第21話「諸刃」
私——白咲彼岸は今、なんと言うかものすごく心の中で大号泣でした。
ああなんと言うことなんでしょう。私ってば、またやってしまいました。根源坂くんへまたしても冷たく接してしまいました。どうしてこうなってしまうのでしょう?
この前、寝不足でボーッと登校していたら途中でズッコケてしまったらしく、そこを根源坂くんが介抱してくれたこともあり、お礼を言うだけではなく、何かお礼の品でも渡そうと——オシャレ喫茶店であるところの『サファンシー』へ赴いて、お茶菓子セットとか買ってみようかしらなんて思いながら入店したらその直後に根源坂くんが後輩の穂村まりんちゃんを連れて入ってきたのだからさぁ大変。私はテンパってしまっただけでなく、穂村まりんちゃんが根源坂くんの彼女なのだと勘違いしてしまったために、あのような嫉妬心ダダ漏れマシンガントークをしてしまいました。
あぁなんということでしょう。私、慌てた挙句に根源坂くんへ罵詈雑言のオンパレードをぶちかましてしまいました。嫌われていないでしょうか? 私とっても心配です。根源坂くんはあれですごい優しい人なので、案外全然大丈夫なのかもしれませんけど、とにかく他ならぬ私が心配でしょうがないのでした。
あぁ困りました。ストレスです。そしてストレスのせいかは分かりませんけど、クソデカ・パフェを穂村まりんちゃんと一緒に注文してしてしまいました。私たちは——食べきることができるのでしょうか?
ふえぇ、前途多難で今にも泣きそうで
「白咲先輩! なんかよく分かりませんけど、今すっごいこの世の終わりみたいな表情してましたけどどうしたんですか!? 終わってませんよ!!」
「——へっ? あ、あぁええそうねその通りだわ。全くもって、これっぽっちも、微塵も終わってなかったわね。ごめんなさいね穂村さん。私ってばちょっと考え事をしてしまっていたみたい。パフェももうじき来るものね。そろそろ準備をしないといけなかったわね」
危ない危ない。意識が完全に内側へと向いていました。白目剥いていたかもしれません。恥ずかしいです。穴があったら入りたいです。大変です、また考え事を始めてしまいそうになっています。なんとしてでも落ち着かねば——
「あのぉ、先輩? やっぱその考え事ってぇ——
——根源坂先輩のこと、ですよね?」
「ブッフォオ!!」
水を噴き出しました。机がびしょ濡れです。落ち着いた雰囲気の喫茶店内部で、私のドデカい噴き出しボイスが響き渡りました。
恥ずかしいです。引くほど恥ずかしいです。たぶん今すごい耳赤いです。色んな意味で恥ずかしいからです。
「——うわぁ、なんて分かりやすいんでしょう。
まぁ良いや。じゃあ白咲先輩から見た根源坂先輩の良いところとかおもしろいところとか聞いちゃいましょうか。うひひ」
大変です。穂村ちゃんがすごい悪そうな笑みを浮かべています。私これからどうなってしまうのでしょうか。
やっぱり上手いこと理由をつけて、根源坂くんもここに同席してもらうべきでした。今更ながらにそう思う私なのでした。
幕間、おわり。
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フリード・トライロード。俺よりやや歳上のアヤカシハンターにして、特殊部隊の一員である。
特殊部隊と言ってもなんならアヤカシハンター自体がもうだいぶ特殊のそれなので何度聞いても「言うほど特殊部隊じゃないだろ」とは思うのだが、それはそれとして特殊部隊なのである。
部隊名は【諸刃】。
力を我欲のままに振るい始めたハンターを狩る部隊。自陣の裏切り者を処理することをメインとするゆえに、諸刃と呼称されたのである。
尚、この場合の裏切り者というのはハンターどころか人類の裏切り者ぐらいのニュアンスになる。恐ろしいね。
とはいえ、別にそこまで裏切り者が発生するわけでもないので、基本的には周辺の浸蝕結界への強行偵察などを行うことが多い。
【諸刃】に選ばれるハンターは、シンプルに腕が立つことが条件の一つとなっているため、偵察などもお手のものなのであった。
当然他にも条件はあるのだが……まあ割愛しておこう。
で、そんな【諸刃】所属ハンターのフリードなのだが、なんか知らんけど俺のことを勝手にライバル認定しており、それでこういう態度を見せてきているのだ。
「我が宿命のライバルであるところの根源坂開登。俺は今、とある密命を受けてここに来ている」
「それ言っちゃって良いの? なんかコンプライアンスとかそういうのないの?」
「フ、流石だな根源坂開登。だが甘い、甘すぎる、ミスってメープルシロップをぶちまけてしまったパンぐらい甘いぞ根源坂」
「わかりづらいっていうか回りくどいんだよ例えが。もっとこう甘いの例えにもスマートなやつあっただろ」
「そんなことはどうでも良いのだ根源坂。俺はとにかくとある人物からの密命を受けて、今、ここに、来ている。そういうことだ。これが何を意味しているかわかるか根源坂?」
「お前のテンションが鬱陶しいことだけはよくわかるぜ」
俺はフリードのテンションが面倒臭いので、いつもこのように雑な対応をしているのだが、どうにもこうにも上手くいかない。なんか知らんけどコイツは昔から俺によく絡んでくる。なんか勝手にライバル視してくる。あっちの方が2歳ぐらい歳上と言ってもハンターとしては同期なので、まあそこらへんが理由なのだろう。たぶん出世バトルとかしたいんだと思う。俺はそこまで向上心がないので、巻き込まれて困るぜなのだが。
「で、フリードはどういう密命を受けてきたの」
「残念ながらそれは言えない。密命だからな。
だが! おっと! 一つお前に聞いておきたいことがある。
——ここら辺、今都市伝説型のアヤカシが増えていないか?」
俺がフリードを見限っていない理由は至極シンプルなもので——性格以外は信用できるからだ。
俺との相性はともかくとして、この男はこれで【諸刃】に選ばれるだけあってかなりの腕であり、理由は知らないが尋常ではない組織への忠誠心の持ち主であり、とにかくそう言った要因もあって、仕事絡みの話は至極真っ当であった。
コイツのノリ自体は本当に鬱陶しいのだが、仕事の話に入った瞬間かなりスマートな物言いになるため、俺も流石に真面目なテンションにならざるを得ない。
ので、俺が現状持っている情報を開示する。
「そうだな。エリカさんの情報も含めてになるけど、下級〜中級クラスのアヤカシが増加していてな、その中でも都市伝説型が過半数だな。
さっきも人面犬タイプとか口裂け女タイプのアヤカシと戦ったし、なんかネット怪談で見た感じのやつもチラホラいたな」
「ふむ。都市伝説型の方なのだが、普段はどれぐらいの割合だ?」
「二、三割ってところだな。ここまでは多くなかった。——ていうかやたらと都市伝説型のアヤカシが増えた結果割合に変動があったってことなんだろな」
——そう。
ここのところハンター半引退みたいになっていた俺が偉そうに言えることではないが、それでも「都市伝説型が増えた」という話はエリカさんから聞いてはいた。
俺の見立てでは、時代の変化に伴って、アヤカシの勢力図も今風になったのだろう——とかそういう感じだったのだが、特殊部隊のフリードが来たとなると、そこまで単純な話ではないようだった。
「……なるほどな。
根源坂。俺が来たという時点で、聡明なるお前ならば察しがついたかもしれんが、今この町——戯画町で、都市伝説型アヤカシが異常発生している。これまで、ここまでの割合であのタイプが出現したことはなかった。少し不自然すぎる。——おそらく裏で糸を引いている者がいる。
そう言った上層部の判断で、俺は派遣されてきたわけだ」
——なるほど。確かにそうかもしれない。エリカさんはここまでハッキリとは明言しなかったが、情報を上層部に伝えたのは確かだろう。その結果として、こうしてフリード・トライロードが戯画町にやってきた。そういうことなのだろう。
それはそれとして、である。
「事情はよくわかったんだけどよ。
とある密命ってやつ、全バラシって感じだけど良いのか?」
俺が純粋な疑問と心配とをごちゃ混ぜにした気持ちのままそう口にしたのだが、フリードは特に驚いた様子もなくこう続けた。
「忠告感謝する。だが甘いぞ根源坂。俺はそこまでドジっ子ではない。『やっちゃった! てへ♡』みたいな感じでは断じてない。俺は萌えキャラではないのでな」
「その言い回しがもう若干萌え要素になりつつあるんだけど、まぁそこは良いや。
今の口ぶりから察するに、密命とやらは別件ってことなんだな?」
俺がそう言うとフリードは若干悩ましげな表情を浮かべつつ、
「それはそうなのだが、ただまあ完全に無関係かどうかはまだなんとも言えずと言った感じでな」
「なんだ回りくどいな。いつものお前らしくねーじゃねぇか。もっと自信満々に言ってみろって」
「そうだな……うぅむ、ならまあ、致し方ない」
そう言うとフリードは50メートルほど先にある廃工場を指差し、
「あそこで話そう。実際、根源坂、お前には人目につかない場所で話さねばならなかったからな」
で、廃工場に到着したのだが、その内部でフリードはこう言ったのだった。
「——根源坂開登。
今ここで俺と戦え!!」
「ライダーバトルじゃねーんだぞ!?」
急に日曜朝の雰囲気が現れたのだった。
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