第25話「バーサーク・ハクタク」
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——幕間
喫茶『サファンシー』PM12:30
——私は。穂村まりんであり黒紫あげはではない。
それは単純なロジックです。どうしようもなく、どうにもならなく、なんと言われようとも純然たる事実であり、当然私に黒紫あげはの記憶などなく、彼女に刻まれていたアヤカシの術式もなく、私は——彼女ではなく、紛れもなく私なのです。
——だというのに、どうにも彼女と重なる部分もあるらしいです。
——顔? それもあります。ですがそれは結果論です。顔が、身体が、黒紫あげはと同じなのは、私の構成要素にそのエッセンスが込められていたからです。
でもそれは私にとっては今更どうでも良いことです。いえどうでも良くはないのですね、けれどもうその側面とは既に向き合って答えを出しています。私は私として、アヤカシハンター穂村まりんとしてやることをやるしかないのです。
——ただその、困ったことに。
私は、出会った時点で既に。
根源坂開登先輩に興味を持ってしまっていました。
運命は始まった時点でもう決まっている——決まりきっている。
——そういった説が具現化したアヤカシ、仮想極級アヤカシ【確率魔性】ラプラス=ファタールの完全顕現を、死という結果を覆す形で阻んだ。
——そんな存在を。根源坂開登を、私は出会う前から心に刻み、会える日を心待ちにし、そして出会ったその日の内に——
——あ。この人、私の
……そんな風に、もう、ビビっと。感じたのでした。
私を看取るのは根源坂先輩が良いなぁ、なんて、ふふ、ロマンチックかつインモラルですね。
でも世間ではこういうのをインモラルとは言わないそうです。ちぇー、私にとっては十分えっちなんですけどー。
ということもあり、私としては根源坂先輩に一目惚れ——いやそれ以前から惚れていた?——だったので、正直なところ他の人には渡したくないなぁなんて思ってもいるのですけど、根源坂先輩は何やらまだ失恋を乗り越え切ってはいない模様。詳しくは知らないですけど、知りようもないんですけど、私と同じ顔の彼女のことに関して、先輩はまだ責任を感じている様子です。
話を聞く限りでは、別に先輩のせいってことはないので、そろそろ覚悟を決めて私が先輩の重荷を下ろさないといけないのかもしれません。
でも、私だって先輩のことが好きです。大好きです。
となるとやっぱり、無闇にデリケートな部分に触れるのは気が引けるのも事実。
難しい話です。複雑です。知れば知るほど言い出しづらいです。
——けれど一つだけハッキリしていることもあります。今の段階で、私の想いを成就させるために倒さないといけない人がいます。
——それは眼前にいます。
「………………、白咲先輩」
私は——意外と緊張しているのか耳あたりで外にはねた髪の毛を弄りながら——眼前の白咲彼岸先輩との会話を再開しました。
「……どうしたの、そんなに改まって。
まりんちゃんの好きな人、結局誰だったの?」
白咲先輩は可愛い赤い眼をぱちぱち瞬きさせながら——純粋そのものって感じの表情で私に問いかけてきます。取っ替え引っ替え表情を作っている私とは正反対かもしれません。
……やっぱり、負けたくないですね。良い人ですけど。
——スマートフォンにメッセージ通知が来た音がしました。
私にメッセージを送ってくる人というのは基本的にアヤカシハンターぐらいなものなので、仕事の話の確率100%です。
私は立場上、いつでも任務へ赴けるので、今回もそういうメッセージです。チラ見したらやっぱりそうでした。アーバンロアらしいです。あいつは私が殺します。あいつも先輩の重荷なので。
だから私は、もう店を出ないといけませんので、先輩に言うことを言っておかないといけません。
だから意を決して言いました。
「——先輩。
根源坂先輩は、私のですからね」
「——え?」
「……好きになった順番とか関係ないです。
先輩が動かないのなら——私が先にもらいます。それだけです」
それだけ言って、私はお金を置いて先に退店したのでした。
幕間、おわり
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——フリードと共に俺が向かった場所は戯画町の市民会館多目的ホール。そのステージ下の機材置き場に、アーバンロアの浸蝕結界——その入り口があり、そこから入ると結界内部は巨大な図書館の様な光景が広がっており、雰囲気作りなのか何冊か本が棚から出て浮遊していた。
さらに加えて言えばそこら中からローブを纏った謎の集団が姿を現し、俺とフリードに対してなんらかの詠唱——おそらく都市伝説の一節——による光弾攻撃を放ってきた。
「私綺麗!?」「もしもし私メリーさん!」「よろしく」「入れた!」「ぽぽぽぽぽ!!!!!」
「なんだよこいつら!?!?!? アヤカシっつーかスペルキャスターだろこれ!! アヤカシですらねーけどありなのかそういうの!??」
「おそらく結界内で生成される武具の類なのだろう。武具が自立して『語り部』として物語を紡ぎ、それを以て攻撃と成す——流石は極級、その結界だけで一個師団といったところか」
「言ってる場合か!? お前アヤカシ召喚しないと糸だけで戦うことになるぜ!??」
俺はすかさず魔剣ナイトミストを呼び出して光弾を叩き落とすわけだが、フリードは未だその予兆はない——いや糸だけは生成しているのか。それはそれで意図がわからないが。
「——まあ待て根源坂、我が永遠のライバルよ。俺もまた前より強くなったのはワイズマンティコアを見ればわかってもらえただろうが、当然【糸】の力もパワーアップしている。
——具体例は、こうだ」
そう言ってフリードは糸を引っ張り————
フリードへと迫っていた光弾を、近場にいたスペルキャスター数体が盾となり防いだ。
というより引き摺り込まれて盾にされた。
光弾の直撃を受けて消滅するスペルキャスター。……なるほど、シンプルに糸が超強力なワイヤーみたいになった。そういうわけか。
「もうその糸自体で戦えそうだなお前」
「不意をつけば今の様に上手くことが運ぶだけだ。俺の召喚術は詠唱の必要があるのでな、敵に隙を作らせるサブウェポンを自前で用意したかったのだよ」
「そういや汎用武装使うのそんなに好きじゃなかったもんなお前」
言いながら、俺は魔力で宙に浮かせた汎用武装であるところの刀剣類を射出しまくってスペルキャスターたちを屠っていた。
「俺は指に魔力を集中させたいのでな——と言っている間に魔力の充填も完了だ。
……行くぞ、合成条件は天翔けるアヤカシを含めること——今まさに三体のアヤカシが一つに混ざりて、天にて羽ばたく魔弾の射手とならん!
現れよ、天と人の混合アヤカシ!!!
——『鬼傀儡-アークスカイゼル』!!!」
そこには、コバルトブルーに金の縁取りが為されたカラーリングのメカアヤカシが飛翔していた。機械仕掛けの翼が印象的で、胸部にはビームキャノンの砲門の様なものが付いている。魔弾、あれらしい。
「紫鏡ィィーーーーー!!」
「黙れ俺はもう20歳だ!!!」
スペルキャスターの詠唱(?)に対してフリードがそう叫ぶと、アークスカイゼルの胸部ビームキャノンが激しく火を噴き——プラズマの煌めきと共に辺り一面を焼き尽くす。
これが本当の本じゃなくて良かった。戦闘フィールドとは言え、やはり本が燃える光景はあまり気持ちの良いものではないからな。
「怪談を物理的に殲滅するとは、やっぱあんたも大した腕のアヤカシハンターだよ」
「フン。ライバルに言われるのはどうにもむずかゆいな。——だが殲滅とはいかないだろう。本棚は何層にも存在する。今前方を焼き払った程度では、語り部たるスペルキャスターを倒しきったとは言えない。つまり、」
「つまり?」
するとフリードはオホンと咳払いをしてから、ちょっと嬉しそうに誇らしそうにこう言った。
「——ここは俺に任せて先に行け!」
◇
下層を、スペルキャスターの大半を無視しつつどんどん降っていく。上層でビームキャノンのエグい轟音が何度も鳴っているので、とりあえずフリードの無事は確認できており、そしてあちらもじわじわ降下してきているので、残存スペルキャスターの方はこのまま任せたい。
そういうわけで最下層。
そこは書斎の様な構造をしており、机に向かって何かを延々と書き連ねているソイツが——極級アヤカシ、【
「——おや。もう来たのですか。早い早い、まだ全然これっぽっちも頭の中を整理できていないというのに。ハクタクの流れを汲んでいたことで全能を得て極級にまで至れたは良かったのですが、情報が流れ続けているため取捨選択があまりに難しい難しすぎる。だから仕方がないので情報を絞ろう、現代の怪異トレンドに絞ろう成程都市伝説にネットロア! これは大変興味深いし遊びようもある! これでどうにかアヤカシとしての自我を保てるというもの!
——とまぁ。そんな来歴、あるいは経緯があり今の私が存在します。
私は自己を再定義したことで——噂を流布する存在となることで、自我の維持に成功しました。出力を絞っても極級は極級。私はこの溢れかえる知識の奔流に耐えながら、そうして入手した知識を以てアヤカシを生成しています。
あぁ話しすぎた。しかしこうでもしないと全能は整理しきれませんゆえ、ご容赦願いたい」
——状況と発言から鑑みるに。アーバンロア・ライドライターの精神はおそらく限界ではありそうだが、その上でどうにか出力先を安定させることに成功した様だから、このまま放置するといずれ知識の奔流とやらにも適応しかねない。
ゆえにこそ。理性と感情の双方が『ここで倒せ』と俺に叫び——俺はその心の声に従った。
「——どうやらテメーは仇らしくてな。
悪いがここで果ててもらう……ッ!」
「エンドロールは誰の手に? それは書き手にしかわかりません、ええわかりませんとも! ですが私とて興味があります。
既に終わりを踏破したあなたが、狂乱の極級アヤカシであるこの私に何を見せてくれるのかをねェ……ッ!」
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