第24話「しろいさわ」
——結論から言って、アヤカシ使いフリード・トライロードの密命は俺のレベリングに他ならなかった。
鮮凪アギトから依頼され、俺がこの先アヤカシハンターとして戦っていくにあたって必要な力を引き出す——そういった内容であった。
大きなお世話だ——とは流石に言えず、だがそれはそれとしてもう少しやりようもあったのではないか——とも思うわけで。
様々な思惑がもしかしたら渦巻いているのかもしれないそれらの状況の只中にいるのが他ならぬ俺自身だという現実に、俺はコミカルに頭を抱えることで対抗していこうと思う。
いや何。あんまり深刻に考えるすぎると却って自分のポテンシャルが引き出せなくなるんじゃないか——と、そういうスタンスでいるからなのである。
とはいえ、とはいえである。
だからと言って「嬉しいなぁ、強くなれたなぁ」などと呑気に言う俺でもない。そんなんじゃいつかスゲェ悪い奴に搾取されかねない。だから俺は毅然とした態度でフリードに色々言おうと思い——そして今に至る。
「なぁフリード」
「む? どうした我が宿命のライバルであるところの根源坂開登」
「そのビックリするほど長い言い回しはこの際置いておくが、密命の方——つまりレベリング大作戦に関しては言いたいことがそれなりにある」
「なんだ? ワイズマンティコアでは足らなかったのか? 貪欲すぎないか? だがまあ俺はお前のそういうところも評価したいと思っているが」
「誰もそこまでいってねぇよ!?
そうじゃなくてそのワイズマンティコアが殺意モリモリメメントモリだったことに対して色々言いたいんだよ俺は」
捲し立てる俺だがフリードは両腕を腰に当ててなんかカッコつけて構えるだけであり、なんかやっぱ微妙に会話が成り立っていない気がしてならない。
「その殺意モリモリメメントモリって言い方ちょっと良いな。俺も今度使ってみよう」
「そこじゃねぇんですよォ!
俺が言いたいのはな、レベリングが主目的なのにあれじゃウッカリ俺死んじゃったかもしれんだろってことなんだよ。死んだら元も子もないわけじゃん。お前別にそこまで無計画じゃないだろ? だからどういうことだってばよって聞きたいんだってばよ」
そんな感じで、思うところをしっかりどっさり言ってみたわけなのだが、フリードは特段表情に変化を見せることはなく、右手を顎に当ててしばし思案に耽った後、
「——いや、あれぐらいやらないと本気出さないだろ根源坂」
「——————」
などと、困ったことにわりと図星なことを言われてしまった。
本気。
そうさな。確かにあまり出したことはない。ていうか出す時というのは文字通り死に物狂いで喰らい付かなければならない時であり、それは本当に生きるか死ぬか、やるかやられるか、守れるか死なせるか——とまぁ、そういったタイミング、局面であり、正直なところそういう状況や心境になることを望んでいないため——結果的に本気を出すことそのものを遠ざけている節は確かにあった。
怖いのかな、怖いのかもな。
俺だって恐怖心はある。死への恐れも、喪失の恐れも、敗北への恐れだってある。
本気を出すというのはつまり——そういう状況に身を浸すことに他ならず、俺の心を軋ませることにも等しい。
俺は——きっとまだあの日から、完全には抜け出せていないのだろう。
いつかの夜、あの霧の夜。
恐怖に震えながらも、彼女をあのトンネルから外へ連れ出そうとした——あの日。
あれは——今の俺にとって始まりの夜であると同時に、
——今の俺が最も恐怖する原点でもあった。
……ああクソ。思い出したくなかった。
あの時から俺は、前に進めたのだろうか?
いつも失ってばかりで、それであの時掴んだものさえ俺は————
昔の記憶が、俺を内側から浸蝕する。
それは喪失の記憶。黒紫あげは以前の、喪失の記憶。
——沢。霧。手についた血。
——俺はあの日、白咲彼岸を——
その光景を、出来事を思い出す前に、俺は咄嗟に意識を現実に引き戻した。
あれは何度も思い出すものではない。あれは今の俺にとって戒めであると同時に、行動原理でもあり、恐怖の根源でもある。
それを無闇に開くのは憚られた——ただそれだけである。
「——どうした根源坂。我が宿命よ。何か思うところでもあったか?」
フリードの声で完全に意識を現実へと引き戻すことに成功したので、俺はどうにか話を元へと戻すことにした。
「……別になんでもねぇよ。ただまあ、ちょっとボーッとしたのは事実だ。すまん。
——けど、それで、俺をこのタイミングでパワーレベリングしたのには、やっぱなんか意味があるのか?」
順序立てたレベリングというよりは、一刻も早く俺の練度を高めようという意思を感じたのだ。実際、俺の術式精度は、先刻の戦いによって急激に高まったので、これはもうパワーレベリングと言っても差し支えないだろう。
そしてそこまでのことを今しなければならない理由もまた、あるのだろう。
鮮凪アギトは強力な空間把握能力を応用して魔力解析すらできる。
その鮮凪アギトが、今、俺をここまでの練度にする必要を感じる何かが——戯画町に迫っている。
あるいは——もう来ている。
そこまでは容易に想像ができた。
「……うむ。実際、目下のところ早急に、加入的速やかに対応しなければならない極級アヤカシが存在していてな。
だが鮮凪氏は今別件で——ヨーロッパ方面のアヤカシ討伐に緑川氏と赴いていてな」
「急に字面が仮面ライダーじゃん。
——じゃなくて。
……極級アヤカシか。それぶっちゃけ俺らで討伐——どころか対抗可能なのか?」
「——不可能ではない。とだけは言っておこう。なにせ、根源坂——お前は、アヤカシを含めて尚、特異な術式を会得しているんだからな」
……そうか。
サカサヒガン由来の術式獲得者が俺だもんな。
かつて幻の存在とされた極級アヤカシ——【反転概念】サカサヒガン——それを喰らうことで結果的に討伐したのが俺なのだから、術式を引き出せば極級にも引けを取らない術式だけは行使できる。そういうことなのだろう。
だから、俺には——極級規模のアヤカシであろうとも討伐し得る可能性がある。と、鮮凪アギトはそう言いたいのだろう。
「……まぁ良いけどさ。
そこまで一刻を争う事態なのか? いやそりゃ危険なアヤカシを放置するのは俺だって本意じゃない。けど、無駄死にするだけなら、鮮凪アギトの帰国を待ってからの方がまだ勝機はあるんじゃないか?」
そんな風に、俺なりの見解を述べたところ、フリードはこう返してきた。
「——そのアヤカシは【噂】を操る極級であり、鮮凪氏曰く、噂を植えつけた対象から新たなアヤカシを創造する能力を持つらしい」
「——————————!」
——俺の中の冷静な部分が、
「それは人をアヤカシに変えかねない存在だ。放置は危険すぎる」と語り、
——俺の中の感情的な部分が、
「そいつはどう考えても仇だ。今殺さないでいつ殺す?」などと、あげはが聞いたら悲しみそうなことを叫んでいる。
そんなほぼほぼ対処の方向性だけは一致した並列思考の果てに、俺はどうにか言葉を紡ぐ。
「——そのアヤカシ、名前はわかるか?」
俺の問いに、フリードは「諜報部隊に感謝すると良い」と前置きをして、ついにその名を口にした。
「——そいつの名は【
——全知の奔流に脳を浸され、あらゆる物語を強制的に理解した——元はハクタクの流れを汲むアヤカシだ。
それが今——この町で何らかの実験を行っている」
——繋がった。繋がっていく。
様々な出来事と、嫌な予感とが——一体のアヤカシを起点に、螺旋のように絡まっていく。
「——そいつの潜伏場所はもう掴んでるんだよな?」
「——絞り込みは既に完了している。
……行けるか?」
「——当然だ。そいつは俺の獲物だ」
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