから、トドメの一撃を放った。


『空をも引き裂く稲光

 億の紙をまとめて破く

 大地を揺らす大轟音

 それは森を焼き尽くす災害だ

 人家を消し去る悪戯だ

 それを誰の仕業とす

 それを誰の所為とする

 雲の上に隠ぬものよ

 お前は何に憤る』

射頭奈イズナ】。


 雷光が目を貫き、直進する青白い雷の軌跡がジグザグに残り、男の心臓に直撃する。

 ハートは、自分が核だと思っている部分に宿る。あなたの心はどこですか、と聞かれたときに、指をさす場所にハートがある。大抵は、脳幹ではなく心臓を指す。

 ぱきん、という音とともに男の焦げた体が、カラカラとジグソーピースのように崩れ去り、僕はそれを吸い込むように”食べた”。

 これがこの世界のレベリング方法。こうして、敵や人間を、殺せば殺すほど強くなる。

 さすがにこのレベルになると、70レベルの敵を倒して食らってもレベルアップしないな。

 魔力Lv.148は、僕の強さでもあり、業の深さでもある。

 殺しはいつも、いいものではない。

 この世界で死んだ者は、二度とこの夢を見なくなる。

 そして、この世界で見たこともすべて、夢だったと忘れてしまう。

 記憶喪失。言うのは簡単だが、それはそう簡単な話じゃない。

 自分という連続した存在が消えるということは、紛れもなく、ひとつの死だ。


 さて、と僕は、鎖に繋がれた少女たちを見る。


「エラーガール以外は目標じゃないからな」

「……!」

「安心しろ。何もしないよ。鎖は外してやる。これからは、好きに生きな」


 僕は鎖に繋がれた少女たちを解放し、エラーガールとともに村に戻った。

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