第13話「斬月/その障壁」
——斬月レイジ。御年52歳のベテラン。
それは最高ならぬ最硬のアヤカシハンター。極級の中の極級。静止の術式を極め、時間停止に等しい術式を獲得した手練れの中の手練れ。
そんな彼の持つ静止の術式を凝縮具現させた盾は異次元の防御力を誇り、生半な魔力攻撃ではそもそも攻撃が到達しない。
まずこちらの攻撃が、無限遠点じみた静止の絶対障壁により運動エネルギーを削りきられる。そしてそれを上回る魔力出力を持ってしてようやく届く一撃さえも——
「うーん、やっぱり筋が良いねぇ開登くん。
僕の盾まで剣が届く人ってそんないないよぉ」
「ぐっ————この、お……ッ!!」
——その圧倒的な硬度の盾に阻まれる。
ゆえにその通称を【
人の身でありながら、世界そのものに自身の在り方を刻みつけた『現代最強』——その一角である。
「そら。振り出しに戻りなよ」
——俺と斬月さんとの距離はおおよそ2メートル。
剣の間合いを考えれば、間合いを先に詰めた方が有利であろう。
だが当然、あちらにはあの——無窮の盾がある。戦況は、おそらくあげはにも瞭然であるだろう。
「……斬月さん。どうしてですか? どうしてこんなことをするんですか?」
「どうして? そりゃまたおかしなことを言うねぇ。僕たちはアヤカシハンターだよ? なら答えは明白、極めて明瞭。手間暇かけて説明するまでもなく——その子が倒すべき敵だからじゃないのかい?」
笑顔を浮かべつつも、斬月さんの目は笑っていない。
それはそうだ。アヤカシハンターとは外界より来たる人類の脅威——アヤカシ——を狩る者。であればこの行動だって別におかしくはない。だが、それでも黒紫あげはの状況は協会にも伝えてあり——そしてわざわざ極級のハンターである斬月さんが出動する必要など皆無に等しかった。
俺には彼の真意がまるでわからなかった。
「斬月さん、教えてくださいよ。
あげはが何をしたって言うんですか? あいつは確かにアヤカシです。でも人を襲ったりしていないし、何より彼女は弱体化していて、貴方のような極級が出張る必要性が理解できません」
俺がそう問いかけると、斬月さんは「そうだなぁ」と一言呟きつつ、
「——でも、僕がこうして出てきている。
これが答えじゃダメかい?」
「全然納得できないんですよそれじゃあ! あげはがなんで斬月さんに狙われないといけないんですか!?」
「まぁそうだよねぇ、納得いかないよねぇ。僕だって君の立場だったら同じこと言っただろうさ。だから、そうだね。教えてあげようか」
そう言って斬月さんは一呼吸置いてから、
「——【確率魔性】ラプラス=ファタール。
黒紫あげはちゃんは、そいつに関わっている容疑がかかっている」
——そんな、デマみたいな戯言を、口にした。
「——あんたも、あんたもあんな都市伝説を信じてるのか……? あんな、あんな噂話に過ぎないような話を……?」
そもそもアヤカシは、別次元のどこかで発生し、浸蝕結界を使ってこの世界に侵略をしてきている存在——そこまでは1000年以上に渡る人類とアヤカシの戦いによって判明しているのだ。
——そう、別世界で発生した存在。
ゆえに……この世界で発生するという話そのものが支離滅裂で荒唐無稽だと——俺はそう言っているのだ。
今になって突然、そんなバグ技みたいなことが起こると言い始めたのが、何より不可解なのだ。
「——そう言われると僕も反論できなくて困るんだけどね。たださぁ、僕の友達がそう言っててさぁ」
「友達……?」
「うんそう。なんか術式の性質上、空間認識力が高いらしくてねぇ。
君が今朝行ったダンジョンあるでしょ? あそこにラプラスの魔力が混ざってるみたいでねぇ。
で、そこのお嬢ちゃんからも漂ってるんだってさ」
「まだ存在もしていないアヤカシの魔力がって言いたいのか……!?」
「そうなんだよねぇ。だからこうして念の為、僕が重い腰を上げたってわけなんだよね」
「なんだよそれ……」
自然と、歯を強く食いしばり、魔剣【
背後のあげはへと、一瞬目を向けると——
彼女はなんのことかさっぱりわからない——そんな表情で困惑と不安を覗かせていた。
——ふざけるなよ。
ふざけるなよ……なんでそんな無茶苦茶な理論で、存在すらしないはずのアヤカシとの関与を疑われて……彼女が——黒紫あげはが殺されなくちゃいけないんだ?
——『絶対障壁の盾』を破壊する。
それしかない、今はただ、それしか打開策がない。
俺のナイトミストを含め、魔力で組み上げた固有武装は、一度破壊されると再凝縮まで早くとも一日はかかる。
一流のハンターである斬月レイジであれば、最短の魔力効率で凝縮具現を果たすだろうがそれでも一日。今ここから撤退させることだけは確実に成せる。
だから——俺の全霊をかけて、あの盾を破壊する……!
「——斬月さん」
「何かな」
「——そんな寝ぼけた理由で、あげはに手を出すな!!」
——瞬間、魔力を放出して俺は斬月の眼前へと迫る!
加速と魔力を帯びたナイトミストの一撃で、先刻同様【
「へぇ、熱いねぇ。でもそれじゃ盾本体を突破できないよ〜〜」
それでも——肉薄する……!!
今はなんとしてでも盾の中心——術式の起点に打ち込むことに専念する————!!!
——構えたままの剣は飛んでこない。
いくつかの可能性が脳裏をよぎるが、熟考する暇などまるでない。そもそもの話、斬月レイジはシールドバッシュだけで俺の攻撃を捌き続けている。圧倒的なまでの技量差がそこにはあった。
どう見積もっても——戦闘センスでも戦闘経験でも搦手でも——今の俺ではこの人には勝てない。
俺が唯一持ち得るアドバンテージ、それは俺の術式——その特異性である。
俺はとある出来事を経て、人の身のまま上級アヤカシクラスの魔力を得た。
これによる浸蝕結界の凝縮展開および魔剣の生成——これが俺の術式であるわけだが、あの凝固率の魔盾は、俺の浸蝕結界【
いつかは削りきれるだろうが——その前に押しきられる。
ゆえに——結界展開以外での奥の手を使う必要がある。
「そんなに何度も突撃してたらさぁ、スタミナ切れちゃうよぉ。何を狙ってるのか僕にはさっぱりだけどさぁ、ヤケクソなら結界展開した方がまだ勝ちの目があると思うよぉ?」
この期に及んで、まだ彼は全く本気を出していない。
そもそも本人にそこまでやる気がないのか? その友人とやらに頼まれて、渋々やってきたのか? そのような都合の良い推測ばかりが脳内を往来する。
だが今はそのような思考などどうでも良く、ただ一度、魔盾の中心を捉えればそれで良い。ただその一心で——
「——捉えた!」
極度の集中の中、ついにナイトミストの切先は魔盾【
「捉えた? ——あぁ、そういうことか」
「——
発動宣言と共に、ナイトミストの先端から、アブソルート・レコードの内部に浸蝕結界を流し込む————!
俺が唯一持ち得るアドバンテージである浸蝕結界。
現状におけるその最も有効かつシンプルな使用方法——それこそが、
「……なるほどねぇ。
——僕の盾に超大量の魔力を流し込んでキャパシティオーバーを引き起こした、そういうことかい」
——魔力の容量オーバーによる、内側からの破壊であった。
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