第20話「イケメン仕草、発動せず」
接敵終了。相手は推定上級アヤカシ——名をアーバンロア・ライドライター。巨大な巻物を武器に使っていること以外不明瞭な存在ゆえ、協会に報告する以上にやれることはほぼないに等しい。
とはいえ、とはいえである。
今回は少しばかり——要は、例えばだがブラッドソード・プラウドハート戦とは違う点もあった。
俺は穂村まりんの方へと視線を向ける。
ムスッとしている。穂村は、彼女と同じ顔で、なんかすげームスッとしている。
今は帰りの道中なのだが、とにかく不機嫌で無期限なのかと思ってしまうほどにイライラしている。
なんならちょっと頰をプクッと膨らませている。なんなんだろうな、ちょっと悔しいことに、コイツは黒紫あげはではないと言うのに——なんか可愛いなと思った。
「……なぁ、穂村」
「……なんですか。私今すごい機嫌悪いんですけど。たとえ先輩といえど、今なら引っ掻くことも厭わないですよ」
——猫か? 猫なのか?
そのようなツッコミが脳裏をよぎるもそれを却下する俺。冷静、冷静である。
実際今の穂村は変に刺激すると本当に攻撃してきそうなので、兎にも角にも俺は今大変冷静に沈着に、つまり冷静沈着にことの成り行きを伺っているわけなのだが——
いやそれでかれこれ三十分経っとるんやろがい。それで何か話すかってなった結果が今の猫トークだったんだろうがよい!
というわけなので、そろそろいい加減にナイスなアイデアを思いつきたいなと、そんな風に思っているのだが、まーーーーーーこういう時っていうのは大概そういうグッドアイデアが浮かんでこない。俺の浸蝕結界の霧ぐらいモヤモヤしている。俺の心もモヤモヤしそうだ。いやしてるから結界がああいう感じなのか。ギャハハ!
——じゃないんだよ。早くなんか思い付かなきゃなんだよ俺。わかってんだろ俺。
だがしかし、だがしかしである。そんな簡単に思い付いていたらこうはなっていないわけなんですよね。わかってんですよンなこたぁよ。
でもそんなこんなで思考がループするのもよろしくない。これあれかもな、糖分が足りてないのかもな。となればそうだね、とりあえず甘いものでも食べようかな。
そう思って俺は周囲を見回す——お、良い感じのオシャレな喫茶店を発見。あそこにしよう!
「——時に穂村。お腹空かないか?」
「…………なんですか? くれるんですか、奢って」
「あんまり聞かないタイプの倒置法来たな。
でもまあ良いよ。俺これでもハンターとしてそこそこ稼いでるからな」
言いながら俺は喫茶店『サファンシー』を指差す。アンティークな感じの古風な喫茶店だ。前に一度白咲と来たことがあり、オシャレすぎて俺はまあまあ借りてきた猫みたいになっていた。お、猫繋がり。猫コンボだな!
「——先輩。そこのサ店ですか?」
「ああ。そこのサ店だ。嫌?」
「あそこは確かパフェがやたら美味しいと評判ですからね。なんかすごいデカいパフェあるらしいので、一緒に挑戦しませんか?」
などと、目を輝かせながら言う穂村。ノリノリやんけ!
まあ、機嫌を直してくれたのなら、俺としても嬉しいんだけどね。
「——よし。やるか。今の俺は戦闘直後でまあまあ臨戦態勢な上にお腹も空いている——いける……ぜ!」
「うおおおおお私たちのパフェ・バトルはこれからですよォォーーーーー!!」
二人して意味わからんテンションでサファンシーへと突撃する。前世はイノシシだったのかもしれんね。
で、サ店に入ったのだが。
「あら。根源坂くんじゃない。こんなところで会うなんて奇遇ね。どうしたの? 根源坂くんがそのちっぽけで矮小で短小な度胸でこのオシャレ喫茶に来れるとは微塵も思っていなかったのだけれど、今日はどういう風の吹き回しで、どんなプランのデートなの?」
——入り口で、ちょうど入店していたらしい白咲彼岸と出会し、いきなり俺の心にドスドスなんか言葉がブッ刺さっていた。
あ。良くないですそれ。なんか、【
ていうか怒ってますよね白咲さん!?!?!?
「先輩。たぶん私たちがデートしてると勘違いされてますよ」
あまりにもわざとらしい耳打ちをしてくる穂村。やめろ。なんか、嫌味っぽくなるだろ!
「あら根源坂くん。私に気を使う必要なんてないのよ。全くもって、これっぽっちも、何一つ、私に遠慮することなんてないじゃないの。あなたはあなた、私は私。それだけのことじゃないの。
それとも何? あなたはそのデートを私に見せることに何か後ろめたさのようなものを感じているのかしら? だとしたらそれは余計なお世話で要らぬお節介というものよ。私、別に怒ってないしメチャメチャ心が強ぇのよ。そしてタフなのよ。タフ、タフ、タフなのよ。だからあなたが誰に何を遠慮しているのかさっぱり皆目見当もつかないのだけれど、私はホントにどうでも良いのよ」
いやメチャメチャ怒っとるやんけ……!
なんなんだよこれ! 俺本当に何したのねぇ! ちょっと助けてくれ穂村! そう思って、助け舟欲しすぎワロタって感じで穂村まりんの方へ顔を向けると、
「先輩さぁ。私も流石にため息ものって感じですよ」
「穂村まりんお前もか!?!?!?」
なんか知らんけど穂村までやや冷めた目つきで俺を見ている。
やめろ! そんな目で俺を見るな!
くそっ、何がどうなってんのかよくわからんけど、とにかく俺がどうにかするしかないらしいので、空腹と糖分不足でポヤポヤしている脳をフル回転させて俺はとりあえずなんらかの弁解をすることを決意!
「……あの、白咲? たぶんお前は何かしらの勘違いをしていると思うんだけど、俺は別にコイツと付き合っているわけじゃないし、これもデートってわけじゃない。……たまたま出会したから、ちょっと喋ってそれで流れで『じゃあ軽食でも行くか』って、それぐらいの——」
——これデートじゃない?
まごうことなきデートじゃない?
「……根源坂くん。そういうの一般的にデートって言うと思うんだけど」
やっぱりそうだよね!?
あれ俺もしかして墓穴掘った? なんか地面からそれを示す感じの指が俺を指し示してない!?
「先輩。私たちってそういう関係だったんですか?」
俺それどう答えるべきなの!?
否定すれば良いの? なんか穂村お前さっきぐらい機嫌悪くなってない? 俺これ何すれば正解なの!?!?!?
「おっ、俺ぇ! 別にデートのつもりもなくてぇ! 別に付き合ってもなくてぇ!」
——あ。これノベルゲーだったら終わってたな。
そう思った時にはもう遅い。
俺は二人から同時に「最低ね」「最低っすね」などと言われ。心の中で大号泣。
「穂村さんと言うのね。あの朴念仁は放っておいて一緒にクソデカパフェに挑戦しない?」
「お。良いですね。あのアホ先輩はとりあえず反省してもらっておくとして——今日はせっかくの日曜日ですからね。デッカいパフェとの最強決戦と洒落込みましょう!」
俺を放置して店の奥へと入っていく白咲と穂村。
なぁあげは。俺なんかやっちゃいました? やったんでしょうね。たはは、俺は顔で笑って心で泣いた。
◇
——ということもあって、俺は一人で頭を冷やしつつ超絶脳内反省会もしながら戯画町の住宅街を歩いていた。要は帰路についていたのだが、それにしてもやはり気がかりなことはいくつかあり、引っかかるワードも当然あった。
敵意剥き出しの穂村、アーバンロア、そして——
「————噂。【噂】、ね」
アーバンロア・ライドライターが口にした“それ”。普段なら気にしすぎだろうと忘却決定で記憶の彼方にぶん投げていただろうが、アヤカシが言ったとなると話は別だ。
——おそらく、ほぼほぼ確定でアイツは、アーバンロアは、噂を操るアヤカシだ。
だとすると、嫌でもその可能性が脳裏をよぎる————
「あげはにラプラス=ファタールを埋め込んだ張本人——アイツか?」
噂の集積でアヤカシが形を得ることはあっても——噂だけでアヤカシが発生するとは思えない。それには相応の術式が絡んでいるように思えてならない。そうでなければおかしい。異界でのみアヤカシが発生するロジックを歪めるには、それなりの術式が必要なはずだ。それこそ、在り方の一部を反転させるサカサヒガンのような——
……なんとかもう一度、アーバンロアと接触しないとな。そう思う俺——その背後の歩道橋から、何者かからの視線を感じ取る。
俺はそいつを。銀髪に赤い差し色をしたその青年を、知っている!
「——お前は!」
「フン、何か困っているようだな根源坂開登。
——我が宿命のライバルよ!」
そいつが——アヤカシ使いフリード・トライロードが、まあまあ変な奴であることを、知っていた。
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