第7話

「なぁ~、頼むよ。ウチのために、人形をたくさん、作ってくれないか」

「嫌よ嫌よも嫌もイヤ」

「そ、そう言わずになんとか~」


 そこは、まるでブリキ人形の内側のように、狭く息苦しい場所だった。

 いくつも貼り合わせたかのような錆びた金属板が床に壁に天井にずらりと並び、何の意味を成しているかもわからない配管が無数に伸びている。

 その中で、質素なベッドの上で、ぎょろ、と魚のような目を動かす少女がいた。針金みたいな銀ぶちの眼鏡の奥から除く、大きな金色の目。青みがかった灰色のロングヘア―に、黒いロングティーシャツに青いジーンズ。細い手足に細い体に、アンバランスなほど豊かに実った胸。そして、お尻に灰色の尾を持つ少女だった。

 そんな少女を、ピエロみたいな格好をしたふたりの男が、ゴマをするかのように両手を擦り合わせご機嫌を取ろうとする。男たちは、ペルソナをつけていなかった。


「き、君は、人型のお人形、作ったことあるかな~?」

「作ったことがあるか、ですって?」


 少女は目をぐりんと動かして、カタカタと首を動かして話し出す。

 ベラベラ、ベラベラと。

 意味のない単語を羅列し、会話する。


「あるわあるわあるあるよあなたは人形を作るときにどこから作るのって聞いてるわけじゃないの答えなくていいわどこからでもいいけど指先から書く馬鹿はいないわよねそうよ正解は足から書くのだって世界に縛りつけられているのは足の裏だからそこを書かなくちゃ何もかも立ち上がれないもの」


 ニコニコと笑顔を振り撒き、ゴマをすりすり、配信したてのYoutuberみたいな下手な笑みを浮かべる彼らは、しかし少女の気狂いな発言を聞いて、より笑顔が強張る。

 ふたりの男は少女から離れ、ひそひそとふたりで相談を始める。


「おい、どんだけご機嫌とってももう無理だぜ、こりゃ」

「村の連中が酷い目にあって気が狂ったのか? それとも、元々か?」

「おい、どうするよ。このままじゃ俺たち……」

「ああ、まずいぜ、このままじゃ……」


 そんな男たちの相談をよそに、配管のひとつがパカっと開いて、男の低い声が室内に響く。


「お前たち」

「「へ、へいっ!?」」

「さっさと支度をさせろ」

「「へ、へい……!」」


 少女にも聞こえる声でそう言うので、少女はぷいと不機嫌そうに顔を壁に向けてしまった。

 男たちは、さらに焦る。


「おい、どーすんだ、この状況!」

「分かんねーよ、知恵を絞れ! 女の子のご機嫌取らなきゃ、俺たちがリーダーから命取られるぞ!」

「やばいやばい! リーダーは俺たちの素顔も知ってんだ。現実世界でも逃げ場はないぞ!」

「あわわ、わわ。だから知恵を絞れって~!」


 うーん、うーんと男たちは頭を捻り合い、そして、ハッと思いつく。

 単純明快にして。

 外道の思考。


「襲えばいいんだ」

「そうだ。襲えばいい。いかに天才とはいえ、魔力のレベルは……」


 男は手元の丸い形をしたレーダーを取り出し、少女にアンテナを向ける。

 この世界はすべてシリムで出来ている。ゆえに、最大シリム量、すなわちハートの大きさで全てが決まる。攻撃力も、体力も、防御力も。

 それを一般では”魔力Lv”というステータスで統一している。

 Lv.30あれば、ノーチラスと呼ばれる自我を持たない夢の魔物を倒せるレベルとなり、Lv.40あれば戦士職も目指せるようになる。Lv.50もあれば、立派な戦士として活躍できることだろう。


「女の子は魔力Lv.39。俺たちは43と45」

「襲って襲って、戦える人形を作らなきゃいけない状況まで追い詰めればいい」

「よし、いくぞ」

「「せーの」」


『空をも引き裂く稲光

 億の紙をまとめて破く

 大地を揺らす……』


『水は凍って空気の下へ

 地は枯れて割れる

 凍える獅子の牙が足元から忍び寄る

 生命を停滞させる死の刃だ

 いつでもよい そう言って君が微笑む

 私は君に微笑み返す いつでもいい

 だから始まりはきっと来ない

 これまでも、これからも、私はそれを携える』


「あれ、お前、ずいぶん詠唱が早いな」

「俺じゃねぇぞ」

「あれ?」


 ピキン、と張りつめた空気。

 どうしてこんなに張りつめているのか。それは、空気中の水分が持っていかれたからだと男たちは気づく。どこに? 通路からやってきた、ヘッドフォンの少年が構えている氷柱にである。


「なーんか間抜けなやつらだな。降参するなら殺さないけど、どうする?」


 そこには、樹木のように巨大な氷の柱を構えた少年がいた。

 年は16ほど。年不相応に大人びているようにも見えるし、まだ子供じみた幼さを残しつつある、産毛の見える柔らかそうな頬。どこか生きることに憂いを覚えている黒い目に、艶やかな桃色の唇。髪は眉毛を覆う程度だったが、あちこちぴょこぴょこと飛び出ている癖っ毛。

 服装は、灰色のワイシャツに黒いカーゴパンツを履いて、腕に魔法を携えている。

 冷気が遅れてやって来て、男ふたりはお互い抱き合って震え上がった。


「オーケー、縮こまっててくれ。少女を引き取りに来た」


 男たちのレーダーに現れた数字を目にして、更にひいっと声を上げて部屋の隅で頭を隠す。

 からころと転がったレーダーが示す魔力Lvは、148。

 数字が示すように、少年は桁違いの強さを持っていた。


「ほう、恐れ入らずのジュエリーが乗り込んできたのか」

「壁から声がする。通信機か?」


 少年は壁にかかっている、ラッパみたいな器具を観察する。管を通して、遠距離から声を発しているらしい。

 ジュエリー、というのは少年たちの総称だ。今をキラめく一夜の宝石。自分勝手にこの夢の世界を楽しむ者たちのことは、すべてジュエリーと呼ばれている。

 つまり、ヒーローやヴィランも、ひとくくりでジュエリーだ。


「目的は天才少女か。そうだな?」

「そうだよ。あんたはどこにいんの?」

「我がラスターホエール号の頂上だ」

「ホエール、クジラか。いやクジラのてっ辺ってどこだよ。ぷしゅーってするとこ? まぁいいや。上だな? 首を洗って待っていろ」


 どうやらここは、クジラの形をした船の中らしい。

 少年はついでと言わんばかりに嘆息し、魔法を解除する詠唱文を唱え、少女へ歩み寄る。


『その時は来ない』


 少年の腕にあった氷の柱が、見る見るうちに風に溶けていった。


「掴まった女の子は、君で合ってるかな?」

「あたしのことを知ってるあんたは誰よ一体誰なのよ一方的に知られてるって気持ちが悪いわ」

「僕はクロックだ。君をこの錆び臭い世界から連れ出しに来た」

「どこに連れていくの場所によっては行ってもいいし行かなくてもいいしどっちでもいい」

「ひとまずは僕が住んでいる村。そこから先は、好きにするといい」

「きょとんあなたはもしかしていい人なの?」

「ヒーローともいえる。あとついでにここのボスをシメに来た」

「あら物騒ね」

「因果応報。悪因悪果。悪者は取り合えず懲らしめる」

「あはあはいい響きだわ悪因悪果リフレクション悪者は懲らしめられるべきねそうねそうよね悪者はいつもいつでも注目の的ね羨ましいわあなたは手当たり次第に暴力を振るうヒーローさん?」

「あー、そうともいえる」

「あはあはあはあは」


 少年は頭を抱える。

 夢世界の住人は頭のネジが外れたやつも多数いるが、こいつは”重症”だ、と。

 パソコンのエラーメッセージみたいに、意味のない単語をズラズラと並べるだけのやり取りしかできない。通常、そのようなやり取りを会話とは言わない。

 天才ゆえの思考速度からだろうか。少年は短く嘆息し、これからは彼女の言う言葉を、必要な分以外は聞き流そうと心に決めるのだった。

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