第4話「ナイトミスト」
——肩書き、通り名、あるいは通称。
例えば『機動戦士ガンダム』に登場する人物、シャア・アズナブルが【赤い彗星】と呼ばれていたりするわけだが、そう言った呼び名がアヤカシの上級クラスにも存在している。
ただし、上級アヤカシのそれは単なる賞賛だったり逸話の端的な説明で終わる概念ではなかった。
それは、そのアヤカシに刻まれた
役割。ロール。世界そのものに与えられたストーリーそのもの——それを司る存在。
もっと具体的に言えば、彼ら一人一人が、一つの世界を内包しているということである。
ブラッドソード・プラウドハートの持つ【
世界に刻み込まれているのだから、俺たちは知っていなければならない。そういうめちゃくちゃな優先度の理屈で、俺たちはその異名を刻み込まれていた。
——さて。そんな【血鬼裂棺】ブラッドソード・プラウドハートなのだが、食事は既に済んでいたようで、席から立ち上がると、すぐに食器や皿どころか机や椅子までもが血となって床に染み込んでいった。絨毯はもとより赤色であるため、変化は特にない。というよりそもそも既に血染めなのだろう。
——これは、このダンジョンそのものが血液貯蔵庫だな。
俺の直感と経験由来の知識がそう告げるわけだが、ここまで膨大な量となると、本当に対処が難しい。さっきみたいに刀剣類をバカスカ投げまくっても焼石に水ということだ。
この
俺とてそれなりに腕の立つアヤカシハンターである自覚があるが、そういう俺みたいな奴が最低でも5人ぐらいはいないとマトモにダメージを与えることすら難しい。
強化に強化を重ねた多量にして多重にして波状の絨毯爆撃めいた攻撃を小一時間ぶっ放せばまあどうにかと言ったところだろう。
そんなことをしている内に、ブラッドソードの方から強大な反撃の一点が繰り出されることも目に見えているので、そこすら考慮に入れて戦わなければならない。正直こういう格のアヤカシ討伐は生半可な規模のチームでは無理ゲーにもほどがある。そういうことなのだった。
とはいえ、とはいえである。
こんな城の中で俺や穂村まりんが取れる選択肢などたかが知れているわけであり、何なら選ぶ余地すら実質的にないようなものであり、普通に考えると逃げて死ぬか、戦って死ぬか。という、そういった感じのクソみたいな二択なのだった。
さて、どうしたものか。
そう思いながら、一応心配ではあるので穂村まりんの方へと視線を移したのだが、あの後輩女子、あろうことか笑顔で顔を紅潮させていた。
——え? 興奮してる? 嘘でしょ……?
「——え? 興奮してる? 嘘でしょ……?」
人間、あまりに想定外なことが起こると脊髄反射で脳直発言をしてしまうらしい。
たった今の俺がそれである。穂村まりん、あろうことか現状に興奮しているらしかった。
「俺ちょっと引いてんだけど、なんでこの状況でそんな息まで荒げてんの? 行き過ぎた自殺願望?」
「へ? いやだって先輩ぃ……♡ だってだってですよ……んっ♡ こんな明らかにあからさまに圧倒的に強そうなアヤカシに殺されるって、逆にレアじゃないですか? こんな結末、そうそうあるものじゃありませんよぉ……!」
「なんで途中一回可愛い声出した?」
本日何度目かの絶句。こんだけ絶句だらけだとなんらかの漢詩できるだろもう。できねぇよそういう絶句じゃないんだから。
……あぁもう調子狂うなマジ。
——今なら混ぜてもバレないか。
「——おい、変態後輩。
お前のスーサイド癖に巻き込まれるつもりは微塵もないし、ここで塵芥になるつもりもない。
——とりあえず逃げる手立てはある。さっきみたいに武器投げてくれるか?」
俺がしっかりシリアスモードで話しかけたので、どえらい興奮状態だった穂村まりんもスンと真顔になり、スポーツバッグを漁り始めた。
「んもう、せっかく気持ち良かったのに。
まあでもブラッドソード氏はまだ様子見のようですね。こんな結界内で攻撃仕掛けられたら一発でおしまいですからね私たち」
「ああそうだ。終焉すぎていっそ笑えてくるほどにな」
経験則、こういうタイプの結界ならば、概ね、それこそ九割がた——結界内のあらゆる場所から血を垂れ流し、それを武器に変換して射出してくる。無駄がないし回収も容易だし殲滅能力も高いしで
そもそもアヤカシは俺たちハンターと戦っているだけではなく、アヤカシ同士でも結界の浸蝕で勢力争いを行っているので、真の固有能力を晒さずに済むに越したことはない。
そう言った理由も相まって、今の俺たちみたいな迷い込んできた二匹の羽虫同然のちっぽけな存在に、いきなり全力をかましてくるわけがなかったのだ。
殺そうと思えばいつでもできるのだから。
「さて。贄たちよ。囁きは以上か?
苦しまずに刺殺してやろう。肉が二つだけのバーベキューというのも、いささか寂しいがな」
言い方から察するに、すぐにでも実行に移さなければ危険域だ。
俺は穂村まりんに合図を送り、まりんは刀剣類を既に空中へばら撒いていた。
「良い判断だ! バレルロールだこの野郎……!」
弾丸じみた刀剣が、空中で散乱する——。
俺は脚に魔力を通して大きく跳躍。後は勢いに任せて剣を蹴り——次々とブラッドソードへと殺到させる!
その動きが結果的に
その空中回転の最中、俺の壮絶動体視力で下を見る——穂村まりんも回避に成功。俺の動きに合わせて走り出したことで、すんでの所ではあるが——ブラッドソードの目算より一瞬早く回避行動を取ることができたのだ。
「——ぬ、貴様ら。この出力差を見てまだ足掻く気か? こちらは二射目など造作も——」
片手間で剣を払い落とすブラッドソード。武器すら使わず撃ち落とし、いや切り払い? とにもかくにも、あの吸血鬼が圧倒的強者であることだけは間違いない。だからこそ、俺は全力で切り札を一枚投入した。
ブラッドソードが言い終わるその寸前、何発目かの剣のすぐ後ろ——ブラッドソードから死角になる位置に、俺はそれを蹴り入れた。
「——
「造作もないというのに——む?」
ブラッドソードが撃ち落とした剣、そのすぐ後ろにあった死角にして刺客の剣。
如何な超常存在であれど、迎撃動作——その直後の一瞬であればミリ単位ではあれども隙は生じる。そこに差し込んだのが上記の剣。
とは言え、そうは言っても相手は上級のアヤカシ。剣が一本刺さった程度で死ぬような肉体構成はしていない。ましてや相手は吸血鬼。なおさらである。せめて悔いなき全力キックで撃ち込んだ杭であれば、一矢報いることができたかも知れないが、そんな都合よくいつでも杭を携帯しているわけではない。というかそもそも、本人の結界内である以上、吸血鬼の弱点そのものであっても倒し切れるかは定かではない。
ゆえにこそ、ここで伏兵めいた剣が刺さったところで、ブラッドソードにとってはそれほどの痛手ではなかった。蚊が刺した程度である。
それがただの、これまで通りの剣であったならば——の話であるが。
——俺がブラッドソードに撃ち込んだのは、この浸蝕結界よりも高密度のものであった。
「ぐぶっ……!? 貴様、なぜ、このようなモノを……!」
血反吐を吐き、動きを鈍らせるブラッドソード。
時を同じくして、浸蝕結界【
「行くぞ穂村! おそらく数分と保たない! 本来のここは坂を降りて街に戻れば逃げられる! 前に来たからな!」
穂村まりんの右腕を掴み、俺は走る。全力で、全速力で疾駆する。
「先輩。今何したんですか?」
「不意打ちしただけだ!」
正直それ以上を話す気もないし、それ以前に、全力疾走している以上話す余裕などない。
つーかこいつ体力有り余ってんな!?
「んー、まあ良いです。助けてくれてありがとうございます。このお礼はまたの機会に。
ま、その前にブラッドソード氏をなんとかしないとなんですけどね」
それは実際そうである。だが逃走に成功した今、闘争の手段もいくつか増えた。今はそれだけで良しとしよう。
全く、とんだブランク明けだ。
でもまぁ、別人であれど、いなくなってしまった彼女と同じ顔をした人を助けることができたのだから、今日はそれで、満足だ。
俺は息を切らしながら、ボンヤリとそう思った。
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