第5話

 夢は自由だ。

 自由で、無秩序だ。

 勇者や魔王もいない。倒すべき強敵もいなければ、達成するべきタスクもない。

 ゲームに例えるのならば、オープンワールドサバイバルアクションマルチRPG。ただしコンティニューは不可のクソゲー。

 法律もなければ警察もいない。何をシてもサレても文句も証拠も残らないし、消せてしまうアナーキーな世界だ。

 ”何でもできる”と思い込んだ人間が他者にすることは、略奪や暴力に留まらない。

 だから、一度とても荒れた。

 荒れて荒れて、色々あって、今は割と落ち着いている時期だと思う。

 人々が争いに疲れて、ようやくスローライフなゲームも悪くないよね、と思い始めた頃合いなのだ。今は。

 クシナサラにはあえて言っていなかったが、確かにノーチラスを殺して食べても強くなれる。だが、人間もシリムの塊。食えるのだ。

 人は、人を食らっても経験値として奪い取れる。

 積み上げてきたシリムが多く、強いハートを持っている人ほど、いい養分になる。

今は落ち着いたが、本当に、昔は酷かったのだ。


 僕は眠る。瞼を閉じてしばらくして、裏返るように夢の世界へ入る。

 今日は、馴染のオレンジ色の照明がチラつく小洒落たバーに直行した。いくつものハーブを合わせて作られた香り高いハーブティーを楽しみながら、一服する。

 夢の世界では、食事や排泄の必要がない。

 だから、僕らがこっちで食べたり飲んだりするのは、あくまで嗜好の範疇なのだ。

 味覚は正常に働くけど、現実の体が太るわけでもないし、満腹にもならない。

 夢は、あくまで夢なのだ。

 食べても食べなくてもいいけど、やっぱり味や香りを楽しみたい。

 食事だけじゃなく、音楽も。

 バーには、落ち着いたジャズ音楽が流れていた。

 チューバ二本、ユーフォ二本、ドラムひとつが奏でる低音四重奏。

 ネット社会が蔓延る中、忘れられしアンサンブルだ。

 電子楽譜が蔓延しているこの社会で、電子化されていない隠れた名曲というのは、指折り数える以上に残っているものだ。

 うーん、クール&スウィート。

 客席はカウンター席が6つ。席同士は、しっかりと隣と距離感を開けつつも、隣り合って話すには苦労しない程度のスペース。

 その他にもテーブル席が3つ。ふかふかのソファに、トランプくらいできそうな丸テーブル。

 いずれもオーダーメイドだろう。

 というかこの夢世界、オーダーメイド以外の物は存在しない。

 他のバブルから机や椅子を持ってきても、すぐにジグソーパズルのように消えてしまうからだ。

 ナイトキーパーの力で守れるのは土地だけ。

 それ以外のものは、特別な力で作らなければいけない。


「よっ、そのペルソナ、クロックだよな」

「なんか用か、村長」


 僕たちは互いに、自分のアイデンティティカードを示しながら、顔を合わせる。ペルソナによって顔で人の判別ができないから、代わりにこういった身分証が流行している。

カードには個人情報が記号化されており、一見するだけで名前がわかる。

 僕はゆったりまったりした時間を楽しみたいのに、現実でも夢でも、次から次へと人が来るので休まるときがない。

 今度の相手は古馴染みの村長だった。

 左目の下に星形のタトゥーのペルソナを持つ、細身の青年。

 全体的に体のパーツが細く、胴体も薄っぺらいし、手足も細い。髪型もどこかしゅっとしていて、きりっとしているように見える。

 彼は常に変動し続ける夢世界を、唯一”固定”できる稀有な、というか変わり者と呼べるような能力者だ。

クラスとかだと、学級委員長に立候補するような人間がその役職を持つ。

 彼らナイトキーパーがいる土地は変動せず、また各種テレポートアイテムによって瞬時に移動することも可能になっている場合が多い。

 当たり前だが、ふと気づいたら足元が毒沼になっているような状況で、まったりくつろげるはずもないので、村や町の存続にはナイトキーパーの存在が欠かせない。

 そして、この村の村長、ヤマトという名の男とは、これまた長い付き合いがある。

 村長はバーのマスターや客に、気さくに挨拶を交わしながら、僕にぐっと近寄って声を潜める。


「まだ極秘の話なんだが」

「超嫌な予感しないけど、何?」


 そして、村長からは、こういう厄介ごとを押しつけられることが多い。

 村長はこの土地を固定するために、この土地を離れることができないからだ。


「”レプリカント”を生成できる”クリエイター”の少女が見つかったらしい」

「そりゃ珍しい。何作るの」

「動く人形だ」

「……物騒だな」

「少女自身には戦う意思がないらしい」

「そりゃー無理だろ。無限の兵力を産み出せる金の卵を、野蛮な連中が放置するわけがない」

「ああ、だからウチで保護する流れになった。秘密裏に、な」

「相変わらず、厄介ごとを引き受けやがる」


 僕は苦虫を嚙み潰したような顔をする。先日は、スペルカード泥棒を捕えたばかりだった。

 この世界じゃ、顔も自由自在に作り変えられるから犯罪もやりたい放題だ。

 どんな顔にだって、スタイルにだって、性別だってその気になれば変えられる。しかし、唯一できないことは”作ったものをそのままにしておくこと”だ。

 常に変動し続けるこの世界では、作ったものは即座にジグソーパズルのように散ってしまう。

 それをそのまま保ち続けるためには、人間やノーチラスと同じ機構を備えさせてやる必要がある。

 この世界のすべてはシリムと呼ばれる単一の原子で出来ている。血肉も、天地も、時間さえも。そして僕たちの”核”でさえもシリムで出来ている。これをハートと呼んでいる。僕たちにはハートがあるから、即座に散らずに形を保っていられるのだ。

 そしてこの”ハート”を作り出せる天才が、たまにいる。

 どういう理屈で作っているのかは知らない。分からない。100年以上この世界で生きている僕でもよく分からないのだから、理解できているのは、本当に一部の天才だけなのだ。

 疑似的に動くハートを、僕らは”レプリカント”と呼んでいる。

 ハートは、通常壊せば経験値として食べることができるのだけど、このレプリカントは経験値にはならない。偽物は、しょせん偽物なのだ。

 かくいう今飲んでいるハーブティもレプリカントで作られたものだ。

 ここのバーの店長もそうだが、こういうことができるのは、一部の好事家や天才だけなのだ。

 そして、ハーブティは襲ってこないからいいものの、”動く人形”は、人を襲える。


「頼むよ、クロック。報酬は弾む」

「はぁ、しゃーないな」

「ありがとう」


 こういう謝礼とかを、何の気兼ねもなしに言えるところがまた、この男の人徳なのだろう。

 村長からの謝礼は、一切嫌な気はしなかった。


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