第35話「シュテン=ハーゲン」
「——
緑川ゲンスケの宣告および【マザリギツネ】のカードによる切腹により、ゲンスケの直上に黒い孔が発生し——
『——開門』
『——
ゲンスケの内部より漏れ出す謎の声が導くままに、孔より流れ出した黒い液体がゲンスケを包み込み——そして、狐を想起させるフォルムを持つ、漆黒の戦士へと変貌させる。
——緑川ゲンスケの持つ能力が、『調伏したアヤカシをカードに封印する』という【
ただシンプルに、その真の能力——アヤカシを封印したカードとの融合による変身能力——そこから派生した能力であるというだけである。
「それは詐称じゃないの?」
と、かつて月峰エリカに指摘された際には
「いや、別に変身能力を隠してるわけでもないんだから嘘ついたわけじゃねーし」
と返したが、
「本部に申告済みだろうと私らに言ってなかったんなら詐称扱いもやむなしでしょーが!!」
と怒られたという。
鮮凪アギトからも、
「ゲンスケさん。チームメンバーにはちゃんと言ったほうが良いですよ」
とやんわり嗜められたので、ゲンスケは数日凹んだという。アギトはゲンスケのことを慕う後輩なので、その後輩からドストレートな指摘を受けたことがそれなりにショックだったのだ。
——その様な思い出は、ゲンスケの脳内でも浮かび上がっており、そして——彼の眼前にある扉を蹴破るということは即ち——そういった思い出を共有する月峰エリカと戦うことを意味し——無意識の内に、ゲンスケは奥歯を食いしばっていた。
その激情を振り払うかのような大振りの回し蹴りで、ゲンスケは扉を蹴り飛ばす。
変身術式によって超強化された脚力は、融合に使用した【マザリギツネ】のスペックによるものなのか、上級アヤカシの平均的なステータスすら超えている。
パラパラと土煙が舞う中、両者はついに対峙する。
ゲンスケの視線——その先に佇む、否、椅子にふんぞりかえり、テーブルに足を乗せながら酒を瓶でぐびぐび飲んでいるその姿は——確かに月峰エリカであった。
だが——その着崩れた服の隙間から垣間見える素肌には、刺青にも似た紋様が微かな光を帯びながら浮かび上がっており——ゲンスケはその紋様に見覚えがあった。
「——よう、久しぶりだなシュテン=ハーゲン。
クソみてぇな想定どおりの展開、心底イラつくぜ」
ゲンスケの怒気混じりの言葉を受けたシュテン=ハーゲンは、仄かに嗤い、立ち上がる。
「……あぁ、誰かと思えば。昔からこの女にチョイチョイつっかかっていたガキか。記憶を読んだのでわかったが、本来お前の様なやつなど、わしは目もくれんので、せいぜい感謝すると良い」
「感謝って押し売りするもんじゃねぇんだけど、そういうのって学校で習ったことないワケ?」
「は? 行っとるワケないじゃろ。わしアヤカシぞ? アホ言うな」
「まぁそもそも、こういうのって習うもんでもねぇんだけどな。アホ晒したなクソアヤカシ。そのまま羞恥心で死んでくれると後が楽なんだが」
「左様かカス。じゃがそれではこの女も助からんのじゃが——お前にそこまでの覚悟があるんか?」
エリカの肉体を乗っ取ったシュテン=ハーゲンがそれを言い終わるのとほぼ同時に、超脚力で地面を蹴ったゲンスケの右拳がシュテン=ハーゲンへと迫る!
——ここでゲンスケの脳裏で、違和感のアラートが鳴り響く——
(——床が踏み抜かれなかった。既に浸蝕結界の効力がジワジワと出始めてんな)
魂を浸蝕しようとも、異界そのものとも言える浸蝕結界の展開が可能となるには、それなりの調整が必要である。これまでの暗躍から『結界は未だ不完全』と推測したゲンスケ発案による今回の強行作戦は、現時点において上手く作用している。
ゲンスケの拳を、シュテンが身体を捻ることで受け流す選択を取ったことで——ゲンスケの中でその推測は現実味を増加させていく。
——その考察の間隙を縫う様に、シュテンが捻りによる回転を利用した超低空回し蹴りをゲンスケのスネめがけて撃ち込んでくる。
「——食らうかよッ!」
その蹴りが到達するより速く、ゲンスケは体重を前に乗せてシュテンへと飛びかかり、そのまま馬乗りの体勢に傾れ込み——顔面めがけて殴打を開始する——その際、その顔がエリカであることには違いがないため——ゲンスケの動きが一瞬止まる。
(——クソ、マズった)
シュテンとて歴戦の極級アヤカシに相違なく——ゲンスケのその隙を見逃すはずもなく、即座に頭突きをぶちかまし、ゲンスケを引き剥がす!
「——う〜む、甘いのぅ雑魚が。覚悟、足りとらんのじゃないか? どんな策を弄してきたか知らんが、その程度でわしを殺せると思わんことじゃな」
余裕と、少しばかりの落胆の表情を浮かべながら、シュテン=ハーゲンは再度ゲンスケへと歩を進めようとする——その刹那。
「——ぬ、撒いておったか」
月峰エリカの探知能力【
それらは周囲をまるで結界の如く囲いこみ、一瞬でシュテン=ハーゲンの意識を全方位へと向けさせた。
「——俺だけに集中はさせねぇ。強制マルチタスクで掻き乱すぜシュテン=ハーゲン……!!」
「——は、おもしろい。
マルチタスクが現代社会人だけのものではないことを、その身に刻み込んでくれるわ!」
そして——シュテン=ハーゲンの周囲から、複数のカードが光を放った。
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