第67話:(余命が)一週間コクオウ。

 重たい雰囲気の中で、ルーカス王子がその言葉を口にする。


 ……内戦、か。


 スレイ殿下陣営には所属する貴族たちの私兵が。ブルート殿下陣営には支持基盤である軍部と衛兵が。そして、ルーカス王子陣営には王国騎士団が。それぞれの陣営が戦力を持っており、それらの戦力は拮抗している。


「兵数ではブルート殿下の陣営が最も多いけれど、あそこは民兵が大半だから装備や練度面で劣ると聞くわ。スレイ殿下陣営も兵数は居るものの、どの貴族の私兵かによって装備や練度はまちまち。軍としてのまとまりもない。そして私たちの陣営は、王国騎士団が装備や練度で他を圧倒しているけど……」


「数で圧倒されちまってるからなぁ。こればっかりはどうにもなんねぇぜ……」


 リリィの言葉を引き継ぎ、ロアンさんが肩をすくめた。


 王国騎士団の総数は確か千人弱で、その内の二割くらいが騎士団長と国境警備にあたっているらしい。他の陣営が万単位の兵力を有していることを考えれば、数の面では圧倒的に不利だ。装備と練度で数の不利を補えそうなのは凄まじいが。


「各陣営、どこも戦力で決定的に抜きんでているわけじゃない。だから父上が健在の今の情勢では、この戦力均衡は兄上たちに軍事力の行使を躊躇わせていた」


「でも、国王陛下が居なくなったらその限りじゃなくなると……?」


「いつまでも王位を空席にしてはおけないからね。誰かが王にならなくちゃいけない。だけど話し合いで誰かが王位に就けるなら、今の王位継承権争いなんて起こっていないだろう? 話し合いで決まらないなら、争って決めるしかないのさ」


 リース王国は絶対王政。国王に権力が集中していて、この国には元老院や貴族院のような議会すら存在していない。もしも議会があれば投票による多数決で国王を決める手段もあったと思うが……、それはそれで争いの種になりそうだな。


「だからこそ、この状況は最悪だ。どの陣営も決定打になりえる戦力がない。内戦になれば間違いなく泥沼化するし、いずれは他国の介入を招くことにもなるだろう。戦火がどんどん広がって、大陸全体を覆う世界大戦に発展する可能性だってあるかもしれないね」


 今から百年以上前の、王立学園設立のきっかけにもなった戦乱期以来の世界大戦か……。ルーカス王子が大げさに言っているようにも聞こえてしまうが、きっとあり得ない話ではないんだろう。


「私たちを呼んだのは、その内戦に備えるようにという事でしょうか……?」


 リリィが恐る恐る尋ねると、ルーカス王子は首を横に振った。


「確かに内戦への備えは必要だ。そのための準備も前々から進めてある。……だけど、そもそも内戦を起こさないのが、一番だとは思わないかい?」


「まさか……っ」


 一つの可能性に思い当って、俺は思わず椅子から立ち上がってしまった。ルーカス王子はこちらに顔を向けて微笑みを浮かべる。目隠しの向こう側からねっとりと観察されているようでなんとも気持ちが悪い。


「…………あぁ、そういうことなのね」


 リリィもようやく思い至ったのだろう。額に手を当てて苦虫を噛み潰したような表情を見せる。


「どうしてヒューだけじゃなくて私まで呼ばれたのか、ずっと気になってはいたけれど……」


 そう。もし国王陛下の死に際してルーカス殿下が何らかのアクションを起こそうとしているなら、必ずしもリリィを呼ぶ理由はない。俺のスキルの事は知っているのだから、俺だけ呼べば十分なはずなのだ。


 リリィのスキル〈戦術家ストラテジスト〉が活躍する場面は限られる。実際に内戦が始まれば大活躍だとは思うが、ルーカス王子はそもそも内戦を起こしたくないと言う。


 内戦の回避と、リリィをここに呼んだ理由。内戦を回避するのに国王陛下の生存が大前提だとするならば、自ずと答えは見えてくる。


「レクティに、国王陛下を治療させるつもりなんですね……?」


「ご明察だよ、ヒュー。父上の病を治すため、ひいてはこの国とこの国に住む民のため。どうか君たちの友人の〈聖女〉の力を借りたい。今日はそのために、君たちを呼ばせてもらったんだ」


 ……レクティの治癒の力はアリッサさんによってルーカス王子に筒抜けだったのだろう。ブラウンが事故で負った致命傷を、痛みや後遺症すら残さず治した事も耳に入っているはずだ。


 〈聖女〉スキルを持つ少女が活躍するおとぎ話。そこに描かれた病気すら治すという〈聖女〉スキルの力。もし同じことがレクティに出来るのだとしたら、国王陛下の病を完治までは難しくとも余命を引き延ばすことくらいは可能かもしれない。


「俺とリリィを呼んだのは、俺たちにレクティを説得させるためですか」


「君たちがレクティ嬢と仲良くしているのはアリッサから聞いていたからね。君たちに説得して貰ったほうが、王子権限で召喚状を出すよりも穏便だと思ったんだ」


 それは確かに、そうかもしれないが……。


 レクティとしても、いきなりルーカス王子から召喚状が届くより、俺たちから国王陛下の病状を聞かされ治療を頼まれたほうが受け入れやすいだろう。


 ……とは言え、レクティに国王陛下を治療させることは、彼女を王位継承権争いに巻き込むことに他ならない。


 レクティを巻き込むくらいなら……。


「先に言っておこう。ヒュー、君のスキルを使うつもりはないよ」


「……っ」


「君のスキルで父上が回復したとして、兄上たちや父上にそれをどう説明するつもりだい?」


「それは……」


「君のスキルが露見すれば、間違いなく父上は君を消すだろう。たとえ命の恩人であってもね。僕はそんな結末を望んじゃいないよ。そうなるくらいなら内戦のほうがマシだとさえ思っているくらいだ」


 ルーカス王子は何の躊躇いもなくそう言い切った。どこまで本気か定かじゃないが、そこまで言われると引き下がるしかない。


 ちらりと隣のリリィを見ると、彼女も首を横に振っていた。どうやらルーカス王子に同意らしい。


「もちろん君たちの懸念は理解できるよ。王位継承権争いに友人を巻き込みたくない気持ちはよくわかる。だから、こう考えてみてほしい。これはレクティ嬢を守るためでもある、と」


「レクティを守るため……?」


「レクティ嬢の力は遅かれ早かれ兄上たちの耳に入るだろう。もしかしたら、既に噂には聞いているかもしれない。だとしたら兄上たちがレクティ嬢に召喚状を送るのは時間の問題だ。彼らだって今のタイミングで父上に死なれては困るはずだからね」


 レクティがブラウンの致命傷を治療したことはクラスの全員が知っている。その中の誰かが家族にレクティの活躍を伝え、それが王子たちの耳まで届く可能性がないとは言い切れないか……。


 スレイ殿下やブルート殿下から召喚状が届けば、レクティはそれを無視できない。王族からの召還を断れば死罪だってあり得るからだ。


「レクティ嬢が召還に応じた場合、なし崩し的に陣営に引き込まれるのは間違いないだろう。父上を治療したという大手柄が手に入るかもしれない上に、彼女の〈聖女〉スキルには様々な使い道がある。陣営に引き込まない理由がない」


「もしレクティがスレイ殿下かブルート殿下の陣営に入ったら、俺たちと敵対することになるのか……」


「それを避けるには、私たちたちが同じ陣営に引き込むしかないのね……」


 レクティを巻き込むのではなく、守るため。


 それが詭弁であることはわかっている。ルーカス王子だって、レクティの力を手中に収めたいのは同じだろう。


 ……それでも、スレイ殿下やブルート殿下の陣営にレクティを奪われるよりずっとマシなのは間違いない。


 リリィと顔を見合わせ、頷きあう。


「……わかりました」


「私たちで、レクティを説得します」


「ありがとう。父上とこの国のためにも、宜しく頼むよ」


 ルーカス王子の口元に、いつもの胡散臭い笑みはなかった。


 それほどまでに差し迫った状況なのか、それとも別の何かを隠しているのか……。

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