第三章『ノスタルジア縫合/ノスフェラトゥ創造』
第18話「地元では噂されている」
——むくり、と起きる。
午前4時半。起きるのにはまだ少しばかり時間が早い。こんな時間に起きたのは、ついさっきまで見ていた夢が原因だろうか。
——あの日のこと、黒紫あげはとの出会いと別れの一日を、今でも夢に見る。
どうしたって、忘れられない。忘れられるはずなど、ないのだから。
だからきっと、この先も。俺は夢に見続けるのだろう。彼女を、黒紫あげはを。
けれど、それでも彼女には『幸せに生きろ』と言われたので、俺はそれを全うできる生き方を、俺なりにやってみようと、そう思い、
「——流石に朝早いしとりあえず二度寝だな。寝不足でテンション低いのも幸福度に影響がある。三十六計眠るにしかず。そういうわけで——おやすみ!!」
あげは、俺ちょっとは気を抜けるようになったかな?
しんみりとそのようなことを思いつつ、まだ迷走してるかもなとも感じつつも決意の二度寝をはじめようとしたのだが——
「窓の外からグッモーニン! 私ですよ先輩! あなたの穂村まりん17歳! こんな時間に2階の窓から何の用!? とか言いたいでしょうが諦めて! 私今ちょっと多忙ガールでして! 起きたら呼ぼうとスタンバッてました! というわけで先輩中に」
「——夢か。夢だな。おやすみ」
「——あちょっと! 待ってくださいって寝ないでください先輩ってばぁ!!」
——なぜかあげはにそっくりなソイツの声をBGMにして、俺は追加で1時間半寝たのであった。
(部屋には入れてあげた)
——第三章
『ノスタルジア縫合/ノスフェラトゥ創造』
——で、なんやかんやで午前7時。
朝食のパンを食べる俺とエリカさんの前で、ソイツ——穂村まりんは何やら熱弁していた。どうでもいいが今日は日曜日。もうちょい寝させてほしかった気持ちもある。
「でですよ。あのクソ吸血鬼、名前なんでしたっけダークソードでしたっけ」
「それだと遊戯王カードなんだよ。ブラッドソードな」
「ああそれですそれ。ブラッドソード。あのあんちきしょう、眷属は軒並み先遣ハンターの皆さんによって倒されていたと思っていたんですけどね、どうも一体取り逃したっていうか、あの時点ではまだ眷属化していなかったっていうか、そういう見逃しがあったみたいでですね」
「ああ、私の方にも今メールが来たよ。協力要請だ。今日は非番だったんだけどね」
休日中のエリカさんへの連絡となると、その逃げた眷属——要は吸血されて吸血鬼型アヤカシへと変貌した元人間——は、それなりに気配隠蔽能力に長けていると推測される。
エリカさんは全盛期ほどではないにせよ、広範囲の魔力検知ができる。
とはいえ魔力の質だけでは実のところハンターかアヤカシかまでははっきりとはわからない。わからないのだがそれでも基本的には上級アヤカシの方がハンターより保有魔力量が多い。俺や鮮凪アギトのような例外はいるが、基本的にはそうである。
ならばその量で絞り込めば良いのかと言えばそうでもない。知恵の働くアヤカシは、戦闘時や結界による浸蝕時以外の魔力放出量を抑えることもできる。エリカさんがエリアごとに高精度サーチをかければいずれ詳細も突き止められるのだが、エリカさんは複数人存在しないため、どうしても時間がかかってしまう。そういうこともあって、知恵の働くアヤカシには手を焼いており、俺や穂村のような実働部隊がローラー作戦めいた現地調査を行うわけであった。
その眷属もおそらくはその手合いなのであろう。眷属化してすぐそこまで能力を使いこなすあたり、よほどのセンス持ちだったか或いは——
「エリカさんの索敵術式が必要で、尚且つ眷属化という特殊ケースでアヤカシ化してすぐの人間——これさ、事情通の協力者がいるよな」
でないとこの適応は説明がつかない。そう思っての発言であった。
「うわ先輩すごいですね。寝起きでその頭のローリング。常に糖分補給してるんですか?」
「だったらとっくに糖尿病だよ。ご飯食べてるからだんだん頭も冴えてきているだけだと思う」
言いながら俺は食事を終えて、スマホでSNS『シャベックス』を開ける。
------------------------------
ゲゲゲ @kokoroniBlade
エ!?
本当にサッキー行方不明なんですか!??
ニャア・あずにゃぶる @imahaiinosa
認めたくにゃいものだニャ。
フォロワーのダンジョン探索を
斬月ちゃん @SuiKaban
みんな何を言ってるの〜〜?
疲れてるのかな
------------------------------
なんか斬月さんみたいな人が見えたが、これはきっとアヤカシ絡みの内容を上手いこと誤魔化しているということなんだろうけど、それはそれとしてアイコンがどう見ても女の子だ。
ネカマなのか!?
「お、斬月さんいるね。
開登は知らないかもだけど、それ娘さんね。
レイジさんはシャベックスやってない。流石に娘さんのアイコンでネカマはやってない」
「……だよね。そうだよね、焦ったよマジ」
「でも会うたび娘さんの写真は見せてくる。あんたもプライベートで会う時は長話に気をつけるのよ」
そう言うエリカさんの顔は、何となくやつれて見えた。そんな長いの?
——と言うか。である。
……サッキーというのは、俺の方でも察しはついていたが、クラスメイトの
——毎度のこととは言え、慣れるものではない。ましてやクラスメイトである。それなりに親交もあった。
……こういう事態を避けるために俺は街中を走り回っているので、このような結果が提示されてしまうと、やはり内心穏やかではいられなくなる。
「——わかった。何にせよ、その眷属が上級アヤカシ相当にまで成長してしまわないよう、今のうちに倒す。そういうことなんだな穂村」
「ま、そういうことです。
残念ながら、アヤカシになってしまった人間を元に戻す方法は未だ確立されていませんからね」
そもそも、基本的に人間がアヤカシになるということはない。吸血鬼型アヤカシによる眷属化——こういった例外を除いて、アヤカシは基本的にこの世界とは異なる次元で発生している。
まだこちらから浸蝕結界の発生ポイントを見つけられたことはなく、なんなら当のアヤカシですら発生地点が自身の浸蝕結界内部と過去に供述しており——具体的にどこへ繋がっているのかはわからない。
そもそも、物理法則が現実世界とは異なる世界——つまり異界である浸蝕結界——その存在ゆえに、別次元由来でないと説明がつかないと。そう断定され、今や世界中のアヤカシハンターの常識となっている。
特に覆す理由もなく、唯一知っているそれ以外のケースでのアヤカシ誕生も、結局は異界より現れた黒紫あげはを器とすることで、彼女の体内に浸蝕結界を生成して生まれようとしていた——という、裏技ではあるがギリギリ定説の範疇ゆえに、やはりこちらの世界でアヤカシが無より発生するようなことは知る限りゼロなのであった。
「——あんまり気は進まんけど、完全にアヤカシ化したのなら、まずいな」
吸血鬼型は吸血した人間を眷属化——すなわちアヤカシ化させる共通能力を持つため、その眷属アヤカシもまた、眷属生成が可能である。
ゆえに、逃したままにはしておけない。これ以上犠牲者が出る前に、本当に気が進まないが、始末するしかない。
——無論、人を襲う気があるのかどうか、それだけはまず確認したいのだが。
「そういうわけなので先輩、どうか今回もよろしくお願いします。
——なんですけど」
「なんだ。まだ何かあんのか?」
俺の問いの直後。穂村まりんが俺の手を取り、彼女の面影がある笑顔を交えてこう続けた。
「実は別件のアヤカシ退治も請け負ってましてぇ。
へへへ、どうかそっちも手伝ってくだせェ旦那」
「どういうキャラ付けなんだよ!?」
俺の呼び方ももうちょい安定させろ!!
——とまぁひとしきりツッコミも入れたので冷静になる。
……そうだな。どの道、吸血鬼はこの時間だと結界を閉じて内部に閉じこもりがちなので、エリカさんによる高精度サーチを複数エリアで行わないと判別も難しい。
となれば、この時間でも活性化しがちな他の
——そう思ったので、俺はそちらも手伝うことにした。報酬に関しては穂村に言って、協会へちゃんと話を通してもらうとしよう。
「——で。そっちも受けるけど。別件ってのはどういうダンジョンなんだ?」
そう聞くと穂村まりんはこう答えた。
「——その現代っぽいシチュエーションの目撃情報から、『それたぶんアヤカシじゃなくてネット怪談とか都市伝説なんじゃない?』と地元では噂されている——そういうアヤカシです」
「なんでスターミーの図鑑説明風なんだよ!!!!!!!!」
思わずツッコむ俺であった。
——とは言え、噂。
半年前の出来事もあって、俺の心の中で——その言葉は、いつしか最重要警戒ワードと化していた。
この直感が、杞憂であれば良いのだが。
俺はそう思わずにはいられなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます