第19話「練り直し」
——都市伝説。あるいはアーバンレジェンド。
現代においてそういった怪異譚は概ねインターネット上に跋扈することが多く、実際いわゆるネットロアとして有名になった物語も多い。
基本的にそれらは創作物として受け取られており、というか実際そうなのだが、どうしてだかアヤカシの中にはそれら都市伝説やネットロアの怪異に似通った形状の物が存在している。
とはいえ、とはいえである。
そもそもの話だが——それ以前から存在しているアヤカシとて、たとえば日本では鬼だったり河童だったり小豆洗いだったり、そういった民間伝承に語られている妖怪の類に近い存在が出現しがちである。
実際問題、昔は本当に鬼や河童などが存在していたのか? そこについては定かではない。
だが少なくともそういった伝承は存在しており、それらに近い形状のアヤカシは今もまだ存在している。
——つまり、都市伝説やネットロアの怪異、その中でも著名な怪異や、複数の話で何度も語られている怪異に関しては、やはり同じようなロジックでアヤカシの形状に影響を与えていると言えそうだ。
理由も理屈も不明確で不明瞭。だがしかし、確かにアヤカシたちは——俺たち人間が語っている伝承類の影響を受けているようだった。
卵が先か鶏が先か。そんな話なのかもしれない。いずれにせよ、アヤカシたちというのは、出現地点こそ別次元なのだが、少なくともこちらの世界に結界を接続させた時点で、その姿を俺たちの世界の伝承に寄せている——という可能性はありそうだ。
——などと最強考察をしてみたのだが、ぶっちゃけた話、これだって他人の受け売りだ。
エリカさんもこの考えを支持しているし、斬月さんにいたってはこの説について研究しているらしい(なんでもできすぎだろ斬月さん)。
加えて言うならば、過去に捕獲したアヤカシはその辺りの自覚はなく——物心ついた時にはこの姿だったと供述している。
実際問題、俺が生まれるより前に都市伝説がこの国で流行った際に、この説を提唱した人がいたらしく、それが過去にも波及して、なんやかんやあって『アヤカシの正体は不定形の情報集積サイバネ存在説』まで出てきたらしい。要は未知の超技術文明が、こちらの文明に接触するために生み出したコミュニケーションツールがアヤカシだという説らしい。俺は嫌いじゃないが、ちょっと飛躍しすぎだと思うのもまあ正直あるにはあった。
で、なんでまたこのような話をしているかといえば、俺と穂村が、そこら辺の弱小ダンジョン——下級アヤカシたちが集まって、魔力濃度が高まったことでできた簡易ダンジョン——を爆散させまくっていた際、その何個目か(10個目ぐらい?)の最深部で、妙な男と出会ったからであった。
その男は、眼鏡にトレンチコート、そして長い茶髪が印象的で——痩せた青年だった。
だが——その魔力量は尋常ではなく、とどのつまり間違いなく見違えることなくソイツはアヤカシであった。目に見える魔力出力だけでも、上級以上であることは確かだ。
「うわ。どうします先輩。この結界の主人たちにとってはアイツもよそ者でしょうけど、それはそれとしてアウェーなのは私たちですよ。上級以上+雑魚の群れ、これがゲームなら結構アツい感じもしますけど、残念ながらリアルではゲームほど楽しい一辺倒でやれることでもなし、状況次第では撤退もやむなしかと」
などとシリアスなことを言う穂村まりんだったが、なんかちょっと鼻息が荒かった。マゾヒズムに俺を巻き込むな。
「お前が俺からなんらかのツッコミを引き出そうとしているのはよくわかったし、お前が全然逃げる気を抱いていないことも重々承知だから安心していいぞ」
「えー、ノリ悪いですよ先輩。そこは『って、そんなこと言いながらまた強敵に殺されそうな状況に興奮してるんじゃねーか!』とかツッコミほしかったんですよ。私と先輩の仲じゃないですか。『ってオイィィィィ!』とか言ってほしかったんですけど」
「お前が全部言ってんじゃねーかよ。つーかもう接敵してんだよ俺ら。寸劇やってる場合じゃねーだろーがよ」
と言って穂村の頭を軽くはたく俺。結局寸劇に乗ってしまった形になるが、まあ必要経費としておこう。
「痛いです先輩。ドメスティックバイオレンスですか?」
「いつから家庭を持ったんだよ俺たち。後そんなこと言われるようなはたき方してないだろ。叩いたってより高速で撫でたに等しかっただろ今の」
俺もパワハラとか言われたくないので、後やはり彼女と同じ顔をしているのもあって、痛いと感じるようなことはしないでいた。
「あー撫でた。なるほど確かに今のは、ほのかな優しさと後なんだか不思議と遠慮がちな触り方を感じました。あ。いや、別にこの『感じました』はなんかエッチな意味ではないですよ? でも果たして先輩はどうだったのでしょうか?」
「どうもしてないからな? 状況見ろって言ってんのよ俺は」
「チッ、ノリの悪い先輩ですね」
「タチの悪い後輩だな」
「「フッ——アハハハハハ!!」」
笑い合う俺たち。知らない間に芽生えていたらしい、絆パワーが。
「——さて。笑ったところでそろそろ聞こうか」
言いつつ俺は、アヤカシの男へと魔剣【
男の背後にはこの結界の展開者である下級アヤカシが7、8体。あれの内過半数を撃破すれば結界は維持できなくなり崩壊するだろうが——それでは残りを野に放つことになってしまうため、アヤカシの男を無力化してから安全に全滅させたい——そういう腹づもりであった。
それゆえに俺はまず男の出方を伺って、最適解を出そうとしていたのだが————
「——聞くとは? 私が彼らの庇護者かどうか、そういう話かな?」
「まぁ、それもあるな」
「それに関しては——」
言いながら、男は魔力で生成した2メートルほどの筒——否、巻物を数本天井付近から落下させ、アヤカシの群れを押しつぶした。
「——答えはノーだ」
男は、簡易ダンジョンが崩壊していく中、眼鏡の中心に指を当ててそう言ってのけた。
「——あんた。何が目的だ? この結界を乗っ取りにきたのか?」
元の場所——高架下——にて、俺は男に改めて問いかけた。
「乗っ取る? いいや? 今朝からダンジョンを破壊して回っている、激コワなアヤカシハンターがいると聞いてね。一体どんな奴なんだろう、アヤカシたちのネットワークでここまで話題沸騰な——噂のハンターはどんな戦い方をするのだろう。
とまぁ、そう言ったことが気になってきてね。移動コース的に次はここだろうなぁと推測して、実際に観測してみよう——とそんな気持ちでここに先回りしていたわけだよ。
で、色々わかったので、ここのアヤカシはもういらないなぁと思って、今挽肉にしたんだよ」
——妙なアヤカシだ。と、俺の率直な感想はそれであった。
自身の結界でテラフォームを目論むわけでもなく、なんなら同族殺しをも厭わない——あまり気分の良い相手ではない。
底が見えたらさっさと倒した方が良いな——そう思って武器を持つ手に力を込める。
——が。
「——いや、今日のところはこれで退散とさせてもらおう。少し懐かしいものも見られたのでね」
「——待てよ。逃すと思うのか?」
「ご冗談を、根源坂開登くん。
——人を殺さずアヤカシを殺しただけの私を殺すと言うのかい?」
「————!」
「ま。私としても練り直しの成果をもう少し見たいのでね。状況証拠が揃うまで——お互いに不干渉といこうじゃないか」
やたらと大袈裟な身振り手振りをしつつ、それでいて油断なく予断のできない量の魔力を放ちながら——その男は去っていく。その間際。
「——でも自己紹介ぐらいはしておこうかな。
……私の名前はアーバンロア・ライドライター。ただの噂好きの、物好きさ」
どうしてだか心に引っかかる、妙な言葉を残していった。
「——先輩。私アイツ嫌いです。珍しく、殺してやりたい気分ですよ」
「……穂村」
——だがそれよりも、穂村まりんの妙な憤りに、俺は薄ら寒さを感じていた。
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