第3話「現代dungeon……」

 ——謎の吸血鬼、ブラッドソード・プラウドハートと出会うおおよそ1時間前。

 俺と穂村まりんは戯画町に存在する戯画駅に、少々特殊な方法で向かい、そして、結果として異常な電車に乗り込んでいた。


 その方法と言うのが、『戯画町七不思議』が一つ、【恐怖! 異界に続くエレベーター】というものである。


 ざっくり言うと、戯画駅のホームに向かうまでに、2人で会話をしながら3番ホーム前までまっすぐ進み、その後その場で5回話題を変えて話し込み、さらに2番ホーム前まで戻った後、自分の手荷物カバンの中をガサゴソ漁った後そのままカバンの中身を見たまま再び会話を始めつつ3番ホーム前まで行き、そこでホームに通じる階段を、登った先を見ずに登り続けた後、前に出現する扉を開けるとエレベーターになっているので、そこの階数ボタンを5→3→1→2→6→4→5と押すと勝手にドアが閉まって動き出すので、そのままラストの5階に到着するまで2人で会話を続け、その最中に誰か入ってくるがそれも特に気にすることなく会話を続け、徐々に到着チャイムがゆっくりになっていたら成功。これで戯画駅から異界のホームに到着。

 と言った内容なのだが。


「いや長い。長いんだよこの手順。バグ技だろこれもう。つーかもうなんならデバッグだろこれ。誰がやるんだよこんなクソめんどくさい手順をよ。今やった俺らが言えることじゃないかもしれんけどよ、ゲームのデバッグでしかやらねぇだろこんなもんよ……」


 心底、実に心底うんざりしながら俺はそのような感想を述べたのだが、穂村まりんはフッと息を吐いて、俺の肩に手を置いた。なんでこんな馴れ馴れしいんだよ。その顔でそれされるの結構こたえるんだぞ。


「いやいやそれがですね先輩。どうやら昨年これを偶然実行しちゃった人がいるみたいなんですよ」

「嘘だろ。こんなハチャメチャに手間のかかるクソ難解パズルみてぇな手順をクリアして異界に迷い込んだ奴がいたってのか? そいつの顔を見てみたいもんだな」


 ここまで言ったところ、穂村まりんが俺に手鏡を渡してきた。つまり俺がそいつらしい。


「え? 俺? そんなことある?」

「やだなぁ先輩。去年白咲先輩と痴話喧嘩しながら異界に迷い込んだことあったでしょう? その時の道中を思い出してみてくださいよ」

「ん? 白咲と————あぁ、あれか」


 確かに俺は、ああそうだ。言われてみれば確かに、俺は去年、幼馴染であるところの白咲彼岸と言い合いをしながら駅まで向かっていたところ、、3番ホームに行って電車に乗り込み異界に辿り着いたことがあった。


 その駅の名前というのが——


「電車が停車いたします。次はァ……■■■■■■■■■」


 耳障りなノイズめいたアナウンスが鳴り響き、俺たちを乗せた異常な電車が停止する。

 ここが終点。その名は——


 【現代dungeon駅】


「ふざけてるよねこれ」

「でも看板にそう書いてありますよ」


 書いてありますよじゃないんだよ。


「いやだからそれがふざけてるよねっつってんの俺は。いや異界なのはわかるし、そこに佇む奇妙にして異様にして奇怪な駅なのはわかるんだけどよ。つってもなんかさぁ、もうちょっとこう、きさらぎ駅みたいなさぁ、そういう風情みたいなのがさぁ、欲しくない?」


「でも看板にこう書かれているんですから、私たちはその結果をこそ受け入れるべきなんじゃないでしょうか」


「なんでそんな冷静なんだよお前は」


「やだなぁ先輩。私たちはアヤカシハンターですよ。異界にいる時こそ最も冷静に努めるべきだと私は思いますね。先輩はそれができる人でしょう? それができたからこそ今まで結果を出してこれたわけですし、それができたからこそ、あの吸血鬼の成れの果てを」

「それ以上言うな。怒るぞ」


 淡々と言ったつもりだったが、少しばかり語調が強くなってしまった。これでは先輩として示しがつかないな。


「これは失礼しました。以後気をつけます。

 ところでこの看板はダンジョンの生成物ですから、ここの主人の心象風景が具現化したものだと考えられますね」


 ——その言には、実際俺も異論はなかった。


 この異界空間——いわゆるダンジョン——というものは、別世界に存在するアヤカシたちが、俺たちの世界との間に生成させるある種のワープホールなわけだが、それ自体がそれぞれのアヤカシ固有の世界となっている。


 要はテラフォーミングを兼ねているのだ。

 自分たちの世界の常識を内包した結界を徐々に、じわじわと、俺たちの世界へ接続させる。そして生じた時空の亀裂を通じて、俺たちの世界を浸蝕していく。


 ゆえに——浸蝕結界。

 ダンジョンは、俺たちハンターの界隈では、そのように呼称されている。


 浸蝕結界は、展開をしたアヤカシの精神世界が反映されることが多い。

 となれば、あのふざけた看板も、アヤカシ由来のものであろうことが窺える。


「だから余計にふざけんのか? ってなってんだけどな俺は」

「あはは、それは確かにその通りですねぇ。

 まあここの主人アヤカシ、いつの間にやら討伐されていたわけですけど」

「ダンジョンが崩壊していたとなれば、まあそうなるよな。あの時は『入るたびに地形が変わる』構造をしていたが、今はどうなってることやら」


 などと言いつつダンジョン——洞窟タイプ——へと踏み入れる俺たち。

 駅から出たらすぐさま洞窟に直結というのは、もうその時点でだいぶ不思議な構造であるが、これは前からである。

 以前の主人アヤカシは、一体どんな奴だったのであろうか。そこへの興味は、ないでもない。


「お、先輩。中はオーソドックスな洞窟って感じですが、早速全然オーソドックスではない魔力反応ですよ」


 俺の感覚もそれほど鈍ってはいなかったようで、周囲に形状変化型不定形アヤカシシェイプシフターが5体、再生機構持ち泥人間型アヤカシスワンプマンが2体、そして——


 ズン、と。大きな地響きが一つ。

 最早隠れてもいないし隠す気もない。

 推定300メートル先に、その巨体はあった。


 ——タイプ:大鬼。5メートルほどの巨躯に、3メートルほどの棍棒を装備したそれは、いわゆる赤鬼といったところか。

 古来より日本の伝承に記されがちな存在ゆえに、シェイプシフターやスワンプマンよりはこの場に似つかわしい。似つかわしいのだが。


「あれにも自我がなさそうだな。

 となると眷属か。あの規模のアヤカシを従えているとなると、首魁はかなりの手練れだぞ」


 言いつつ、俺は穂村まりんがスポーツバッグから剣類の武装を引っ張り出しているのを確認。仕方がないので手早く片付けることにした。


「よし、穂村、俺の戦い方は知ってるな? なんの術式もないが、肩透かしって思わないでくれよ?」

「思うものですか。固有術式を持たないまま、ただ魔力で身体や武装を強化しただけで上級ハンターに名を連ねた凄腕——おそらく私以外のみなさんも、そんな感じで一目置いているんだと思いますよ」


 俺の戦闘スタイルを事前に聞いていたようで、穂村まりんは俺に向かって剣類を次々と投げ始める。


「そうだな。だと嬉しいんだが、な————ッ!」


 魔力を通した腕で剣を掴み取り、


 複数捕捉マルチロックオンは既に脳内で完了しており、後は無心で剣を投げつけるのみ。


 1体、2体、複数同時で一気に8体。

 俺の魔力を限界まで注ぎ込んだ剣が炸裂すれば、大ボス以外は塵も同然。ものの見事に爆発四散。


「穂村、槍もあんだろ? それ投げさせろ!」

「投げやりだったわりに、結構乗り気じゃないですか〜〜!」

「スイッチ入ったら強ぇんだよ俺は!」


 当然、大ボスというのはこのダンジョンの新たな主人のことなので、そこでボスキャラみたいに構えるデカい鬼のことではないため——


 ——魔槍、投擲。


 其は豪速球のメテオランス。

 空気は軋み、つんざく高音が辺りで響く。


 音が遅れ、着弾音が鳴った時既に——


 せいぜい中ボスの大鬼は、木っ端微塵に四散していた。



「おぉ〜〜。流石ですねぇ先輩。

 お耳にふーしてあげましょう」

「は?」


 直後、右耳に穂村まりんの吐息が流れ込んできた。

 やや生暖かく、口先による若干のハンドリングによる蛇行が、俺の理性に絡まってくる。

 この感覚、どこかで——


 ——吐息、首筋、囁き——


 ——黒紫、あげは。



「————っは。

 ……穂村お前、どういうつもりだ」


 内心を隠しつつそう訊ねると、穂村まりんは


「こういうの、先輩好きかなって。

 ちょっとした労いのつもりなのでした。えへへ」


 小悪魔めいた笑みを浮かべつつ、そう答えた。


「……からかうのも程々にしろ。俺らがここに何しにきたのか、他ならぬお前が忘れたわけじゃないだろうな」


 ——そう、そもそも前回の引き自体それだったわけで。


 いつまでもその瞬間を引き延ばせるわけでもなく、逃げ仰るわけでもなく、どうしようもなく。


 ダンジョンの天井が抜け落ち、巨大な棺が突っ込んでくる。


 まるで艦船が突貫してきたかの如く——いや、おそらくあれは本当にそういう類のものであろう。


「先輩。なんですあれ」

「ダンジョンそのものの地形をぶっ壊せる質量となると、もう

「え、じゃああの棺自体が新たなダンジョンだと?」

「まあそうなるな。そしてあの中に——」


 このダンジョンの新たな主人が乗り込んでいる。


「——いかにも。

 ——————いかにも、である」


 轟音と砂煙。それらが起きたのは、巨大な棺が開いたから。全長30メートルはあろう棺が開いたから。


 棺が開くやいなや、ダンジョン全体が軋みを上げて崩壊→再構築されていく。


 岩で構成された洞窟は、瞬く間に血塗れの王城に早変わり。

 鉄と血とがないまぜになった鉄分の香りが満ちる冷ややかにして静寂な——ここは、食堂か?


 長いテーブルの周りには椅子がいくつも並べられており、俺たちの真正面——そこがテーブルの(便宜上)南端。そして北端には——主人である初老の男の姿が見える。


 銀の長髪には返り血が点在しており、その男が先刻までをしていたことが窺えた。


「——我が名はブラッドソード・プラウドハート。【血鬼裂棺けっきさかん】の吸血鬼。

 今宵の贄は、お前たちであるか?」


 ダンジョン構造を書き換えるほどの濃密な魔力を湛えた甚大なるアヤカシが、そこには君臨しており、今明確に、俺たちを目視した。


 どこが軽い任務なのか。どこが復帰直後にちょうどいいのか。

 肩慣らしってなんだっけ。そう独白せざるを得ない。

 ハンター2人でどうにかなるレベルは、とっくの昔に超越している。


 であればどうする、どう出る。

 結界がここまで完全に展開されたとなれば、基本的に脱出は不可能。ここで倒すか倒されるかしか、結末は存在しないだろう。


 さて、どうするか。


 ここからが、俺の手札の切りどころ。

 俺の腕の、見せどころというやつだった。


 

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