第2話「失恋相手、蘇生?」
——絶句。本日2度目の絶句。あんまり絶句していると漢詩になってしまうかもしれない。その絶句ってそういう意味ではないのはわかっている。重々承知である。けれども、そうであるけれども、俺だって言いたいことは色々ある。絶句と言いつつ絶叫したい気分だ。いやそうではなく、そして俺は別に殺人者と言うわけでもなく。
——『黒紫あげは』。
——彼女は、アヤカシだったのだ。
アヤカシハンターであるところの俺は、吸血鬼がこの町『
——惚れてしまった。
——惚れてしまったのだ。
……正直どうしようもなかった。見た目がどうとか性格がどうとか中身がどうとか話はどうとか趣味がどうとか、とにかくそういうの全部ひっくるめて惚れてしまった。惚れ込んでしまった。それはもう、ベタ惚れだった。これ以上ないぐらい、過去一のフォーリンラブだった。
とは言え別に、吸血鬼特有の
だからこのフォーリンラブは本当に、ただただ純粋に、シンプルに、俺が吸血鬼の少女に惚れてしまった。ただそれだけのことだった。
鍛錬がどうとか、ハンターがどうとかそういう問題ではなく、こういうのを運命的な出会いと言うのだろう——そう思わざるをえない、そういう衝撃と熱い恋慕なのだった。
——が、何度も失恋と言っているように。
俺は彼女と添い遂げることはできなかった。
とは言え。添い遂げられなかったと言うだけで、実のところ両想いではあった。あったのだが——
俺はアヤカシハンターで、
彼女はアヤカシ。
そう上手くいくはずもなく、いくつかの試練の末、俺が死ぬことで事態を丸く収めようとした。
けれど。結局死を選んだのは彼女の方で。黒紫あげはの方で。
崩壊が始まりゼリーの様に崩れていく、そんな彼女が望むままに、俺がその手で
——だから殺したのは俺。
そんな、どこにでもはない状況ではあれど、誰しもが経験し得る大失恋を、俺はしたのだった。
したのだったが。
——その黒紫あげは本人としか思えない女生徒が、教室の外で——3-1教室の外で、俺に小さく手を振っている。
——どうして?
喜びよりも先に疑問が浮かんだ。
死別した恋人との再会だと言うのに、ハンターとしての俺がこの状況を異常事態であると認識している。
——ありえない。
確かにアヤカシの中でも吸血鬼は死にづらい存在であり、不滅・不老・不死の三拍子揃った最強クラスのアヤカシである。
だが、だがしかしあの時間違いなく彼女は——黒紫あげはは霧散した。
血も涙も残さず、彼女はこの世から消滅した。塵すら残さず、彼女は死んだ。
それは間違いないのだ。アヤカシハンターゆえにアヤカシの知識も多く有する俺が、知識と経験の双方、そして加えて直感すら動員してそう理解したのだ。
——そんな彼女が、生きている?
そんなことがあり得るのなら、俺はあんなにもやさぐれるはずがなかった。可能性に賭けていた。賭けられたはずなのだ。
だが、そんな可能性は万に一つもなかった。
だから、だから、俺はこの状況を、喜べなかった。
以上の思考を一瞬で済ませ、俺は教室を出て彼女の前に立つ。
「おやおやこんにちは先輩。私の名前は——って、うわぁ〜〜??」
そして、彼女が何かを話し始める前に、その左腕を引っ張って、屋上まで連れて行った。
◇
結論として。意味がわからないが、彼女は黒紫あげはではなかった。
彼女の名前は
俺と同じ、アヤカシハンターだった。
「いやぁ。それにしても驚きましたよ。先輩がこんなにも強引な人だっただなんて。他人の空似でここまでします? 私これから何されちゃうんでしょう〜〜? チラッ」
チラッと言いながらチラ見してくる穂村まりん。見た目はどう見てもあげはそのものだが、だが、全くの別人だった。
全く込み上げてくるものがないのだから、それが答えなのだろう。
やはり彼女はもう、死んでいるのだ。
「……で、穂村まりん、だっけか」
「まりん、で良いですよ先輩〜〜」
「……穂村。お前がアヤカシハンターなのはわかった。ちゃんと周りの奴らにも秘匿しているあたり、修行や研修もやってきていたであろうこともわかった」
「おお! では私の任務、手伝っていただけますか!?」
「それはやらん」
「ズコーーー!」
文字通り、というか発言通り、穂村まりんはズッコケた。あまりにも漫画のようなリアクションであったため、トゥーンワールドでも展開されているのかとさえ思ったほどだ。
「ツッコまないからな穂村。
……さっきも言ったが、俺はもうハンターをやるつもりはない。だから他を当たれ。別に俺じゃなくたっていいだろ」
ややなげやりに、尚且つぶっきらぼうにそう言ったのだが、いつの間にか起き上がっていた穂村まりんは涼やかな笑みを顔に貼り付けたまま嫌なことを言ってきた。
「そのことなんですけど、協会の上層部も流石にエースがこのまま腑抜けになるのは困るみたいなんですよね。
で、ちょっと意地悪な取り引きを用意して私にそれを伝えるように言ってきました。
それがこちら。どどん!」
その直後に彼女が制服の胸ポケットからメモ帳を取り出し、そしてそれを開いて俺に見せてきた。そこには——
『白咲彼岸との接触を禁ずる』
とだけ書かれていた。
「お前……」
「いやですね先輩。これは私どころか上層部のお歴々も本意ではないんですよ。でもこれぐらいやらないと先輩も応じてくれないでしょう? 先輩がハンターやめずにいてくれれば、それだけでオールオッケーなんです。ていうかそもそも、」
「もういい、わかった。手伝ってやる。どこのダンジョンだ。放課後で良いか? 武器は貸せよ?」
穂村まりんの発言を遮るように、ついムキになって俺はそう返した。
わかっている、わかっているさ。俺がハンターをやめることなど、そう簡単にできることではないことぐらい、な。
「おぉ、頼もしいですカッコいいです憧れちゃいます。場所は戯画駅近くの【
先輩の能力ももちろん把握しておりますので、協会至急の魔力付与済み武装をご用意してあります。ジャンジャカ使ってください。それはもう、湯水の如く! 『
「ああわかったわかった。予算は回してくれたようで何よりだ。こっちも約半年のブランク明けだ。崩壊ダンジョンの再展開阻止ぐらいの緩い任務なら、肩慣らしやリハビリにちょうど良くて助かるよ」
両肩を水泳のバタフライの如くグルグル回しながら返答して、俺は久方ぶりにアヤカシハンターとして活動することとなった。
目の前の少女——穂村まりんがなぜ、黒紫あげはと瓜二つなのかは不明だが、それでも俺は、もうしがらみの中にいた。
どうあれ俺は、こういう生き方を所望されている。否が応にも期待されている。
だからこそ、ため息混じりでも応えてみるか。
必要とされているのなら、そしてそれに不快感がないのなら。俺はもう少しだけなら頑張れるだろう。
まだ少しなげやりながらも、俺はそう決意した。
——これは、俺が失恋から立ち直る物語。
苦い思い出を糧として、未来へ進む物語。
それが今、始まるのだ。
◇
——で、ダンジョンに入ったわけなのだが。
「——我が名はブラッドソード・プラウドハート。【
今宵の贄は、お前たちであるか?」
ダンジョン構造を書き換えるほどの濃密な魔力を湛えた甚大なるアヤカシが、そこには君臨していた。
肩慣らしってなんだっけ。
ハンター2人でどうにかなるレベルは、とっくの昔に超越していた。
アヤカシラセン 澄岡京樹 @TapiokanotC
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