アヤカシラセン

澄岡京樹

第1話「終わった白昼夢」

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 現代2020年代において、現世と異界の狭間——都市伝説で言うダンジョン——から溢れ出てくる魔物の類→【アヤカシ】は、全盛期と比べるとだいぶん落ち着いたという。


 とは言え、今でもそれなりに各地でアヤカシは出現しているので、俺みたいな退魔師——【アヤカシハンター】——の末裔が人知れず討伐しているのである。


 俺は意外と才能があったようで、高校に上がる頃には地方遠征部隊にまでお呼びがかかるほどで、で数日学校を休むこともあった。

 日本中で俺——根源坂開登こんげんざかカイトの名を知らないアヤカシハンターは存在せず、いたとしたらそれはモグリだとさえ言われていたほどだ。


 ——そう、


 高二去年の十月頃まではそうだった。

 それからの俺は、腑抜けだった。任務に出る気も起こらず、ただいたずらに日々を浪費していた。勉強も、運動も、討伐も、遊びも、そして——恋愛も。その全てを雑に、無気力に、なげやりに受け流し、日々を怠惰に過ごしていた。浪費以外の何物でもない。


 ——きっかけなんて些細なことで、本当に、人によってはくだらないとさえ言いそうなもので。なんというか俺は、


 ——ちょっとした、大失恋を経験したのだ。




——第1章『夜霧刀』




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「あら。今日は早いのね。いつも遅刻ギリギリなのに」


 家を出ると、隣家の幼馴染——銀髪ツーサイドアップで真紅眼の生徒会長レッドアイズ・カイチョウ・ドラゴン白咲彼岸しろさきヒガンが立っていた。


 銀髪に真紅眼、男女問わず振り返る美貌。なんなら自分で美少女とか言うほどの美少女が彼女なのだが、まあ別に俺が失恋したのはこいつではない。最早そういうことを言う気も起きないぐらいに身近な存在だったからだ。


 そんな彼岸が、俺に近寄ってくる。俺が170cmで彼女が160cm。若干だが彼女が上目遣いの形になる。


「ちょっと。無視とは良い度胸じゃないの。偉くなったものね。あなた本当は私に頭上がらないがちじゃないの。去年とか一時期遅刻常習犯だったから1時間目の授業のノート私のやつ見てたじゃないの。不貞腐れて反抗期ぶり返して弁当も持たずに屋上で座り込んでいたところを見つけてあげたのは誰だったかしら」


 めちゃくちゃ捲し立ててきた。それはもう思い切り捲し立ててきた。しかもノート・エピソードとか言う本当に事実以外の何物でもないことを初手に持ってきたため思わず反論を挟み込むことを忘れて聞き手に回ってしまった。それによってそのまま言われるがままなすがまま、瑕疵ツッコミどころに気づかなければそのまま土下座まで持って行かれていたことは想像に難くなかった。つまり瑕疵があったわけだが。


「ちょっと待て白咲。確かにノートに関しては本当に弁明の余地もなくただただ感謝だ。感謝感激雨あられだ。だがちょっと待て。一つ言いたいことがある」


「あら何よ根源坂くん。首を垂れる準備じゃなくて何か文句でもあったの根源坂くん。本当に良い度胸してるわね根源坂くん。あなた私に傅く以外の選択肢があると思っていたの根源坂くん」


「俺の名前を語尾みたいにするのやめろ。

 いやそこじゃない、そうじゃない。そっちじゃないんだよ。その前だよ白咲。弁当の話だよ。俺が言いたいのはそっちなんだよ」


 そこまで言うと白咲のやつも「む」と口をつぐみ、とりあえず聞く体勢に


「弁当の話? あああの日——というかあの頃の話ね。そう、思い返すこと半年前。そうね、今はゴールデンウィーク明けだから半年+1ヶ月前と言ったところかしら。いえ、まだそこまでは経ってなかったわね。じゃあどれぐらい前かしら。やっぱり半年とえぇと」


「聞けよ俺の話をさァ!!

 もうさァ! ダメだって話聞いてくんなきゃさァ!」


 全然、全く、これっぽっちも話を聞く体勢ではなかった。体勢は体勢でも大声たいせい。白咲彼岸はそれはもうよく張った綺麗な声で再び長文みてぇに話し始めたのだ。


 聞くことに耐性がないわけでもないが、これはどっちかって言うと煽り耐性とかの方面のスキルツリーを伸ばさないとどうにもならない方向性の局面であって、俺は別に白咲相手にそういう耐性は持ち合わせていなかったため耐えきれずに耐える体勢を崩して大声たいせいを出してしまったのだった。


「ふ、私の勝ちね根源坂くん。

 ちなみにあなたの言いたいことはわかっているわよ。

 ——あの時別に助けてくれたわけじゃないだろ。空腹かつやさぐれモードな俺の前で1人ムシャムシャ弁当を食べて笑みを浮かべていただろ——でしょう?」


「大正解だがわかってるなら聞いてくれても良いじゃねーかよ!!!!!!!!」


 もうなんなら吠えていた。朝8時のことである。もう少し声量が大きかったら近所迷惑マンに成り下がるところだった。とんだレベルダウンである。

 だが叫んだおかげでほどほどにクールダウンできたので、さっきよりは落ち着いて彼岸に話しかけることができるようになった。

 大失恋から半年ほどは経過していたため、多少は元の調子を取り戻しつつあったのだ。


「……で、白咲。確かにお前は喋るの好きな方だけどさ。生徒会長に立候補したのも、『スピーチやりたすぎワロタ』だからなのは知ってるけどさ。にしたって今のは普段以上にアクセル全開だった。アクセルシンクロだった。時間振り切る勢いだった。

 ……何がどうしたってんだ?」


 そう言うと、彼女は若干モジモジしつつ、俺から目を逸らしつつ、急に口数が少なくなりつつ、こう言った。


「何で……って。

 その——————久々に朝から話せて嬉しかった、から……」



「——————」


 ————絶句、というのは、おそらくこういう時に使うのだろう。

 あまりに想定外。あまりに予想外。あまりに不意打ち。

 こいつにも、白咲彼岸にも可愛げと言うのがあったのだと。

 俺は今更ながらに気づいたのだった。


 普段あれだけ尖ったナイフcold edgeな白咲がここまで温野菜みたいな火照りを見せつけてくるなると、さすがに襟元を正さざるを得ない。


 とりあえず俺は彼女の肩に手をポンと乗せて、


「うん。普段からその可愛い感じで頼む」


 そう言ったところ、


「……ばか」


 彼女はムスッとして先に登校してしまった。


 ——乙女心と秋の空。わからんもんだ。

 いや今は春なのだが、そういうことを言いたいわけでもなく、ただただ所在のないモヤモヤを抱えることになる俺なのであった。


 ◇


 そんなこんなで昼休み。

 結局一度も教室で目を合わせてくれなかった白咲なのだったが、別に付き合ってもいないわけだし、なんなら普段も別に今はそこまで話し込む仲というわけでもない。

 それもあって、とりあえず俺はそこらへんの友人を連れて屋上にでも向かおうかと思っていたのだが——


「おい根源坂。なんか2年生の子が呼んでんぞ。誰? 彼女?」


 級友の崎下徹さきしたトオルが指で指し示した先には、が立っていた。


黒紫くろむらさきあげは————?」


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 黒紫あげは。

 俺の後輩。黒い外ハネ・ショートヘアの女子生徒。

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 そこには、ここには存在しないはずの——外ハネが目を惹く黒いショートヘアの少女が立っていて、

 その少女は、明らかに俺を知っている素振りで手を小さく振っていて、

 俺はその現状に——正体不明の恐怖心を抱いていた。


 なぜなら、そうなぜならば——


 ——彼女は、黒紫あげはは。



 他ならぬ俺が、根源坂開登こんげんざかカイトが殺したはずなのだから。

 

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