第12話「文化祭と絶対静止」

 文化祭。俺のいるクラス2-1は、町内会のアナログゲーム関連ショップの協力を得て、『アナログゲーム試遊場』を開いていた。

 俺がカード屋の緑川さんと知り合い(というか実際は同業者ハンター繋がり)ということで話を提案する流れとなり、そのまま町内会全体のゲームショップへと話が広がっていったわけである。


 そんなわけで教室には色々なボードゲームやらカードゲームやらが並んでいるわけなのだが、俺が担当しているのが最近発売したばかりの新規トレーディングカードゲーム『札闘士フダディエイターズ』であった。

 全くの新規コンテンツなので、まだプレイヤーがそこまで多くなく、加えて原作付き作品というわけでもないため、こういう機会にプロモーション活動をしたいという緑川さんからの要望により、今回の2-1アナゲー試遊場にも参戦していたのだった。


 そんなこともあり、ここ数日でルールを叩き込まれた俺がティーチング担当としてルールを説明しつつ、大体分かった相手と実際に対戦をする流れとなっていたのだが——


 これは俺が後攻、友人の崎下さきしたトオルが先攻のゲームである。


「僕の先攻。先攻1ターン目はドローできないのでこのままサモンフェイズ。場に『九相童話ナインテールズ-カズィクル・カグヤ』を召喚。召喚時効果でデッキから『九相童話ナインテールズ』カードを1枚手札に加えたいんだけど、何かあるかな」


「そこにスキルカード『惰眠の牢獄』を発動。相手のバトルカード1枚の効果発動をキャンセルし、そのカードのアタックポイント1000につき1枚、お前はカードをドローできる」


「アタックポイントは1500だから1枚ドローするよ」


「その瞬間。俺は手札からスキルカード『独占反転』を発動。相手がカード効果でデッキからカードを手札に加えた場合、そのカードを捨て札にして、同じ枚数俺はカードをドローする」


「なら僕は手札からスキルカード『九相童話の館』を発動。これによって場のカズィクル・カグヤのアタックポイントを、相手ターン終了時まで場の『九相童話』カードのアタックポイントを加算した数値にするよ。僕はこれでターンエンド。さぁ、どう来る?」


「俺のターン、ドロー。

 俺は手札からスキルカード『剥奪計略』を発動。これによって相手のステータスが変動したバトルカードのステータス変動を全て無効にし、その無効にした上昇数値以下のアタックポイントを持つバトルカードを1枚、俺は手札から召喚できる。これによってアタックポイント1500の『アズマ・ドラゴン』を召喚。召喚時効果で、場に方角属性を持つバトルカードが他にいないため、俺は手札から方角属性のバトルカード『ウェスとら』を召喚。『ウェス虎』の召喚時効果発動。場に方角属性のバトルカードが存在するため、相手の場のバトルカード1枚のアタックポイントを1500下げる。このままバトルフェイズに移行。アタックポイント1500の『アズマ・ドラゴン』で攻撃。これで『カズィクル・カグヤ』を破壊。このまま『ウェス虎』で直接攻撃が通れば俺の勝ちだけど、何かあるか?」


「通りますけど新規トレーディングカードゲームにしてはいきなり高速環境すぎないかい!?!?!?」


「それは本当に俺も同感なので、作った会社にもアンケートか何か送ったほうが良さそうだな。俺の勝ち。それはそれとして勝つと超気持ち良い」


「プロモーションする気ある!?!?!?」


「でも……楽しかっただろ?」


「まぁ正直……初動で展開止められた割には妥協盤面作れたし、1ゲーム終わるのがクソ早いから意外と回転率自体は良いのかも……?」


「という感じのゲームです。遊びたい人いたらドンドン相手しますよ」


 そんな感じで、なんやかんや生粋のカードゲーマーでもあった俺は、気心の知れた友人であるところの崎下トオルに対戦をふっかけつつボコボコにし、そして次のティーチングに移行しようとしていたのだが、その次の相手が


「あらそう、じゃあ私が相手するわね根源坂くん。

 ところでこのゲーム、流石に現代遊戯王を参考にしすぎじゃない? カードの動かし方がほぼ遊戯王だったけど。あちらほどカードプールも多くない中でこの展開ぶん回しからの高速決着、新規カードゲームゆえに対抗札もまだまだ少ない中で通れば勝ちの展開が既に跋扈しているゲームバランスは如何なものかと思うわ。アンケート云々以前にこのゲームの開発者はテストプレイをしてみたのかしら。逆に先攻プレイヤーが取れる制圧効果持ちのカードが少ないんじゃないかしら。根源坂くんはそこのところどう思うの?」


「白咲お前! このゲームやりこんでるなッ!?」


 どう考えても既にどハマりして遊び倒しているとしか思えない発言をする白咲であった。


 ◇


 そんなこんなで、俺にも休息が与えられたので、隣の空き教室に向かおうとしたのだが、そんな俺の前に白咲が立ち塞がってきた。腕組みしていることで普段にも増して胸がデカく見える。対戦し続けて疲労困憊だったので、そういう単純なことしか考えられずにいた。普段はもっと真面目です、ほんとだってやだなぁ。


「白咲。ちょっと外出たいんだけど、急ぎの用事か?」


「え? ——あぁいえ、別にそういうわけじゃない、ないんだけど。ただその……そんなに急いでどうしたのかな、って。ちょっとそう思っただけよ」


 目を逸らしながら、そして頰に被さった髪を触りながら、白咲彼岸は、やや語尾弱めにそう答えた。


「急いでは——別にないけど。でもちょっと他の教室に用事あってさ。休憩時間だし、良いだろ?」


「それは……そうだけど……」


 特に反論もないようだったので、俺は2-1教室を出ていく——その寸前、


「ねぇ根源坂くん。

 ……何か、言えないことあるの……?」


 どこか不安げな白咲の声が耳に入り——


「——別に、そんなんじゃないさ」


 振り向くこともできず、俺は空き教室へと向かった。


 ◇


「やっぱ罪な男ですよ先輩は。

 やだなー。私も捨てられちゃうのかナー」


「捨てないしそもそも白咲を捨ててもいない!」


 隣の空き教室——人避けの結界が張られている——で、耳をそば立てていたらしい黒紫あげはから、開口一番そのような言葉が投げかけられたので俺は即座に身の潔白を証明した。


 まず第一に俺と白咲は付き合っていないのだから、そもそもその時点で潔白以外の何物でもないのだが。


 ——それはそれとして、あげははこの学校の生徒に扮しているようで、戯画高校のセーラー服を生成して着ていた。ところで俺は学ランである。もう冷える日も増えてきたからね。


「……あげは。似合ってんじゃん、制服」


 俺がそう言うと、あげはは顔を赤くして、二秒ぐらいして口を開いた。


「——ストレートに褒められるのも照れますね。でも嬉しいです。……こういう生活、憧れてましたから」


「このまま敵対行動とかを取らずにいれば、協会側が上手いことお前をこの学校に入れてくれる可能性だってある。そん時は制服姿のお前の可愛さで、この学校を征服しちまえ」


 ——憧れだけで終わらせたくなかった。彼女の、黒紫あげはの、人間社会への憧憬を、夢のままで終わらせたくなかった。だから、冗談みたいな言い回しではあったけれど、今の俺の発言はどこまでも本気の願いだったのだ。


「——そう、ですね。先輩お墨付きの可愛さなら、きっと制服で征服できちゃいますよね。

 楽しくなってきました。うふふ、やっぱこういうの、良いですねっ」


 あげはの笑顔が眩しかった。陽光の下にいられない彼女が、こんなにも眩しい。誰よりも、何よりも、眩しい。

 こんなにも純粋で、爛漫で、綺麗な花のような彼女が。己のアヤカシとしての在り方に悩み続けている——その現状を、俺はなんとしてでも解決したかった。一目惚れから始まった関係だが、俺はもう彼女の内面も好きになっている。その全てを尊重したいと、そう思っている。だから——


 今こうして、突如時間が停止した事態に対しても——


 あげはを狙っていると確信したからこそ、即座に迎撃手段を取ることができた。


 ——これは時間停止

 それに限りなく近い


 一定以上の魔力を持たないあらゆる生命・物体を完全に静止させる


「——先輩、これって」

「——下がってろ。

 ……なんだよエリカさん。暇な極級、いるじゃねぇか!」


 静止した扉が開く。開けた人物が魔力を通したのだろう。

 その人物は、白髪混じりの——無精髭と、左手に構えた巨大な盾が印象的な男だった。


 ——俺は、いや、。この男を知っている。


「……斬月さん。一体なんで、弱小吸血鬼を狙いにきたんです?」


「——やぁ開登くん。

 僕もそこまで乗り気じゃないんだけどね。ちょっと込み入った事情があってねぇ」


 ——男の名は斬月レイジ。


 極級ハンター、その中でも最上級の防御力と静止術式を持つ——


 【絶対静止アブソルート】の称号を世界に刻みつけた——最硬のアヤカシハンターである。


「——まあお互い特権持ちだし、怒られない範囲で互いの信念ぶつけちゃおうか。

 準備はいいかい開登くん?」


 剣と盾を構えて、斬月レイジはそう言った。

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