第32話「圧縮」
【
——いや、焼き尽くそうとしている。
現在進行形。本来なら——なんなら俺の想定ではこれまで戦ったあらゆるアヤカシをも焼き尽くせる計算だったのだが————
「——クソ能力だろ、どういう仕組みだよ」
——ダークシトラスは、爆発と再生を繰り返しながら俺へと歩み寄ってくる。
幸い爆発範囲はヤツの至近距離だけのようだが、それでも同時に再生までの流れが確定している。爆発が始まれば再生に至る処理が開始される。千日手すぎる。これをクソ能力と言わずして何と言う?
「ハァ? 心外だなぁ根源坂ァ。仕組みとしては君のも似たようなところあるじゃないか。コスパくそ良いじゃんか君のもさァ」
「——あぁクソ、そういうことかよ」
俺はゲンスケさんへと視線を移す。見解があれば聞きたかったからだ。
「……お前のビームを喰らい続けてなおアレだろ? 悪いが俺の手札を無駄撃ちするだけだわ。それにせめて時間稼ぎぐらいの意味があれば良かったんだが」
——そうだ。あれに時間稼ぎができれば——というよりもヤツに対しての時間稼ぎという行為そのものに意味があれば良かったのだが、そもそも発動条件に思い違いがあった以上、それは儚くもボツ案とせざるを得なかった。
——結論から言えば、超圧縮浸蝕結界【
つまりビームの斉射を受けている現状は常に発動条件を満たしているということだ。
そしてその後巻き起こる効果処理は事前に取り込んでいた血液量に応じた爆発および爆発後の再凝縮。
これはつまり——爆発に使った血液を全て再凝縮するということで——コストが丸々戻ってくるという踏み倒しも良い加減にしろな能力であった。
想定より血を吸っていないのか、あるいはコストそのものは多いのか——そこまではわからないにせよ、とにかく発動コストが処理後に戻ってくる時点で厄介極まりないことだけは確かである。
俺に刻まれたサカサヒガンの力の一端は、断片的なものゆえに、俺の術式パラメータを一時的に反転させるに留まっている。ゆえにヤツの能力を反転させることはできない。
——であれば、手札に残った次の手を!
俺は斉射を止め、無限再生をしていたダークシトラスと目を合わせる。
「なんだよ根源坂ァ。せっかくの切り札だっただろうに、もう終わりかい? 僕としてはさァ、腕試しをもっとしたかったんだけどなァ〜〜」
などと呑気なことを言っているダークシトラスの背後から、ゲンスケさんが汎用武装の対吸血鬼用の杭をぶん投げてダークシトラスの胸部に炸裂。完全に慮外であっただろう一撃。しかも胸部である。吸血鬼にとってこの一撃は必滅の一撃であり、それを察する暇すら与えぬ視界外からの攻撃。これで倒せることを祈るばかり——
——爆発→再凝縮。しかしそれは繰り返される。意識外からの攻撃でさえ反応する。あの術式そのものに、弱点はないのかもしれない。ああクソ、本当に厄介すぎる能力だ。永遠に千日手以外の択を模索させられるため脳負担もある。このままでは疲労で解決策すら思い浮かばなくなりそうで非常にマズい——思わずそういった考えが脳裏をよぎる程であり、大抵の場合、俺はその発想を思い浮かべた時というのは、取り得る手段が思いつかないでいる時である。
「あぁダメダメ、無駄無駄、無意味なんだよ君ら。僕の【
そんなワケだから大人しく投降しちゃいなよ君らさァ」
言いつつ赤い魔剣を取り出すダークシトラス。
ヤツの戦闘能力自体はそこまで高いというわけでもなく、精々一般人より多少上回っている程度のレベルであることがここ数分で判明したため——それゆえに、戦うだけならそこまで困難な話ではなくなっている。
だが——当然このまま持久戦にもつれ込んだのなら——正確には持久戦に巻き込まれたのなら、燃費の差で俺たちは敗北する。
俺の魔剣ナイトミストも——今は結界の反転状態を解いているため——そこまでの維持魔力コストも存在しない。だが、こちらは微量とは言え魔力の支出自体は存在しているものの、ダークシトラスの魔力収支差分は再凝縮の関係で0であるがゆえに、長く戦えば戦うほど俺たちの方が不利であった。
——どうする? 考えろ、考えなければ、無意味で不毛な剣戟を披露することになりかねない。それだけはどうにか回避しなければいけない。いけないのだが——
「——根源坂。敵だけを見るな。わかってるだろうが、こういう時は周りの状況をよく確認するのがセオリーだろ? そしてカードゲーム的に言えば、コンボとシナジーに重点を置いてそれら打開策を絞り出す——俺の言ってること、お前ならわかるだろ?」
——ゲンスケさんの言葉によって、先の見えない徒労感を一旦思考の端へと投げやりに放り投げることに成功。多少クリアになった脳内で、暴れ散らかす作戦案をセルフ・ブレーンストーミング。
——あるかもしれない、手段が一つ。
——無敵の再生術式を持つダークシトラス、ヤツを無力化する豪快かつ投げやりな方法が。
「そら近づいちゃったよ接近しちゃったよどうすんだよ根源坂ァァーーーーーー!? もうこの距離で変に強い攻撃したらお前爆発しちゃうかもねェ! そうなったらお前は再凝縮されないから終わりなんだよなァァァーーーーーー!!」
迫る赤い斬撃。無銘の紅魔剣が俺へと迫る中、俺は魔剣ナイトミストでそれを斬り払い、つい反射的に反撃しようとしたのを理性で抑えて腹部に蹴りを一撃入れる。だがそれでダークシトラスを殺せるはずもなく、さりとて術式効果の都合で殺す予定などなく、ただ蹴りの勢いを使って距離を取り——これでウッカリしてダークシトラスを殺してしまっても爆発に巻き込まれないであろう位置まで後退。その直後、結界内部ゆえに周囲から大量の鎖を具現化させてダークシトラスの動きを止め————そして、俺の近場にゲンスケさんを確認したことで、俺の奥の手——その起動準備が整った。
「——逃げてばっかじゃどうにもならないよォ根源坂ァァーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
「——ああ。だからここでお前だけ閉じ込めることにした」
「——は?」
——魔力で具現化させた結界、その内部機能、それらの内のほとんどをオフにして。
「——
具現化させた俺の浸蝕結界ごと、ダークシトラスを圧縮した。
俺とゲンスケさんの周囲では、景色が元の世界に戻るが、ダークシトラスだけは結界の圧縮に巻き込んだ。
……だがこれだけでは不十分。内側から食い破られれば脱出されてしまうし、そうでなくとも
ゆえに時間的な余裕はなく、それゆえ俺の行動は既に実行されていた。
圧縮ついでに——投げやすい槍の形状に一時変形させ、俺はその槍を投げやりではなく本気の本気でぶん投げる。
【芸都トンネル】内部へと、ぶん投げる!
——あそこは時空の歪んだ超重力圏。
ダークシトラスは、そこで無限に爆発と再生を繰り返すのだ。
「やめろォォォォォ! 僕は! 僕はまだこんなことではァァァァァ——————」
帰路へ着く俺の背後で、かつて崎下だったアヤカシの叫び声が聞こえて、それだけは——堪えるものがあった。
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