第34話「染黒」

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過去記述/シュテン=ハーゲン


 分類:極級アヤカシ

 名称:【呪血憎臨しゅちにくりん】シュテン=ハーゲン


 古くは平安時代よりその存在が確認されているアヤカシで、源頼光率いる四天王が討伐したとされる鬼・酒呑童子と同一視されている。


 酒類を用いた術式を持つとされるが詳細は不明。幻惑攻撃が多かったために全貌の記録が困難だったと推測される。


 長きにわたって消息不明であったため、酒呑童子と同一個体であると思われていたが、五年前、首都である芸都に出現。

 電波塔である『芸都タワー』に浸蝕結界を展開して芸都全域をダンジョン化させかけるも、極級ハンター月峰絵梨花を始めとする精鋭部隊により討伐に成功。


 伝承通りであるかは定かではないにせよ、シュテン=ハーゲンが幻惑術式を高域に振り撒いていたため、一般市民への隠蔽工作は却って容易であった。


 ただし、該当の幻惑術式を受けた魔力抵抗の低い対象——つまり一般市民における、アヤカシおよび浸蝕結界への警戒心が減衰。魔性への危機感欠如の症状が残り、現在に至る。


 戦闘部隊の殉職者、51名。

 処理部隊の殉職者、20名。

 一般市民の犠牲者、1682名。


 また、実行部隊を率いていた月峰絵梨花においては、戦闘中に魔酒を浴び、以後、酒類への甚大な耐性低下を確認。酒類の接種後、アルコールが分解されるまでの間にて、記憶喪失および精神の退行が見られるため、前線での任を解き、協会本部での職務を任じる措置を取った。


幕間、おわり

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 五月某日、PM11:45。


 ——月峰絵梨花は本日、非番である。

 それゆえ彼女は、根源坂開登とともに住まう一軒家にて、おそらく就寝準備に入っている。


 根源坂開登の見立て通りであればそうなのだが、事態の進行具合によっては、その想定は崩れ去り、作戦の即時変更を余儀なくされるだろう。


 ——何よりも。

 シュテン=ハーゲンが『魂の浸蝕』を用いて月峰絵梨花を完全に乗っ取っていた場合、、作戦準備が筒抜けになっている可能性さえある。


 それゆえ、事態を重く見た協会からは最低限の人員を派遣し、そして家から離れた場所で緑川ゲンスケおよび根源坂カイトと落ち合って、状況開始を選択することとなっていた。


 ——とはいえ。

 その上で尚、懸念点があった。

 


 ここもまた、特殊な対応を余儀なくされる状況下にあり、適性も踏まえて根源坂開登が向かう手筈となった。


 ——月峰邸周辺への避難誘導自体は処理班により滞りなく、迅速に、それでいて密やかに進んでいき、その上でという流れである。


 白咲邸へ向かうのは根源坂開登——となれば、それは月峰エリカの魔力探知術式を通じて、————シュテン=ハーゲンにも探知される。


 しかしどの道、ここでハンター数名で月峰邸に入り込んだ場合でも、シュテン=ハーゲンは行動を開始するだろう。


 どう動こうとも大きなリスクが伴う状況。

 だがそうしなければならないほど、事態は緊迫したものにもなっていた。

 これ以上シュテン=ハーゲンの自我浸蝕を見過ごせば、今度こそ芸都が陥落しかねない——アヤカシハンターたちにとって、シュテン=ハーゲンの危険度はその規模のものであった。


 であれば『杞憂で済んで良かった』『無駄な対応をしてしまったが、何事もなくて良かった』という始末書がチラつく笑い話で済めばそれで良い——そういった取捨選択の末の作戦行動である。



 そして、現場から離れた場所——『カードショップ黒緑』に、避難誘導を済ませた処理班たちが戻ってきていた。

 拠点の主人は当然、緑川ゲンスケ。この店の店主にして、この作戦の隊長でもある。

 ゲンスケは、作戦範囲内のカメラから状況を確認して——魔力を用いればシュテン=ハーゲンに勘付かれるため、警察組織より、極秘裏にカメラ回線の使用を許可されている——月峰邸周辺の状況を中心に指示を出していた。

 

「——さて。根源坂は白咲邸に入った。

 他の民家は魔力遮断術式で、ギリギリまで隠蔽できたが、。新参は詳細知らねぇかもだが、。だから最後に回した。

 ——いいか、現場までここから車で五分。

 、俺が一人で向かう。

 お前らはここに待機して、この位置から魔力探知を行ってくれ」


 ゲンスケは、本部から派遣された探知術式持ちのスタッフにも指示を出しつつ、無線の付いたバイクに搭乗する。


「隊長が作戦本部を離れるのも気が重いけどよ、まあ——作戦エリア外殻までの避難は完了しているわけだ。お前らが負う責任はもう全うした。

 だからここからは、俺の仕事だ」


「隊長。……無事の帰還をお待ちしております」


 ハンターの一人——作戦本部での待機組——が声をかけ、ゲンスケはそれにサムズアップで答え、そしてバイクで走って行った。


 疾駆するオートバイ、そこに跨り夜の街を駆けるゲンスケの脳裏には、戯画町の今後——ハンターたちの処遇——そして根源坂開登の安否——様々な物事が過っていた。


 ——俺がミスれば、戯画町は終わる——


 避難誘導用のカバーストーリーは、爆発物の撤去というものだったが、この作戦の失敗は、それ以上の惨禍をもたらす。

 そのようなことは現場のハンターのみならず、協会の上層部でさえ理解していた。


 ゆえに——作戦エリアの阻止限界点までシュテン=ハーゲンの浸蝕結界が進行した場合、事が決定していた。


 もはや隠蔽も何もない手段——つまりは最終手段。だが、シュテン=ハーゲンの対応に関しては。それを実際に——五年前現場で見たゲンスケであるからこそ、痛感し、そして覚悟を持って、単身現場へ急行していたのだ。


(俺の計算では——そろそろ動く)


 ゲンスケがそう独白した直後、バイクに取り付けられた無線から、探知班の声が響く。


『——隊長! 月峰邸より高濃度魔力反応! これは、!』


 ——想定どおりだとゲンスケは冷静に感想を漏らし、


「了解。たった今現場に着いた。

 結界起動より先に対象を叩く!」


 ゲンスケはバイクでそのまま月峰邸へと突進し、無理矢理内部へと突入する。


「——この匂い、この酒の匂い……!」


 それが幻惑効果を持つ魔酒の香りであることをゲンスケは知っている。この濃度ではハンターには特段の影響がないことも知っている。

 だが問題はそこではなく——


「——コイツ、


 魂の浸蝕は本来、自身の本来の術式は使えなくなる。

 だがシュテン=ハーゲンの場合は、


 これはたった今、ゲンスケの脳裏に流れ込んできた情報——つまり、五年前には使われず、今その手札を切ってきた——である。


 当然、シュテン=ハーゲンの存在規模からこの状況を推測していたからこその迅速な対応であった。

 ——だがその予測が実際の状況と合致してしまうと、


「——これは、


 そう呟いたゲンスケの右手には、普段とは異なる色の——黒い枠色のカードがあった。


 そこには『マザリギツネ』と記された、狐の様な生物の絵が描かれている。


 ゲンスケはそれを以て——


「————染黒せんこく————」


 そのカードで——した。


 直後、流れ出したのは彼の血ではなく、


『——開門——』


 ゲンスケの体内より漏れ出る謎の声、そして——室内、その天井には黒い孔が現出し——


『——ブラックアウト、【マザリギツネ】』


 音声と共に、滝の様な墨は収まり、


「——この形態は持って三〇分。

 さぁ戦おうか、シュテン=ハーゲン」


 それはつまり、仲間である月峰エリカとも戦うということに他ならず。

 昔馴染みである月峰エリカを殺すことに他ならず。

 ——そちらへの思いを仮面に隠し、緑川ゲンスケは邸宅の中心へと突撃した。

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