第5話「休息、あるいは吸息」

「ふぅー、なんとか街まで戻ってこれましたねぇ! これもひとえに先輩の機転のおかげというものです。ありがっしたー!」


「急に軽くなるよなお前」


「いえ体重はそんな可変式ではありませんよ」


「体重じゃなくて態度な」


「態度もそんな可変式じゃないですよ。先輩ひょっとして私のことZゼータガンダムだと思ってます?」


「俺はお前のことをZガンダムだと思ったことはないし、お前の態度がここまで軽かったとも思ってなかったよ」


 俺は流石にかなり疲弊していたので、若干棘のある言い方をしてしまったが、それにしたって黒紫——じゃない、穂村まりんのこの元気爆発ぶりはなんなのか。元気爆発マリンホムラマリンとかそういう感じなのか?


 思えばこいつ、ここまで結局全く、これっぽっちも息を切らしていない。体力お化けにも程がある。あれか、これがこいつの——穂村まりんの固有術式なのだろうか。


 ——アヤカシハンターになるにも適性というものがあり、やはり魔の存在——魔性であるアヤカシに対抗するには一定水準以上の『魔力』が必要となる。


 こういう魔力というものは、星のエネルギーが地脈を通して自然界に放出され、なんやかんや自然の一部である俺たち人類にもその恩恵がシャワーみたいに浴びせられていると言った感じで、基本的に誰しもが持っている不思議なエネルギーである。


 が、やはりアヤカシのような魔力の塊みてぇな奴らと戦うとなると、話は変わってくる。あいつらは高密度の魔力凝縮体だからなのか、現代兵器が通用しない。魔力は星由来の超自然エネルギーなので、それゆえにか、高密度のものとなると文明の利器を弾くのだ。まあおそらく、人類の文明が未だ星の生成物の格に及ばない——そういうことなのかもしれない。


 とにかく、そういった事情もあって、高密度魔力を帯びたアヤカシを相手取るとなると、攻撃するにも防御するにも多大な魔力が必要となる——そんな感じであった。


 人類も長い歴史の中で適応していったようで、今では俺たちのようなハンターが生まれている。要は、生まれつき、星からの魔力吸収効率の高い人間が誕生するようになり、そう言った人間がハンターになれる。そういうことだった。


 で、現代でも指折りのハンター素質を持つ期待のルーキーとして、俺が生まれたってワケ。


 そして、ハンターになれるやつってのは基本的に、各々なんらかの固有術式が使える。上級アヤカシ——先刻のブラッドソード・プラウドハートが持つ浸蝕結界も固有能力の一つと言えるだろう。ハンター側も、あの規模ではないにせよ、結界とまではいかないにせよ、それぞれ特殊な能力を持っているのだ。


 俺も一応持っている。いるのだが——


“ひっく……ぐすっ……かいと、こわいよ……”


 ……まあ色々あり、『能力がなぜか開花しなかった』ということになっている。

 それは上層部の判断であり、同時に、幼少期の俺の判断でもあった。


 その代わり俺は、それはそれは非常にハードに、自分で言うのもなんだがものすごく勤勉にストイックに滅私奉公的に、固有能力に頼らない戦い方を身につけていった。

 それが、シンプルな身体強化と投擲技術である。


 俺の戦い方は基本的に——一時的に超強化した肉体で、支給された刀剣類をバカスカ投げたり蹴り込んだりしてアヤカシに直撃させて破裂させる——そういうやつだった。


 とにかく持ってきた武装をぶちかましまくる。俺の好きなモビルスーツがガンダムヘビーアームズなのは、おそらくこの辺が関係しているのだろう。

 以前仕事仲間にもこの話をしてみたが、「いやでもお前、弾切れになってもナイフ持ってないじゃん。どーすんの?」と言われた。そうならないよう残数には気をつけてますぅー。そう答え続け、今に至る。そこらへんの管理は得意なのだ。カードゲームでもリソース循環を心がけているからな!


 ——モノローグで軽口を叩けるようになった。これはかなりスタミナが回復したということだと自己分析。今の今まで町外れのコンビニ前で座り込むというちょっとというかかなり店に申し訳ない状態だったので、そういう意味でも助かった。


 だいぶ落ち着いたので腕のスマートウォッチを見ると時刻は19:00。よし、ちょっとあれやるか。


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 ——コンビニエンスストア『ラージストップ』

   芸都げいと 戯画町 PM7:00

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 仮面ライダークウガの、なんかそういう場面転換の時とかに出るやつ、あれを心の中でやってみた。やはり落ち着く。少しだけ自分をリセットできる。俺にとって閑話休題の亜種である。


「——あー、すまん穂村。やっと落ち着いた。ずっとここに座り込んでいるのも店に迷惑だしな。ちょっと買い物だけして、場所を変えよう」


 俺はそう提案すると、穂村まりんはビニール袋を見せてきた。中にはスポーツドリンク2本と、パンが入っていた。


「じゃん! 先輩が色々クールダウンしている最中であろうことは、私聡明ですので即座に理解しまして。これこのように気の利くお買い物をすでに済ませていたのでした。

 コンビニ・ショッピング! 既にッ!」


「なんでキングクリムゾンのスタンド能力発動した時みたいな言い方した?」


「先輩にとってはお買い物の時間が吹っ飛んだようなものかなぁと思いましたので」


 確かにキングクリムゾンは時間を数秒吹き飛ばす能力ではあるが……俺が知っている前提でそのネタをぶち込んでくるの、こいつ、俺との距離感バッチリ後輩か?


「あぁ、でもまあ、正直かなりしんどかったから買い物してきてくれたのは助かった。代金は俺が持つよ」


「いやいいですよ。先輩のおかげで死なずに済んだんですから。ここはギブアンドテイクってことで、私に奢らせてくださいな」


「……そうか? 悪いなとは思うが、でもそういうことなら、ありがたく受け取っておくよ」


 そう言いながら、差し出されたスポドリとあんぱんを受け取る俺。その直後、横の出入り口——その扉が開いて客が出てきた。


「——あら、根源坂くん? なぜここに?」


 その銀髪を、その赤い瞳を、その長いまつ毛を、その体を、俺は他に知らない。人違いなど当然ない。

 疲労困憊だったからか、いつもより素直に、気持ちが前のめりになっていた。


「——白咲。……奇遇だな。ちょっと喋りたいなって思ってたとこなんだよ」


「うわぁお、先輩アツいです。激アツすぎてヒートロトムになりそうです」


「——あの、どうしたの根源坂くん? あと後ろの子もどういうテンション? なんで急にポケモンで例えだしたの?」


 やや顔を赤くしつつも冷静な白咲彼岸。うん、それでこそだ。やはり俺の幼馴染はこうだから良いんだよな。


「後ろの奴は気にすんな。とにかく白咲。俺はお前に話したいことがある。ちょうどそこにタイミングよく来てくれたから助かった。ありがとう」


「……うん、どういたしまして?

 ——で、その。……話って、何よ」


 突如モジモジし始める白咲。冷静かと思ったら落ち着きがなくなり始めるあたり忙しい奴だ。まあ昔からそうだったといえばそうなので、今に始まった話ではないが、まあいい。

 ブラッドソード戦にケリが着くまでは、なんとか彼女が吸血鬼に遭遇するリスクを軽減したい。つまりはそういうことだった。そういうことだったのだが——


 ——どうやら俺も、わりと落ち着いていなかったらしい。


「そのな。

 しばらく俺の家に泊まってほし——ビンタ!?!?!?」


「順序ってものがあんでしょ……!!!!!!!!

 開登カイトのばか!!!!!!!!」


 俺の頬にビンタ痕をくっきり残し、彼女は走って帰っていった。


 じんじん痛む頬に、夜風が触れて少しヒリヒリする。

 ——俺、どうやら白咲相手だとそんなに強くないらしい。今頃になって、そう気づく。


「先輩ダサすぎて草!」


 ネットスラングと共に爆笑する後輩カスの声が、夜の戯画町に木霊したのだった。

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