第6話「違法建築都市伝説」

 ……その後、とりあえず穂村まりんの方から上層部に連絡をしたため、そのまま一旦解散となった。

 ブラッドソード・プラウドハートが実際どのタイミングで再起を図ってくるのか定かではないが——俺が行った攻撃はあくまでも一時的な打撃に過ぎないため、下手をしたら明日の朝には戯画町が滅茶苦茶な惨状になっていてもおかしくはない。アヤカシハンターの戦いは、いつも水際対策なのだ。


 帰路に着き、今日一日のことを思い返す。

 ——いやその、色々あったのだが、それこそ上級アヤカシとの遭遇戦はかなりヤバい綱渡りだったのだが、それよりも俺の中で大きな比重が置かれた出来事——それこそがやはり、穂村まりんだった。


 ——穂村まりん。

 出会って早々、俺の懐に入り込んで馴染んできた謎の後輩。学校の後輩にしてアヤカシハンターの後輩でもある女生徒。

 外ハネが特徴的な、黒いショートカットの少女。


 ——去年死別した、俺の想い人である吸血鬼の成れの果て——吸結姫の少女、血ではなく死を吸う鬼の姫——黒紫あげは。

 そんな彼女に、なぜか酷似した少女。

 それが——穂村まりん。


 見た目が同じ。だが、見た目同じ。

 他は何もかもが違う。

 あの日、文化祭の日に、空き教室で語り合った少女とは違う。

 翌日、共に出かけた彼女とは違う。

 それからしばらくの間、夕刻の図書室で密かに会っていたあの黒紫あげはとは——何もかもが違う。


 喋り方も違う、仕草も違う、その笑顔も——全然違う。


 同じ顔なのに、同じ身体なのに、同じ声なのに、こんなにも、違う。


 ——穂村まりん、お前は一体なんなんだ?


 答えなど出るはずもなく、俺はただただ帰りの道中、半永久的にその疑念を問い続けていた。

 一人問答ではどうにもならない。それでも——それでもなお、俺はそのことが気がかりでならなかったのだ。


 ——などと考えていると、家に着いた。隣家——白咲家にも、灯りがついている。

 灯りがついているというということは、確実に彼岸だろう。それだけは断言できた。


 で、俺の家にも灯りが一部屋。リビングだ。

 ……これは、おっぱじめてるな!


「……疲れてんだけどな。こっからもう1ラウンドってことか」


 嫌だねほんと。こういう時ぐらいやれやれ系主人公になりたい俺であった。


「ただいま」


 そんなわけでリビングに入ったわけだが、


「ンおっかえりぃぃーーーーー!!

 カイト遅かったじゃーん! もしかして仕事復帰の話マジだったん〜〜?!」


 2X歳のお姉さんが酒でベロンベロンになりながら俺に抱きついてきた。


 栗色ウェーブロング、165cm、色々デカいお姉さん。

 血は繋がっておらず、それはそれとして俺の後見人なので付き合いは長く、距離感も近く、なんやかんやいい匂いもして、なんぞかんぞで「それセクハラっすよ」とも抗議しづらい、なんやらかんやらで長年お世話になっているお姉さん、それこそがこの、今俺に密着している酔いどれお姉さん——月峰絵梨花つきみねエリカさんだった。


 この人は普段アヤカシハンターの協会で事務をしている人なのだが、元はクソ強いアヤカシハンターだったため、過去に色々あった俺の後見人をしてくれている。

 知識も豊富、話題も豊富、(ハンターの)経験も豊富ということで、基本的に頼りになるのだが、酒癖が終わっているため、帰宅後おっ始めてしまうと、この通り終わってる感じになる。


 抱きついてきただけでなく、そのままなんか俺の首筋に唇を当ててきている。マジで終わっている。俺がこういうの平気なだけなことをこの人は分かっているし普段はこんなことしないのだが、酒が入るとこうなるため終わっている。酒が入っている時のエリカさんは記憶が飛んでいるため反省すらできない。過去に色々あって、酒なしではダメになった上に酔っ払っている間の記憶が誇張なしに消え失せてしまう体質になってしまったらしい。


「うぅ……カイト……この記憶も消えちゃうんだね……」


「………………そうすね」


 ——これはギャグではなく、かつてエリカさんが戦い、そして討伐した極級アヤカシ【呪血憎臨しゅちにくりん】シュテン=ハーゲンの影響である。


 細かいことは俺も聞かされていないが、彼女が事務職に異動となったキッカケらしく、それ以来上層部から飲酒を固く禁じられているとのこと。


 だが、俺の後見人となった後、とあるはずみで酒を飲んでしまい、時折こうなってしまうようになった。

 もちろんこれがバレたら、彼女は俺から引き離されるだろう。

 己を律することができない状態で、俺の面倒を見ることなど上層部が許すことはないのだから。


 ただ——ただそれでも、俺はこの人と暮らしていたかった。

 俺が極力気付かないようなタイミングで、思い詰めた顔をしている彼女が、ここまで脱力できるこの状況を、俺はどうしても否定したくなかったし、実際ずっと世話になっているので、せめて恩返しできるようになるまでは、この生活を続けていたかったのだ。


「ん〜〜っ♡ カイトぉ、じゃあ久々に戦ってきたんれしょ? となると疲れたんじゃらい? もうこのまま寝ちゃおっかぁ——」


 そのまま押し倒してくるエリカさん。あぁ、これは相当飲んだな。たぶん心配してくれてたんだろうな。

 すでによだれを垂らしながら眠るエリカさんを間近で見ながら、俺はそう独白した。


 ——退廃的、なのだろうか。

 側から見れば異常な光景なのだろうか。

 でも、俺にとってはもう、これも日常の一つだ。

 だから、特に恨みつらみもないのであった。


 ◇


 翌朝。たっぷり7時間寝た後、シャワーを浴び終わってリビングに戻った俺にエリカさんが話しかけてきた。


「ん、おはよ。朝帰り——なんてことはないわね、あんたに限ってそれはない。

 ……久々の仕事だったみたいだけど、無事でよかったわ」


 パン片手にコーヒーを啜る姿からは、昨夜の惨状は微塵も感じられない。

 あの姿は、本当に霧散してしまったのだ。


 酒に溺れた姿はかき消え、酒は水に変わっている。この幻想的な例えが、あたかも事実かのようにさえ思える。

 俺にとっても彼女にとっても悪夢、ただ、なぜか救いの要素もある。そのような、泡沫の夢なのだ。

 ちなみに、酒類は俺が昨夜のうちに手早く片付けておいた。


「……それでエリカさん。上からブラッドソードについては聞いてる?」


 ていうか聞いていなければ流石にマズい気がしてきた。

 昨夜のあのザマの時に連絡が来ていたとしたら、本当に大変なのだから。


「ああ、それなら昨夜の8時前にはもう連絡来たよ。あんたももう家の近くまで歩いて来てたのは察知してたから、そこは安心して。問題は——」


「——そこから先の記憶がない、だろ?

 良いよ。ちゃんとやることやった上でのことなんだから。

 俺は黙ってるからさ。たまにはストレス発散してくれよ」


「——うん。……ごめんね、カイト」


「良いから。ほら出勤の準備しろって。そこまで構ってられないからな、俺も」


「うん、そうね、そうする」


「それで良いんだよ、俺も、エリカさんも」


 俺はそう言いながらスープを器によそい、パンを浸して食べる。流石に疲れが溜まっているので、食事はやや強引に流し込む形の済ませ方をした。


「……カイト。ブラッドソードの行方は定かじゃないけど、なら既に出てるよ」


 ——と、そう言いながら、エリカさんがスマホの画面を俺に見せてきた。

 それは呟き系SNS『シャベックス』の画面だった。

 そこには、このような文言が表示されていた。


 ↓以下、シャベックス↓

------------------------------------------------------------------

サッキー @shitatoru

 なんか路地裏に変な建物できたらしい


ボノレフ @hensoshinaiyo

 怖くて草


Soh-yeah @Teraumare

 お前ら、マジでやめとけよ


ダークベース木下 @itiruibe-su

 話聞いたけどコレ現代ダンジョンじゃね!?


グリーン緑川 @BikkuriFox

 そんなデマ信じてんじゃないよ


サッキー @shitatoru

 俺行ってみるけど、動画投稿のやり方教えて


とらふぐマリーン @ShorishaNothing

 ぅわ。ゃめた方がぃぃょ。ぉゎっちゃぅょ。

------------------------------------------------------------------

 ↑以上、シャベックス↑


「これは……」


「うん、既に何者かが浸蝕結界の情報を

 とりあえずライブ配信一覧にそれらしいものは今のところ見つからないけど……これは処理班がもう動いているからだと思う」


 ——処理班。まあその名の示す通り、ハンターやアヤカシが衆目に晒されないよう後処理を行うチームなのだが、SNSが普及した現代では、とにかくやることが多くなってしまい、それゆえの人員増強の加減で結果的に協会の中でも一大派閥となっていた。巨大になったことで給料の賃上げ交渉がスムーズに進んだことだけは感動ものだったと、処理班所属の知り合いが言っていたのが印象的だ。


「——となると。見えていないだけで、既に犠牲者が出ている可能性もあるか」


「そうなるね。

 ——で、カイトはどうする? 学校のことなんだけど」


 時計を見ると、時刻は午前7時59分。

 別にまだ朝のホームルームには間に合う時間ではある、ではあるのだが——


「——このままだと寝覚めも悪いし埒もあかないしな。

 他に現場へ向かってるハンターもいるでしょ?

 俺も行くよ。——もう、戦えるから」


 このままではいずれ白咲にも危険が及びかねない。そうなる前に、複数人で一気にケリをつけたい、そう思っての発言だった。


「オッケー。じゃあ位置情報を教えるね。

 まああんたのことだからリーサル取る判断も、最悪の場合の引き際も分かってるだろうけど、とにかく生還することだけは捨てないで」


「——お姉さんとの約束、だろ? 分かってるよ」


「うん、ならよろしい。

 とにかく、無事でいてね」


 そう言ってから、エリカさんは俺のスマホに地図データを送信した。


 場所は——戯画町商店街・路地裏。

 そこの建物裏に出現した【時空亀裂スカー・タキオン】。


「——任務受諾。これより作戦行動に入る」


 久方ぶりの出撃セリフ。ガンダムみたいでカッコいいなと未だに思う。ていうかそういう高揚感を多少でも持っていないとこんな仕事続かない。

 だから俺はそういうところで少しだけカッコつけることにしている。


 ——そんなこんなで推定ブラッドソード・ダンジョンへ向かった俺なのだが。


 よもや、そこに先行していたハンターも、周囲に潜行していた処理班も、そして遊び半分で誘われた一般人数名も、


 、流石の俺も想定外であった。


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