第68話:SSR【傾国の聖女】レクティ

 帰りの馬車の車内には重苦しい雰囲気が漂っていた。


 来る時とは違い、対面で座席に腰掛けた俺とリリィは、それぞれ別々の窓に頬杖をついて外の景色を眺めている。


「……いずれこうなることは、予想していたのよ」


 ポツリと独白するように、リリィは言う。


「あの子が〈聖女〉スキルを持っているとわかった時点で、王位継承権争いに巻き込まれるのは避けられないと思ったわ」


「そう言えば難しい顔してたよな」


 あの時は確か、俺はトイレで初めて〈洗脳〉スキルを使ってスキルを切り替えていたんだったか。それで戻ってきたらレクティが〈聖女〉スキルを持っている事が判明して大騒ぎになっていた。その騒ぎの中でリリィは、レクティの将来を危惧していたらしい。


「偶然って恐ろしいわね。イディオットに絡まれている女の子を助けようとしたら貴方と出会って、助けた女の子は〈聖女〉のスキルを持っていたなんて」


「今にして思うととんでもない場面だったな……」


 もしあの場面にリリィが居なければ、俺はイディオットに絡まれていたレクティを無視して先へ進んでしまっていただろう。


 そしたらスキル判定の水晶の前情報をリリィから聞く機会も無かったわけで、そのまま〈洗脳〉スキルがバレて断頭台に直行していた可能性がある。


「レクティを助けようと思ったのだって、ほんの気まぐれだったわ」


「ダイヤの原石だのなんだのって言ってたよな。随分と積極的にレクティにアプローチしてたけど、あれってどこまで本気だったんだ?」


「そうね……、四割くらいかしら」


「そこそこ本気だったのか……」


 てっきりレクティを守るために演技しているのかと思っていた。だってその、俺に対して好意を抱いているという事は、同性愛者ってわけでもないだろうし……。


「同性の私から見てもレクティは魅力的に見えたもの。あわよくばって気持ちがなかったわけではないわ。まあ、レクティにそんな気がないとわかって早々に諦めたけど」


「そ、そうだったのか……」


 もしレクティにその気があったらどこまで突き進んだんだろう。……いや、考えるのはやめておこう。今の俺の立ち位置が危うくなるような気がする。


「四割の方はともかくとして、六割はレクティを自分の庇護下に入れて守るためだろ?」


「えぇ、まあ……。レクティを一目見て、この子は貴族に好かれそうって思ったの。美しさの中に儚さがあって、控えめで大人しい性格をしていそう。妻をコレクションの一つとしか見ていないような貴族なら、喉から手が出るほど欲しがるんじゃないかしらって」


「あー……、何となくわかる気がする……」


「だから下心はともかくとして、私と恋仲だって噂が流れればあの子を少しは守れると思ったのよ。イディオットのせいで計画はすぐに潰れてしまったけれど、そこは貴方が居てくれて助かったわ」


「俺とレクティに恋人の振りをしろって言ったのは、そういう意味もあったのか」


「今更にはなるけれど、相談しておくべきだったわね。ごめんなさい」


「別に謝ることじゃないと思うぞ。というか、あの日はそれどころじゃなかっただろ」


 カフェで昼食を食べている所にレチェリーが乱入してきて、リリィを連れて行ったのがあの日だ。あれ以降、色々とバタバタしていたんだから相談できなくても仕方がない。


「ありがとう、そう言ってくれると助かるわ」


「……にしても、天はとんでもない二物をレクティに与えたもんだよな」


「〈聖女〉スキル無しで考えても、レクティは貴族から狙われかねなかった。それなのに彼女が〈聖女〉スキルを持つことで、レクティの価値は跳ね上がったわ。今じゃ貴族どころか王族がレクティを娶ろうとしても不思議じゃないわね」


「王族が平民を娶るって、可能なのか?」


「強引な方法にはなるけれど、不可能ではないわ。どこかの貴族の養子にすればいいの。そしたら平民から瞬く間に貴族の仲間入りよ」


「本当に強引だな、それ……」


「まあ、それはさすがに発想の飛躍かもだけど。……正直、予想していた以上に今の状況は良くないわ。レクティの価値が上がり過ぎているもの」


「もしレクティの〈聖女〉スキルがおとぎ話と同じ力を持っていたら、陛下の病を治せるかもしれないか……」


 ただでさえ美しくて希少なスキルを持つというレクティの価値に、国王陛下の病を治せる可能性まで付加されてしまった。こうなったらもう、貴族や王族どころの騒ぎじゃない。誰もがレクティを手中に収めたいと思うだろう。


「ルーカス殿下が言うように、他の王子殿下たちが動く前にレクティを私たちの陣営に引き込むしかないわ。馬車が学園に着き次第、すぐにレクティの説得にかかりましょう」


「そうだな……」


 ルーカス王子からも、明日の朝には結果をアリッサさんに伝えてくれと言われている。可能なら明日の午後にもレクティを連れて登城して欲しいそうだ。国王陛下の容態はそれほどまでに差し迫っているらしい。


 明日はルーグと出かけるつもりをしていたのだが……、こればっかりは仕方がない。


 馬車が学園に着いてすぐ、俺とリリィは女子寮へ向かった。男子寮から少しだけ離れた位置に建つ女子寮は3階建てで、男子寮と変わらない外見をしている。おそらく内部構造も同一だろう。


 女子寮の前で建物を見上げていると、後ろからリリィに背中をトンっと押される。


「何をしているの、早く行きましょう」


「いや行くって…………俺も女子寮に入るのか?」


「当たり前でしょう? 大丈夫よ、もし見つかったら私が連れ込んだことにするから」


「いやそれ俺を庇ってるようでぜんぜん庇えてないからな?」


 むしろ俺がルーグから嫌われて、ピュリディ侯爵の剣の錆になるのが確定するだけだからな?


 ……とは言え、リリィに説得役を押し付けてしまうのも確かに良くはないか。


「せめてレクティを外へ連れ出してくるとか、他に方法があるんじゃないか……?」


「やろうと思えば出来なくもないけれど……。私一人でも、スキルをこまめに使って何とか抜け出して来ているの。レクティを連れて二人で出て来られる自信はないわ。その点、貴方なら忍び込むのとか得意でしょう?」


「人を不法侵入の常習犯みたいに言わないでくれ……」


 得意か得意でないかで言えば得意なんだが……。


「レクティを連れて出て来るより、貴方に来てもらった方が手っ取り早いわ。お願いできないかしら?」


「……まあ、確かにその方がリスクも少ないか。でもいいのか、俺を部屋に入れて」


「別に見られて困るものなんてそうないもの。強いていれば、洗濯して干してある下着くらいかしら」


「思いっきりあるじゃねぇか……」


「見られて減るものじゃないし、いずれ結婚するのだから問題ないでしょう?」


 リリィはあっけらかんと言い放つ。いや、お前はいいかもしれないがレクティの分も干してあるだろ。


 というか、……あれ? そう言えばルーグって洗濯どうしてるんだ……? 下着が干してある所なんて見たことないが……。


 ……うん、深く考えるのはやめておこう。

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