第6話

 この夢の世界は、複数の夢によって継ぎ接ぎの状態となっている。

 西洋風の夢もあれば、日本的な夢もあれば、西洋人から見た日本風な夢もある。

 そういった夢が、無重力空間に、ぷかぷかと気泡のように浮いているのだ。

 だから、世界ひとつひとつを”バブル”と呼んでいる。

 バブルの中へ、他に生活している人はいないかとか、財宝はないかとか、人ではない原住民ノーチラスを殺して、そのシリムを食らうことにより成長したりとか、そういう冒険を楽しむ人たちもいる。僕も100年前くらいまではのめり込んでいた。

 バブル間の移動は、主にこの”テレポケベル”を使う。

 ポケベル、と呼ばれるスマホの原型がモデルらしい。13文字までのメッセージをローカル通信で送れるとかいう、オーパーツだ。

 昔の人ってすごいよな。ネット回線がない上に、13文字の半角文字しか送れないとか信じられないわ。

 というわけで13文字のパスワードを入力する。夢の世界は言語の垣根がない。イメージでやり取りしているからだ。だからテレポケベルは絶対不変な数字で管理されている。

 テレポで移動した先には、中世ヨーロッパ風の街並みが広がっていた。

 慣れるまでは鼻が痒くなるほど牧草の香りが充満して、足元は動物の糞や毛で固まった変な土で固められていた。

 のどかでいいところなんだろうが、都会寄りの町で育った僕からすると、ちょっと汚い。

 こんな辺境な村に、天才少女がいるのか?


「なんだ、あんた」


 見ると、民家の入り口が開いて、おっさんから声をかけられる。

 服装は、革のコートに青いジーンズ。腰に銃でも差したらそれっぽく見えそうな、いかにも農家で過ごしていそうな中年太りの男だった。カウボーイハットがペルソナか。

 その奥には、恐る恐るこちらを見ている奥さんらしき人もいた。こちらは額当てをペルソナにしている。

 一家で夢の世界か? それとも夢の世界の一家か?

 いずれにせよ、珍しいな。

 夢世界は、比較的現実の位置情報が近い者同士が同じバブルに飛ばされやすいものだが、こうも現実と似通った家族が一緒にいることは、とても珍しい。

 ま、どうでもいいけど。

 僕はアイデンティティカードを出して自己紹介する。


「天才少女がいるって聞いて、保護しに来た」

「あんた、あの村の人間か」

「そうだ」

「い、今までどこほっつき歩いてきたんだ!」

「怒鳴んないでよ。どれだけ急いでも、6月2日の夢と、6月3日の夢が交わることはない。少女は今どこにいる」

「……とっくの昔に、連れてかれちまったよ」

「どんな相手だった。人数は」

「分からねぇ。あいつら、寄越さなきゃ村の女どもに酷いことするって言って、それで……」

「天才少女を切ったのか。そんな要求するようなやつらが、本当に何もせずに帰ったとは思えないけど」


 ってゆうか、わからねぇってなんだよ。

 使えないなー。


「お、お前には関係ないだろ!」

「仰る通りなんだけどさー。その女の子、どんな様子だった」

「ど、どんなって?」

「泣いてる少女を見捨てられるほど薄情でもないんだ。僕は」


 髪の毛をぽりぽりとかきながら、我ながら困ったような顔を浮かべる。

 どうせヘッドフォンのペルソナをしているから、そんな表情の機微までは見えていないだろうけど。


「……俺たちのことは助けなかったくせに」

「時間の問題はしょーがないでしょ。少女はどこにいる」

「あんな疫病神、とっとといなくなればいいんだ」

「ひでー言い草だな。情報がないならそう言えばいい」


 有意義な情報はないらしい。

 僕は諦めて立ち去ろうとしたとき、家の中から小さな子供が出てきて、こう言った。


「あいつらの行った場所なら、わかるよ」

「どうしてわかるの?」

「テレポケベルの数字を、見てたから、番号わかる」

「有能~!」


 僕は少年からテレポケベルの数字を教えてもらい、村に背を向ける。


「とっととあんたもあの娘も、いなくなっちまえばいい」

「だから、それをそうするっつってんだろうが」


 聞く耳持てないおっさんを適当にあしらい、ファインプレーをしてくれた少年にガッツポーズを送る。

 そうだな、男の子はみんな、誰かのヒーローになりたいもんだ。

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