第14話「激闘の間隙」
魔力凝縮体である魔盾【
これで確実に再凝縮までに一日以上かかることが決定したため、俺は心の中でただただ安堵した。
「——なるほどねぇ。考えたねぇ。これじゃ僕、少なくとも明日まで君たちに手を出しづらいねぇ。時の静止も、魔力持ってる君たちには効果ないしねぇ。仕方ない、今日のところは退散するよ」
どことなく、そしてそれとなく、わざとらしい口ぶりと共に、初老のハンター——斬月レイジは踵を返す。
「待ってくれ、斬月さん」
「呼び止めたって聞かないよ。僕もそこまで暇じゃないんだ。魔剣持ち相手にこれ以上粘るつもりはないよ」
そんなはずがない。この人の技量なら盾無しでも俺に速攻ができるはずだ。
先刻の打ち合いでそれは嫌でも理解できた。この人は全く本気を出していない。盾はあくまでも、この人を最硬たらしめる要素でしかないのだ。
「——…………わかりました。ならもう止めません。けど、」
「けど?」
「——今度、少し話を聞いてください」
自分でもよくわからないが、どうしてか——この人は信じていいのだろう、と。そう思ったがゆえの発言だった。
「——フ。まぁいいよ。その代わり、僕の長話にも付き合ってよね」
そう言って、最硬のハンター——斬月レイジは帰っていき、静止した時も再び動き出した。
俺の心臓も、ようやく落ち着きを取り戻して、数分ぶりに生きた心地というものを思い出すに至った。
「——先輩」
黒紫あげはの声が耳に入り、脱力しきった体をそちらへと向ける。
「先輩——! 大丈夫ですか? 怪我はないですか? ちゃんと、ちゃんと立てますか!?」
よほどフラついていたのか、あげはに抱き抱えられる俺。ほんと、決まらないな。
「またダサくなっちゃったな……。もうちょっと、カッコつけたいんだけどな」
「ダサくなんてないですよ! 先輩がいなかったら私——私今きっと、きっともう……」
「おっと。それ以上は言うんじゃねぇぜ。
俺までしんどくなるからさ」
なんとか体に力も戻ったので、逆にあげはの肩を抱き寄せる形で俺は体勢を立て直した。
「とにかく、無事で良かったよ、あげは」
「——はい。今こうやってまた話せて、嬉しいです」
今にも泣き出しそうなあげはを見て、俺は『もっと楽しそうな顔も見たいな』と思い——そう言えば体育館でそろそろバンドとかやる時間だなと思い至った。
「そうだ、あげは。バンド見に行かないか?」
瞬間、ぱぁっと顔を明るくさせるあげは。メチャメチャわかりやすいな。まぁ可愛いので良いけど。
「もちろんですもちろんですもちろんです! 無事となればやることは一つ、バンド見にいきましょう! 私、音楽の生演奏初めてなんです! こんなんもう聴くしかないじゃないですか!!」
「めちゃめちゃノリノリで俺も嬉しい、すごい嬉しい。ところでな、あげは」
「はい! なんでしょうか!?」
「となるとまたアレやらないといけないんだよな」
そして俺はスポーツバッグを指差した。
——そう。あげはさん、またしてもぴったり、否、ぴつたり入ることとなった。
◇
ともかくとして。俺はカーテン全展開によって真っ暗になっていた体育館のすみっこの方でスポーツバッグを展開して、あげはは速攻でそこから飛び出して、なんかとにかく平然な顔をしまくることで事なきを得た。得たんだよ。
「ふぅ、なんとか間に合ったな」
「うわぁ、私もうめちゃめちゃドキドキのワクワクですよぉ」
一組目のバンドが準備をしているようだったので、フルで楽しめそうだ。隣のあげはも笑顔を輝かせており、俺としてはそれだけでもう十分嬉しかった。
「あ、先輩! 始まりますよ!」
ステージにはなんか肩出しのジャケットを羽織った四人組の男子生徒がギターとかドラムとかを鳴らしながら挨拶を始めた。
「俺たち『結束ジャンド』は、幼馴染四人で結成したバンドだ。
とにかくアクセル全開で荒ぶる疾風のような演奏を、俺たちの絆パワーで披露して、みんなが満足してくれるよう全力を尽くす。
——では聴いてくれ。
結束ジャンドで、『ジャンクとレモンと集う星』!」
………………。
「ファイブディーズ・ファンボーイじゃねーか!!!!!!!!」
俺は叫んだ。あげははよくわかってなかったようなので、後で教えてあげよう、そう思った。
◇
その後、再びあげはをスポーツバッグにぴつたり入れて空き教室まで急ぎ、ホームルームの間待ってもらい——そして満を辞して俺は、
——興奮冷めやらぬあげはを落ち着かせていた。
「でぇ! 先輩! ジャンドの二曲目がすごくてぇ! 『インチキ・アカツキ・ファントムシンクロ』! 捲し立てるかのようなハイテンポ+楽器全ての主張が激しいのAメロからの骨太ロックなサビが激アツでぇ! サビで全ての音が収束していくんですよ! まるで結束していくかのように! ——いや、結束ジャンドか! ところでジャンドってなんですか?」
「あぁえっとな。ジャンドってのはな」
「あでもその前に先輩! 五曲目もブチ上がりましたよね! 『サティスファクション・イントロダクション』! これまでの曲は全てこの一曲に至るための道筋だったんだみたいなあの、なんでしょうね!? なんか五曲目にしてついにイントロが流れ始めたみたいなね!? すごいですよね先輩!? これまでの曲全部レベル高かったのに前座だったの!? みたいな! きゃーまた興奮してきましたよ!!!」
「ウンウンそうだね。ていうか最早ワンマンライブだったよね。他のバンドもなんか途中から観客席に移動してブチ上がってたもんな」
ワンマンライブ? 他のバンドいたよな? みたいな様相になっていって、なんか知らんけどみんな聴き入っちゃって無限アンコール編始まってたんだよな。それもうアンコールじゃねーだろみたいな感じだったんだよな。完全にワンマンライブ始まってたし、漫才するつもりだった人とかついにはMCに参加してたからね。もう途中から楽曲の感想戦みたいなのも始まってたからね。
「しかもですよ先輩! 私って人間の文化では音楽が特に楽しいと思っていてぇ、やっぱあのリズムが私の心に炎を灯すんだと思うんですよね! それであの八曲目ですよ。
『ブレイズ・クェーサー-時の分岐を超えて-』ですよ! なんですかあれは!? Aメロ〜AサビとBメロ〜Bサビとで、曲の毛色も音色も違ったのに! Cメロ〜Cサビでその二つの経路が交わって新たな旋律を紡ぎ出すんですよ! 光差す道なんですよォ!!!!!!」
「あげはファイブディーズ知ってるよね?」
「いやそれが全然知らないです! バイクに乗ってデュエルすることぐらいしか知らないです!!」
「それでこの解像度ってマジでスゲェよ!!?」
まぁ何はともあれ、あげはが心底楽しんでくれたということだけはしっかりと伝わってくる。今朝会ったばかりの時は、まだ怯えている様子だった彼女が、ここまで楽しそうにアツく語っている。俺からすれば、さっき斬月さんと戦って良かった、諦めずに戦って本当に良かった——ただただ、そう思うばかりだった。
「——ねぇ、根源坂先輩」
西日が差し込む窓——その側の壁にして影に立つあげは。彼女が俺に笑みを向ける。
「私、先輩と会えて——本当に嬉しいです。幸福です。願わくば、ずっと一緒にいたいって、そう望んでも——良いですか?」
言いながらあげはが俺に顔を近づけ、同時に肩に手をかけてくる——。
それはもうほとんど愛の告白で、そして求愛のそれだったのだが、俺としても気持ちは同じだったので、こちらも肩に手を乗せて、
「——ああ。俺も君を、離さない」
二人だけの教室で、幽谷でも憂国でもなく夕刻の教室で、でも幽かに憂いを帯びた心を曝け出して、人だとかアヤカシだとか追手だとかそういうものを放り投げて。
俺たちは夕刻の教室で——口づけをした。
この時間が、俺——根源坂開登と彼女——黒紫あげはとの間に交わされた、最後の平穏となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます