第27話「ラプラス≠ファタール」
——ヒノカグツチ。
それは古事記にも書かれている火の神であり、断じてアヤカシではない。
であればこの状況は何かといえば——アーバンロア・ライドライターがその力を纏って炎で肉体を再構成したそれが何であるか——
——全能ゆえの知識から、その伝承を再現したに他ならない。
神の再現など、極級といえど行える芸当ではなく、先ほどのツノの具現以上の負担がかかる。
情報を完全再現するのではなく、ただリソースとしてツノの形状に凝縮させていたのとはわけが違う。
ましてや都市伝説ではなく神話の再現ともなれば——である。
ゆえに——逸話の一部を超単純化させて身に纏うという方法で——アーバンロアはこの、俺に対する不意打ちにも等しい必殺の一手を繰り出してきたのだ。
——やられる。今度こそ、やられる。
あの熱波だけでも凄まじい。おそらくまだ完全展開ではなく——能力の発動宣言が行われた直後ゆえに——まだどうにか発動に割り込むチャンスはあろうものだが——
俺の魔剣では、あの熱波を超えられない。
相性の問題だ。魔剣【
概念状の不利——それでも極級相当の浸蝕結界ではあるのだが、あちらはどれだけ出力を抑えていようとも神性を帯びている。
その一点、存在のランクで——俺の魔剣は負けている。
選択のミス?
——いや違う、動きとしては上手く立ち回れていたはずだ。
ならば、単にこちらが手札を切る速度が遅かった?
——いや、それもない。俺はこのタイミングで取り得る最善手を出したはずだ。速いも遅いもない。
であれば、悔しいことに答えは一つ。
——相手の手数が膨大だっただけのことだ。
俺にあの火炎をキャンセルする手段はない。浸蝕結界による魔力吸収も、今から再度起動させるのに数十秒かかり間に合わない。そもそも霧のほとんどをナイトミストの刃に凝縮させている。
——詰みだ。
どうしようもなく、どうにもならない、完全無欠の、詰みだった。
——状況を分析し、魔力吸収対象から当然外していたフリードと誰か一人——急いでおり判別不能——に後を託す。
脳裏を過ぎるのは、守ると誓ったあの——
揺らぐ。黒髪の少女と銀髪の少女が、同時に浮かぶ。
死者と生者、今俺が考えなければならないのはどっちだ?
俺は、俺は——
——いや待て。
その前だ。その前の思考だ。
この状況で戦闘参加しているもう一人?
——意識がその思考で埋め尽くされる瞬間、眼前に、俺とアーバンロアとの間に飛び込んできたのは——
——その黒髪の少女は。
「——————穂村」
「——
——【
——その想定外の発動宣言を行った、アヤカシではなくハンターであるはずの穂村まりんは。
空中で一回転して、踵から出現した『0』の形をした刃を——アーバンロアに叩き込む!
「グ、オオ……こッ……これはァァーーーーーッ!!?」
穂村まりんによる踵落としを受けたアーバンロア、その傷口である左肩を起点に——その身体を0が埋め尽くす。
「如何なる存在であろうとも、そもそもそれが術式による再現である以上——私の術式でキャンセルできます。
——【
——彼女がそう言い終わるとほぼ同時に、俺の斬撃がアーバンロアを斬り伏せる。
術式同士のぶつかり合いにおいては、俺の術式が神性を帯びた術式を上回ることは困難だ。
だが——今のような、術式の発動宣言そのものをキャンセルする術式であれば話は別だ。
アーバンロアの術式そのものは神性を帯びているわけではない——それゆえに成し得た、奇跡的な攻防であった。
「——ガ、ぐ、くそぉ……穂村まりん貴様……この私に牙を剥くと言うのか……!?」
俺に袈裟斬りにされて尚、もがきながら何かを叫ぶアーバンロア・ライドライター。
だがその視線の先にいる穂村まりんの目線は冷たい。
「……私が今までどういう気持ちでこの町にいたとお思いですか、我がマスター、作り手よ」
——作り手? 術式名がラプラス……あげはに瓜二つの姿——これは?
俺が状況を整理し切るより早く、穂村は瀕死のアーバンロアまで近寄って、再び右足を振り上げる。
——今度は、赤色の「0」が踵に出現していた。
「——ま、待て穂村まりん、いやラプラス! その不完全さが不服だったか? 完全顕現をするために、また長い年月を欲したか!? オーダーには極力応えよう、善処しよう。我が浸蝕結界【都市伝説活劇アヤカシラセン】であればいずれ——だから、だから私を連れてここから逃」
「——【
その一撃を受けて、アーバンロア・ライドライターは無数の0に埋め尽くされて消滅した。
——そう、無数の0。
俺は——この術式を知っている。
「——穂村、お前」
近づこうとする俺を、穂村まりんは手で制止した。少しばつの悪そうな、伏目がちな表情だった。
「……先輩にはお話ししないといけませんね。もうこれ以上誤魔化すことなんて、できませんから。
——私が黒紫あげはさんに似てるのも、ていうか瓜二つなのも当然なんです。
……私は、アーバンロアによって生成された『黒紫あげはを器に、不完全ながらも一時的に顕現しかけたラプラス=ファタール』という、事実を基にしたフィクション——そこから発生したアヤカシなんですから」
「——な」
ありえない——とはもう言えない。噂や物語を術式として使用するアーバンロアであれば、一度成立した出来事から物語型アヤカシを発生させることもできるのだろう。
「——あの時私は一度、不完全ながらも成立しました。だから、その事実を以て——新たな器を必要とせずに再顕現したんです。
でも、そもそも失敗した出来事からの再顕現ですからね。限定具現が関の山、世界規模の運命操作なんて夢のまた夢、机上の空論ってやつですよ。魔力総量なんてハンターの中でも並ぐらいのもので、私をアヤカシだと見抜けた人は皆無に等しいのです。
——で、結論なんですけど。結局のところ、今の私に、さっきみたいな——不意を突くような戦い方しかできない私に、
全然笑顔じゃないまま、穂村まりんはそう言った。
——なんだそりゃ。わけわかんねぇ。頭の整理が追いつかねぇ。
じゃあ俺は、この感情をどこに向ければ良い?
この怒りとも悲しみともとれぬ感情を、俺は——俺はどうすれば良い? どう振り下ろせば良い?
「——私、先輩に興味があったんです。
私の誕生秘話に貴方がいましたから。死という提示された結末を乗り越えた貴方に、ラプラスのなり損ないとして、会ってみたかったんです。
それで——それで私は、アヤカシではなく人間としての生活を知りました。知ってしまいました。
あんなどうでも良いような会話の数々が、最終的な『死』という結果には対して影響を及ぼさないと思っていたことが。
——私の心を揺らがせたんです。
絶対の運命支配のアヤカシに『揺らぎ』をもたらしたんです。
こんなのもう、確率魔性としては死んだも同然ですよね」
そう言いながら、穂村まりんは後退して俺から距離を取ろうとする。
「穂村、どこ行くんだよ。俺、」
俺の言葉を遮るように、穂村まりんは首を振り、
「ダメですよ先輩。
私の名前はラプラス≠ファタール。
どれだけ落ちぶれようとも、どれだけ人の世界に焦がれても——」
フリードの機体、その飛行音が近づいてくる。
そんな中——
「——先輩。
私は貴方の、宿敵ですから」
寂しげな笑みと共に、穂村まりんは——数字に塗れてどこかに消えた。
第三章『ノスタルジア縫合/ノスフェラトゥ創造』、了。
第四章『サカサヒガン』に続く。
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